第7話


「誰?」


 いや、本当は聞くまでもない。

 こういったゲーム世界ではよくあることだが、この紳士はリリーナと同じ目の色、同じ髪の色をしている。

 少し吊り上がったキツい眼元もリリーナにそっくりだ。


 それでも俺の問いかけに、その紳士は丁寧に答えてくれた。


「私はレストン=シュタインベルグ、リリーナの父だと名乗った方がわかるかな?」


「あー、やっぱりリリーナの……」


「なんだ、あまり驚かないのだね」


「そりゃあ、それだけ似てれば……」


 娘に似ていると言われたのが嬉しいのだろうか、その男は「ふふふ」と声をあげて笑った。


「そういえば、うちのドラ子が迷惑をかけたね」


 俺はそのドラ子のションベン塗れだというのに、彼は少しも気にするそぶり無く、俺に向かって手を差し伸べた。

 リリーナの父親といえば大公――つまり王族に連なる高貴な身分であるというのに、どうもこのレストン公は屈託のない性格であるらしい。


「やや! そのズボン! それもドラ子のせいだね、弁償しよう!」


「いや、これは、洗濯しますから、大丈夫です」


「若いのに遠慮かね、いかんよ、若いうちはもっと図々しくなくっては。私が弁償しようと言っているのだから、君は素直に私についてくればいいのだよ」


「はあ、そういうもんですか?」


「そういうもんなのだよ! ささ、こちらへおいで」


「どこへ?」


「貴賓室。私は今夜、そこへ泊る予定なのだよ。明日の創立記念パーティーに呼ばれているのでね」


 そう言うと、レストン公はさっさと歩き出した。

 ドラゴンは、飼い主であるレストン公について行くべきか俺の側にとどまるべきかを悩んで、おろおろと足踏みする。


「しゃあねえなあ」


 俺は仕方なくレストン公のあとを追った。

 ドラゴンはそれに安心したのか、しっぽを軽く揺らして俺についてくる。

 こいつが時々、甘えて足元に擦り寄ってくるのにさえ気をつければ、アイゼル学園男子寄宿舎の長い廊下は、考え事をしながら歩くのに最適だった。


 まず……『貴賓室』なるものの存在がおかしい。

 このアイゼル学園には『グリーン・ブランチ・ガーデン』や、『百エーカーの森』などの、全く無駄と思える施設が数多くあるが、それは現実的に考えると無駄であるというだけの話であって、ゲーム的にはストーリーの舞台として必要不可欠な場所ばかりだ。

 ところが、この『貴賓室』は、現実的にも、ゲーム的にも全く無駄な設備であるような気がする。


 そもそもがリリーナの父親が現れると言うのがおかしいのだ。

 俺はもう8周回もこのゲームの世界を経験しているが、『リリーナの父親が創立記念パーティーに呼ばれている』なんて流れは一度もなかった。


 もっとも今あるのはオリジナルルート--本来の『ミララキ』にはなかったはずのルートなのだから、何が起きても不思議ではないが。


 そんなことを考えながら歩いているうちに、貴賓室の前に着いた。

 寄宿舎の吹き抜けロビーの正面にある豪奢な扉だ。

 ここで随分と長い時間を過ごしているのに、こんなところにこんな扉があったとは気づかなかった……いや、今まではゲーム上必要ないから『認識されなかった』場所なのだろう。


 その扉の前で立ち止まったレストン公は、まず俺の背後を確かめた。


「よしよし、誰も着いてきていないみたいだね」


 それからレストン公は、少し怖い顔をした。


「さて、君にはいくつか聞きたいことがあるんだが、いいかな?」


 それからすぐに、元の温和な顔に戻って肩をすくめる。


「もちろん、君のズボンを弁償した後で、だがね。その前に湯もつかうといい。まさかドラゴンの小水まみれのままでいたくはないだろう?」


 レストン公の手によって、表面に細かな飾りを彫った豪奢な扉が開かれた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る