魔狼の恩返し

花畑

1・一度目の転生

人への転生

「オギャー!? オギャー!!? (何だ!? 何処だ? 此処は!? どうなっている?)」


 意識を失って、気が付いたら見知らぬ場所で、身体も自由に動かないばかりか違和感を感じるし、この程度で泣き叫ぶなど感情の抑制が効かない。

 困惑と共に、感情に任せて力の限り泣き叫んでいると




「あらー。どうしたのー? お腹空いたのー? よーしよし」


 肩を越える焦げ茶色の三つ編みの、少し大柄ふくよかの女性が自分を抱き抱え、背中を擦りながら小刻みに揺らしてくる。

 ……不思議な安心感を感じ、泣くのを止めて冷静になったことで自分の状況を確認できたと思う。


「んー? ご飯でもないしー、オシメも濡れてないー? 寂しかったのー? 怖い夢でも見たのー?」


 不思議な確信で、この女性が自分の母親であることがこころの底から感じられる。

 そして、視界の端から見える自分の手などからも判断できる事だが


(人族に転生したのか? 母親を見た限りで耳は普通の人だし、尾は服の下なのか確認は出来ないが、自分の身体の感覚として尾は無いから、亜人では無さ……


 人族の赤ん坊として、体力と精神力を泣き叫ぶことで使い果たしたのだろう。

 俺は、抵抗できずに夢の世界に埋没してしまった。




 ーーーーーー

 俺は、夢の中で生前の最期を思い出していた。

 雪が深々と降り積もる森林の奥で、一匹の白い魔狼と男が向かい合っている。



「貴様!!! この高貴な私に! このような狼藉を働いて、タダで済むとは思うなよ!!」


 煌びやかな鎧を身に纏った高貴(自称)な若い男が、自分の置かれた立場も理解せずに叫び散らしている。

 周りの配下の数十人の兵達は死んではいないが、戦闘不能気絶になって転がっている。


「ここまでの戦いで、彼我の戦力差も理解出来ない程のバカ高貴な御仁だとは思わなかったな。これは失礼した」


 殺すつもりで来た相手の殆どを後遺症を残さない程度に迎撃し、気絶させるだけに出来る自分に対しての言動と思えず苦笑する。


「戦う前にも言ったが俺は、基本的に食べる以上の殺生をしないし、人族に手を出せば、このように討伐に来る輩が出るのが面倒だから、手を出さないから放っておいてほしいと言ってるだろう」


「貴様のような強力な魔物が近隣に居るだけで、民は安眠出来ん!! 手は出さなくても、貴様に生息域を追われた魔物が民の近くまで来てしまうではないか!!? 領主として看過出来ない!!」


 ほう!? 実力不足なのは確かだが、その心意気は確かにと呼ぶに相応しいと思い、男に対する評価を変えることにした。


「その心意気は感服するが、どうする? 戦力は覆らんぞ。帰って、しばらく放ってくれるなら見逃してもいいが?」


「私には、神より授かった恩寵スキルが有る。貴様は此処で、民の安寧の為に! 私の命に掛けても討伐する!!!」


 ーースキルーー

 経験や修練により修得出来るものと、基本的に生まれ落ちてから持っている固有のユニークスキルの二種類が有る。

 通称、神々からの恩寵と呼ばれるユニーク・スキルは持っているだけで、将来は勇者か英雄か! と期待されるくらい強力なモノが多い。




ユニーク・スキル神より授かった恩寵とは聞き捨てならないな。貴公は、俺の腹の中に入りたいと見えるな!!」


「例え! 貴様の腹の中に収まったとしても! 刺し違えてでも、貴様は此処で倒してみせる!!!」


 最初に対峙した際に、軽薄そうな口だけの貴族の馬鹿当主だと思っていたが、俺の腹に収めるに値するようだ。

 互いの殺気、魔力が高まり、次の攻防が最後だと感じる。


「両親からは、パールと名付けられた。貴公の名をきかせてもらおう」


「私の名は、オスカー! ヴォルフ家5代目当主! オスカー・ヴォルフ!!」


 オスカーと俺は、その掛け合いを合図に突撃を開始した。


 オスカーは左の円形ラウンドシールドを突き出し、シールド・バッシュを繰り出して来るが、重心や目線でフェイントなのが分かる。


(本命は、盾と身体で隠れた右の長剣だな。今までの戦いで、俺に傷を付けるのは並大抵の武器や攻撃では、無理なのは分かっているだろう)


 故にシールド・バッシュなどはブラフで、一目見ただけで分かるくらいの業物であった長剣が、本命なのは一目瞭然!!!

 片腕で俺に傷を付けるために大振りになり、左が隙だらけになった所を、噛み砕こうと狙う!


「ぐふぅ!! ……掛かったな」


 左肩を、鎧ごと食いちぎられたオスカーが不敵に笑う。

 ーーーーーー




 そして俺の記憶も、それを最後に終わっていた。






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