第2話俺が占い師?

 指定された新橋の古びたビルの一階に行ってみると、そこには立花占研究所という看板がかかっていた。恐る恐るドアを開けると、薄暗い部屋の隅に、競馬新聞を食い入るように見つめている男性が見えた。

「あの、連絡しました柴田と申しますが」

「あっ、お待ちしていました、立花です」

「はあ、宜しくお願いいたします」

「こちらこそ宜しく。それでは、さっそく始めましょうか?」

「はい、その前に少しだけ確認しておきたいんですが」

「何でしょうか?」

「はい、まず研修は一日だけですか?」

「はい、そうですよ。まあ、そんなに難しいものでもありませんから、大抵の人は一日だけで仕事に向かわれていますよ」

「そうなんですか、あと、高収入可能とありましたが、それはどうなんですか?」

「それも書いてあった通りです。経費としては、道具類の貸し出しに伴うレンタル料金だけです。あとは、貴方の頑張り次第です」

「はあ、レンタル料金ですか」

 何か怪しいなとは思いながらも、金額も大した金額ではなかったので、研修を受けてみて出来そうになかったら、辞めればいいだけと思い、研修を受ける事にした。

「それでは、貴方は手先が器用なほうですか?」

「いいえ、とても不器用です」

「そうですか?何か得意なものは何かありますか?」

「特別得意なものはありませんが、第六感ぐらいですか」

「ほう!競馬なんかも結構あたったりするんですか?」

「はあ、予想では当たるんですが、買うと全然当たらないんです」

「そうですか、ちょっと残念」

「何が残念なんですか?」

「いいえ、失礼しました。では、道具は余り使わない方が良いですね。それらしい格好をして、相手の顔をよく見てください。にこにこしながら近づいて来る人は、どんな話が聞けるのか、興味津々という訳です。ですから、その人にとって良いことだけを言っていれば良いでしょう。そして、何か言い淀んだような人は悩みを抱えているものです。そこで、何かお悩みでしょうか?と聞けば、自然と悩みを言ってくれます。そこで、解決する必要はありません。貴女の未来には明るい光が見えています。安心してください、なんて言っておけば、それで安心して喜んで帰っていきますよ。中には、見料以上のお金を置いていく人もいますよ」

「それで良いんですか?」

「今、貴方は良いのかっておっしゃいましたが、貴方に何か出来るんですか?」

「いえ、何も出来ません。ただ、だましているようで…」

「良くいるんですよね、そうゆふうにおっしゃる方が。でも、よく考えてください。相手も解決策を期待して、占ってもらおうとしているわけではないんです。ただ、何かに縋りたいだけなんです。だから、希望が持てそうな話をしてあげるだけでいいんです。わかりましたか?他に質問はありますか?」

「いえ、ありませんが、まだ何をすれば良いのか分かりません」

「はい、何もする必要はありません、相手がきて、その相手を見て相手が悩みを持っているのかそうでないのか、それだけを見極めれば良いのです。貴方の前職は営業マンでしたね。お話をするのは慣れていると思います。その時の事を思い出して、お話をするそれだけです。他になければ、支度をして出かけましょうか」

「もう出かけるんですか?」

「説明は全て致しましたよ。後は実地訓練ですよ」

「はあ…」

 納得の段階迄には至っていなかったが、話を聞いてあげる事に徹するのならばそれもありかと思っていた。


 必要なものを準備してもらい、教えられた海の公園に着いた。そこには何人か占の看板を出している人達がいた。


「海の公園に着いたら、他の人の迷惑にならないように、少し離れて場所を設定してください」

 立花から言われていた、その言葉を思い出し、少し離れて場所を確保した。そして、周りを見ていると、酔っ払いこそいなかったが、2,3人でわいわいがやがやと楽しそうに占ってもらっている組もあった。

 落ち着きのない挙動不審さが災いしてか、中々お客は来なかった。俺のとこに来る客は可哀そうにと思いながら、しばらくしていると、一組目のお客が現れた。カップルで恥ずかしそうにしながら、近づいてきた。

「あのう、二人の相性を占って欲しいのですが?」

「はい、ようこそいらっしゃいました。お二人の相性ですね?」

「はい、将来の事も考えているので見て欲しいんです」

 俺のとこに来るお客は可哀そうだと考えていたが、研修の言葉を思い出し相手の喜びそうな事を言ってあげようと考えた。

「では、こちらにお二人のお名前と生年月日をお書きください」

 勿論、生年月日を見てもチンプンカンプンなのだが、何か占う格好をしなければと思ったのだ。

「ふむふむ、ほおお!素晴らしい運気を持たれていますね。仕事運もばっちり、家庭運も凄い。近来稀にみるカップルですね。え~奥様はいやっ、失礼、家庭的で料理がお上手なんですね。旦那様いやっ、失礼、自然界の新鮮な空気に触れ、いつも元気溌剌、奥様になられる方にそのエネルギーを分けて上げる事の出来る方です。お子様は一男一女、健康でしかも、美男美女ですな。素晴らしいの一言です。実にお似合いのお二人です」

 そんなお客の喜びそうな話を10分ぐらいすると、お互いの目を見つめ合いがら、嬉しそうにしながら、その場を離れて行った。

 何だ簡単じゃないかと、最初に抱えていた不安も無くなり、少し安心もした。ただ、口から出まかせで良いのかとの思いもあり、ほんの少し躊躇いもあったが、これも食う為と割り切った。

 そんなお客や酔っ払いが数組きては、楽しく占うという商売を続けていた。時間もだいぶ遅くなったので、帰り支度をして、事務所に戻った。


「ただ今戻りました」

 事務所に入ると、立花は相変わらず、競馬新聞とにらめっこをしていた。その顔を上げ、

「はい、お疲れ様でした。いかがでしたか?」

「まあ、何とか無事に出来ました。ありがとうございました」

「それは良かった、何も心配いらなかったでしょ?そんなもんなんですよ。ただ、本当に悩んでいる人にぶつかったら、その時は調子のいい話をするのでは無く、相手の話を良く聞いてあげてください。それで、相手の方のお気持ちをほんの少しで良いから、楽になって頂く、それが私達の務めなんです。それでは、明日も宜しくお願いしますよ」

「はい、お願い致します」


 上機嫌のお客のお陰で、こんなにもと思えるほどの収入に、思わず顔がほころんだ。よっしゃ、明日も頑張るかと明日へ思いを馳せていた。 


















 

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