01-004.学園です、今日もまたかくてありなん

 エスターライヒ全国大会の最終日は、各競技の3位決定戦と決勝戦で占めており、ティナの試合後、Duel決闘の決勝戦、luttes乱戦Mêlée殲滅戦Drapeauフラッグ戦Quartier本部_général防衛と続いていた。

 競技としては、Joste馬上槍試合Tornei騎馬戦トーナメントもあるのだが、馬を使った競技はコスト面で維持が厳しいため競技者が少なく、エスターライヒでは大会に出場するレベルで騎士シュヴァリエが育ってないのが実情。


 Drapeauフラッグ戦では、エデルトルート率いるチームSalzfestungが優勝している。本来、彼女は戦略と騎士団の運用に長ける騎士シュヴァリエで、個人の能力も高かったためにDuel決闘にも参加していた。


2156年2月16日 月曜日。

 全国大会が終わり、ティナはドイツのローゼンハイムにあるマクシミリアン国際騎士育成学園に帰ってきた。出身国の全国大会へは公休扱いで参加していたため、実に1週間ぶりの学園だ。

 やはり、3位決定戦については情報が行き渡っており、今回見せた戦法について話題になっていた。とは言っても、騎士を育成する学園であるため生徒はみな騎士シュヴァリエの個人スキルについて根掘り葉掘り聞くことはタブーだと知っている。称賛や祝いの言葉を受け取りつつ、軽い差し障りない会話の繰り返しとなった。ただ、3年生までの下級生組で全国大会へ出場する生徒は数える程度なので、暫くはちょっとした見世物状態であることは甘んじて受けるしかない。



「やっぱりティナは内緒のワザ持ってたヨ。」


 独特な発音が特徴なのは、中華から来た武闘家「チェン 透花トゥファ」。愛称は花花ファファ

 黒髪を頭の両脇でお団子に結っている。細目で顎の小さい整った顔立ちから落ち着いた雰囲気を醸し出しているが、実際は騒がしく非常に大雑把で祭好きな性格からトラブルメーカーの一人でもある。

 陳家太極拳ちんかたいきょくけん新架式大架式を修めており、競技では短器械両刃剣とサブで筆架叉ひっかさを使用する。自らの修めた武術ウーシュは美しいものであると証明することに全力を傾ける。素早い動作と極端な上下運動などトリッキーな動きは西洋にない身体運用で、対戦した時の戦い辛さが学園でも1、2を誇る評価を得ている。


「最初の1本を取った技は居合に近いものだったな。」


 少し硬い喋りをするこの少女は、日本から来た女武者「宇留野うるの 京姫みやこ」。

 黒髪をポニーテールに纏めており、前髪は眉毛が隠れる位の姫カット。凛とした佇まい、切れ長の目と鋭い視線が強面の印象を醸し出し、付き合い辛いと思われてるのが最近の悩み。真面目で実直、融通は余り効かないが思考は柔軟。しかし内に溜め込みやすい。

 天真正新當流の流れを汲む神事を伴った流派を修めており、槍術、剣術と居合術を主に使用する。競技では、槍を手槍(短槍のこと)サイズに設定し、サブで脇差を佩いている。彼女は侍ではなく、槍働きをする戦国武将を模倣する。脇差は倒した将の首級みしるしを刈り取るためのものなるや。

槍は、大身槍おおみやり めい 備前行包作びぜんゆきかねさく、脇差は、備前国住びぜんこくじゅう長船おさふね七郎衛しちろうえ門尉もんのじょう行包作ゆきかねさくをモデルにした自慢の品である。


 この二人とティナを含めた三人は良くつるんでいる。ティナの親戚が日本に住んでおり、アジア圏のサブカルチャーに造詣が深く共通の話題が多かったこと、そして純粋に馬が合った様で、いつの間にか寄り集まっていた。


「二人とも最初の台詞セリフがそれですか?」

あー、ごめんヨ。まずは、オメデトウが先だったヨ。」

「ん。すまん。3位入賞おめでとう。」

「フフ、ありがとうございます。でも本当は、もう一つ上を取る予定でしたけどね。おかげで、学内大会のポイントでフォローする必要が出たのが悩みどころです。」


 この学園の学内大会は、公式下部大会になるため、ランキングポイントが加算出来る対象となる。ランキングの正式名称は、オフィシャルワールドシュヴァルリランキングと言い、要は騎士シュヴァリエの世界ランクである。

 公式大会のポイントは以下のカテゴリーで加算される。

 ・勝率

 ・攻撃成功率

 ・クリティカル成功数

 ・被弾率

 ・防御率/回避率

 ・技能評価

 ・特殊技能評価(武器破壊等)※学生大会では対象外


 ティナは、エスターライヒ全国大会と同国の世界選手権選考大会でポイントを稼ぐつもりで、学内大会のポイントは加算しなくとも足りる様に計算していた。


 この学園には、世界選手権大会Duel決闘の部、2年連続優勝の世界ランキング1位が在籍している。昨年9月に2年生となり、直ぐの冬季学内大会。予選は、上級生と下級生に分け、計4つのトーナメントからベスト8を選出する。そして、選出された計32人が本選を戦う形式なのだが、過去の実績がある騎士シュヴァリエは、自動的に上級生組に組み込まれる。

 ティナも上級生組のトーナメントとなったが、トーナメントはシードも単なる試合数調整のため優遇などなく、組み合わせは完全ランダム。初戦でラスボスランキング1位にエンカウントしてすべもなく敗退した。


 その経験から、学内大会のポイントは取れたら儲けもの程度に考え、計算から除外したのである。しかし、先の全国大会は3位だったため、ポイントがギリギリ。保険として学内大会でポイントが加算される予選ベスト8までは勝っておきたいところ。


