01-008.中国武術とスペイン武術の激突、です ~透花その1~
4回戦の一番手は
使用コートは5面目。試合会場の中ほどの位置になる。
その作業が完了し、二人がコート内に向き直したところで男性解説者のアナウンスが流れれた。
『
『まずは第1戦目の競技者紹介です。
マグダレナは片手を挙げ軽く手を振りながら周囲の観客へ向け、その場で一回りする。肩口まで伸ばしたアッシュブラウンの髪がフワリと舞う。頭部左斜め位置に赤い薔薇が一輪付いたオレンジのカチューシャ型簡易VRデバイスで、額が出る様に前髪をアップしている。160cm半ばの身長で、細身だが鍛えられた身体はメリハリがある、少し小麦がかった肌に灰色の瞳を加え、幼さの残る顔立ちなれど全体的に大人の色香を漂わせている。
鎧ではなく、
黒を基調としたタイトなノースリーブワンピースで股下5cm程の丈となっている。その上から肩パットが特徴の黒地に金糸で刺繍を施した、胸元丈で前を止めないタイプの長袖上着を羽織り、白い手袋をはめている。
ワンピースと上着とも、サイドが帯状の黒いシースルーで、斜めの格子状に金糸で刺繍が織り込まれている。脚は膝上10cmのロングブーツで、黒地に金糸模様が入っており、着衣と合わせると豪奢なイメージとなっている。
『そして
呼び声に応える様に、挙げた両手を振りながらピョンピョンと跳ね回る。
やはり
薄水色のチャイナドレスは、彼女が自慢の下半身から脚先へのラインが良く映える様に作られ、腰深くまで両脇にスリットが大きく開いている。長袖で非常に薄いシルクかレーヨンを使った様なサテン生地が身体に張り付き、スカート丈は股下と同じ。そのまま立っているだけで裾から下着が少し見えて、後は臀部の下1/3が出ている。手は白いレースの手袋。脚は膝上10cmの白いストッキングで、太もも部分の縁はレースになっている。足元は
二人がコートの中に入ると、それぞれの頭上30cmの位置にスコア用ホログラムが表示される。中央の開始線に付くと、まずは審判に、そしてお互いに礼を行うが、二人は礼の様式は異なる。
マグダレナは、審判にはレイピアを右斜め下に剣先になるように右腕を広げ、
そして毎度おなじみのトークタイムに入る。試合中の会話も動画配信時に音声がしっかり流されるため、公式の試合である場合は必ずと言っていい程、
今後、学園生たちはプロとして活躍するならば、客を楽しませることも仕事の一つとなり、今はその予行練習であると言える。
「ウフフフ、そう、
「ワタシも、スペイン武術戦うの楽しみだっタヨ。でも一つ訂正ヨ。ワタシ、
「あれでまだまだ、なの? ああ、すごいわ、すごい。その奥深さに今日触れられるなんて。」
「今日は鎧ナシ同士ヨ。最強言われたスペイン
学生の見習い審判なれど、会話の呼吸を読むことは習熟しているようで、一呼吸を置いた絶妙のタイミングで合図を発する。
『双方、抜剣』
マグダレナは、レイピアを引き抜く。シャラン、と軽い金属音から、剣の重量が軽いものと思われる。実際、騎士剣などの両手剣と比べ、4/5程度の重量しかない。剣の形状はスペイン式のレイピアで、刺突に特化した造りであり、
柄は短く12cm程。そして最大の特徴は、カップヒルトと呼ばれるお椀型の鍔となっており、相手の刺突攻撃を逸らす役割を担っている。そもそもスペイン式の構えは、お互いの剣先が鍔に接触するような距離で打ち合うため、カップヒルトは必須の構成となっている。
そして、
剣自体は、
剣の重量は800g程度と軽く、片手で振り回すことに長けている。
『双方、構え』
審判の掛け声に、二人は剣の構えに入る。が、この試合に関しては他とは趣が異なる。
ここで
中国武術を扱う
審判員が右手を上げ、合図と共に振り下ろす。
『用意、――始め!』
初めの合図と共に、マグダレナは左へ右へとステップを繰り返す。剣先は絶えず
回り込みからの攻撃も相手は円運動で対応出来るため効果が出ない。接近すれば間合いの外から刺突が飛んでくるだろう。無理やり懐に入ろうとしても相手は剣先を自分に向けるだけで勝手に突きが決まる。構え自体が一種の攻撃である。
ならば、相手の突きを避けてから自分の攻撃を当てるしかない。しかし、どのタイミングで仕掛けるべきか情報が足りないため、相手の動きを観察するのだった。
スペイン式武術は、中世剣術で最強と言われていた。幾何学的理論で技術の原理を学び、計算された幾何学図式の上で円を描く歩法、それと攻撃の構えが一つと防御が2つのみと言う、論理を先に置いた非常にシンプルな構成をしている。
攻撃は、右半身に開き右手と剣を真っすぐに構えるのみ。されど、長い
構えが一つであることから、相手は攻撃する手段が、剣を払って攻撃、回り込んで攻撃の2つに制限され、非常に戦い辛い。通常の剣術相手では、この2つを防御すれば基本事足りてしまう。無論、どのような状況でも実行できるように鍛錬する前提ではあるが、技の理論をしっかり理解していれば、習得する技術は少ないため、熟するまでの期間が極めて短い。
脚の配置は基本、右脚を前に置き、左脚は正面と平行になる様に置く。脚の間隔を狭く、素早い一歩を踏み出すことが可能と言われている。
攻撃が線ではなく点であり、最短距離を最速で攻撃が出せる構えである故、歩法による円運動により、常に相手へ剣先を向けることで牽制と防御を兼ね、相手が攻撃の導線を外した瞬間、即時に刺突攻撃が行える。
この剣術は、特に
閑話休題。
マグダレナは、初めての中国武術との戦いにタイミングを計りかねていた。こちらの円運動のステップと同様、相手も身体ごと動く独特の歩法で正対してくる。
ここまでは良い。中国武術について動画などで研究してきた。西洋剣術にはないトリッキーな動きに対策は用意したが、実際に相対するとカメラでは捉え切れなかった事実が浮かび上がった。身体の動き全てが円運動をしている。これが問題である。
人体の関節は円運動をするように出来ている。腕を曲げる、肩を回す、腰を捻る、踏み込みから力を乗せる(左脚で発生した力を腰の回転で増幅し右腕の振りに伝える。力の入った攻撃は利き腕と同じ脚が前に出る)、全て円が基本となる。つまり、相手は身体運用のエキスパートであり、相手の動きから弱点を見定める能力があると見た方が良いだろう。歩法で左右に振っても誤差なく追従してきたことから確実に見られている。
更に、あの円運動からどの様に攻撃に繋げるのか見当が付かないのも問題である。そう言った理由で、彼女は攻めあぐねていた。
お互い、剣先が触れる距離での牽制が続く。
シュラン、と軽い剣同士が擦れる音がする。
右へ左へ、と
試合開始から1分半が過ぎた。
まずは、左側へ回りこむ動きをする。それに対応し、相手が左回りへステップを踏み正対する。その瞬間、右側へ回り込む。相手は右回りで追従し正対する。そして続け様に左側へ回り込む。
スペイン流剣術では、回り込みを行う際の歩法は、後ろに引いた軸足を先に動かす。左右の動きに対しては後ろ脚から動かせば、それだけで相手に正対するように身体が回転するからである。
マグダレナは、
まだ自分の左脚が宙にある間に、立っていた位置より半歩右回り程の楕円軌道でレイピアの右外側に
左脚は着地したが、もう一度左脚を右に移動しなければ、正対することは出来ない。それでは遅すぎる。ならば今出来ることは、不自由する態勢から
だが、刺突が決まると思った瞬間、
そして、右脚を攻撃された感触を確認した。彼女は脚を開き、地面に接地する様な姿勢に移行し、脚を切りつけたのだった。
離れ際、逆に
――ポーンと、攻撃が成功したことを知らせる通知音が鳴り響き、2ポイントを失ったことが表示された。
マグダレナの歩法は見事なもので、絶えず相手と正対して隙を見せない。が、左、右、左の連続でステップを踏むとき、最後のステップだけ僅かに体幹がずれ動作がほんの少し遅れることを見つけた。
左、右と、マグダレナを振り回し、そして、もう一度左へ。
こちらの歩法は、最後の左へ移動した際、右脚を後ろ側へ回し、スペイン流剣術のように正面から水平になるように置いた。
マグダレナは、想定通り左への対応が1/4秒程遅れた。その時間で一手分早く使い、こちらの攻撃をより確実にする。
彼女の後ろ脚が移動のため持ち上げた動作に合わせ、こちらの左脚を前に振り出す。自身の正面に振り出しているため、マグダレナから見ればレイピアの右外側に移動して見えてる筈だ。
左脚が接地するまでに、右脚から踏み込みで発生させた纏絲を腰から上半身に伝わせ、身体全体を右へ捻る。正しい形からの纏絲ではないため弱いが、回転エネルギーに変えるには十分。これで、マグダレナの左斜め外側に向いてしまう身体を彼女の背中がチラリと見える位置で正対する。
マグダレナは、腕を背中に逸らせるようにレイピアの剣先を向けてきた。このまま振り出した脚が接地すれば、踏み込みの力で身体の位置が前に進んでしまい、レイピアに自ら刺さりに行く形になる。だが、剣先に捉えられるのは想定通りだ。
そこから
左脚を真っすぐ前に伸ばし、右脚の膝を身体の外側に向けて座ったようになりながら、脚の間に剣全体を地面に打ち付ける様、剣の運用の型、
そして、右脚で後ろに引っ張る様に身体を起こす。
マグダレナの腕は、身体側面から背中側に反った位置にある。関節の構造上、レイピアの剣先を正面に維持したままでは肩と肘を曲げることは出来ない。つまり、こちらは反撃が来ない状態で追撃が可能となる。
離れ際に剣の運用の型、
マグダレナが特定のステップを踏んだ時に表れる一瞬の遅延。これは仕掛けるタイミング。
本命は、真っすぐに手を伸ばす構えから、どこからでも相手に剣先を向けられる、スペイン流剣術が持つスタイルを逆手に取ることだった。
それからは、マグダレナは攻撃と防御の要と言える右脚と右腕にダメージペナルティによる筋肉への高負荷状態にもかかわらず、
以降有効打が出ないまま第1試合を終えた。
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