「強者ならではの言葉だな。私としては贅沢な悩みだと思う。」

京姫ジンヂェンの言う通りヨ。ワタシ達、まだ全国大会出てないヨ。壁厚いね。」


 実際、京姫みやこは、技は達者なれど年齢的に心技体が円熟しておらず、技の達者な上位者に後れを取ることもある。自国での県大会は上位まで入ることは出来るが、代表まで後一歩届かず。国元では「良いところまで行くが」と枕詞まくらことばを付けた評がされている。しかし、その文言は、「勝てなければ有象無象である」と、暗に示している。その言葉に打ちひしがれることを許される程、高みに至っていないのもまた事実。彼女が開花するには後一つ、切っ掛けが必要と思われる。頂は遥か遠く道はけわしい。


 そして、透花トゥファ(以後、愛称の花花ファファと呼ぶ)は、自国の参加区画が強豪ひしめく激戦区であり、なかなか代表の座が取れない。何しろ彼女が参加する区画だけでも人口400万弱、最終的には人口9千万人、ライトユーザー含め競技人口70万人とも言われる国家に匹敵する上位区画で4位入賞しなければならない。分母が大きすぎる上、武術の本場ならではの生活全てを武術に注ぎ込む求道者などが出場することもある。そのような相手と対峙するには、こちらの功夫ゴンフーは圧倒的に足りない。更には修めた武術と競技用に最適された武術の差異に悩まされ、最適化に苦しんでいる。才能だけでは覆せない世界がある。


 二人とも現状を打破するために頭を悩ませることが多々ある。そんな複雑な思いが先の言葉に表れていた。

 気の置けない友人同士だからだろう。お互いが内に秘めているものを少なからず理解出来るが故、言葉にほんの少し混じってしまった弱音も聞き流すくらいの気遣いが出来る。同情や慰めはもっての外。


 ティナは、自国の総人口も少なく全国で9区画しかないため、チャンスが掴みやすいことに少し申し訳なくは思うが、与えられた状況を最大限活用するのは当然の帰結であり、恥ずるべきことではないと胸を張る。


「……それでも、手の届くところまで辿り着いたのですから。伸ばした手を引き戻す道理はないでしょう?」

「ふむ。確かにその通りだ。」

「そうヨ。今あるコトに集中ヨ。コレみたいに。」


 花花ファファは手に持たれた、4×4マスのスライドパズルをカシャカシャと高速に完成させる。


「例えとしては、微妙じゃないでしょうか。」

「小さいコト気にしたらダメヨ。」

「会話がいきなり低次元になっていないか?」

「小さいコト気にしたらダメヨ。大事なコトだから2回言ったヨ。小さいコト気にしたらダメヨ。」

「3回言いました!」


 賑やかなれど、ゆっくりとした穏やかな空気が流れる。かせなく気安く語れる相手がいることはくも得難いものだ。

 続く会話も、取り留めのないものが多くなってきたが、その様な会話でも大事な時間の一つであったと、後年、彼女たちは思いを馳せるだろう。



「これからティナは警戒されるだろうな。私自身も警戒しているしな。」


 京姫みやこの一言は、無論、世界ランカーの騎士シュヴァリエを撃破して凱旋したティナに対してだ。王道派騎士スタイルで知られる騎士シュヴァリエが垣間見せた奥の深い顔は底が知れず、現状ではどの様に対策するべきか正解が見えない。

 王道派騎士スタイルだけでも完成度が高く非常に厄介だったのに、高度な策略家であったことを隠していた。それも世界ランカーを嵌める程に。学園の騎士シュヴァリエ達は警戒を一段、二段と高め、戦々恐々としている。

 ただ一人、ラスボスだけが嬉々として「一狩り模擬戦しようぜ!」と突撃して来たが、学内大会直前なので手の内は見せない、とにべも無く断られて(´・ω・`)と帰っていった。


「ホンとソウね。当たったら大変ヨ。でも戦いたいのもホンとヨ。」


 花花ファファは、興味が先に来るようだ。今の自分で、どう戦えるか、何が出来るのか。そんな顔をしている。


「しかし、あの技を振るうには相手を選ぶだろう。自信がないものとか高み(を往くことを)を見ていない相手にはいつも通りじゃないかな。」

「使いどころは、その様な感じですね。ただでは勝てない相手も何人かおられますし。それに最近のあなた達も何かを掴んだと思いますが。技のキレが随分上がったじゃないですか。」


 「必要があれば使いますよ? その気にさせてくださいね?」と、ティナは発破をかける。早くここ・・に来いと。


 京姫みやこ花花ファファが国元を離れ、わざわざChevalerieシュヴァルリ競技の本場に留学してきた理由は、他の流派、いやさ、他の武術との研鑽を積むことを目的としている。自国内では、古来より伝承された武術が主流となり、現在世界で主流となる西洋剣術や、他国に根付く武術との邂逅は極めて少ない。そして世界を知るならば、自国の武術以外との対戦は避けることが出来ない。で、あれば、より練度の高い相手と戦い、対峙するための用法を学ぶことが必要になる。

 そのための選択が、世界中の武術者が集まるChevalerieシュヴァルリの名門、マクシミリアン国際騎士育成学園へ入学である。自身の技で自身の目指す騎士シュヴァリエを体現するために。そして、様々な武術と触れ合い、研鑽が身を結び始めている。

 Chevalerieシュヴァルリ競技は、中世騎士道物語を剣戟競技で体現することが目的ではある。しかし、本質は競技を通して成りたい自分を表現することにある。武術による戦いは表現の一部でしかない。故に三人は、正しくを理解した騎士シュヴァリエであると言える。だからこそ馬が合うのだろう。



 話題は再びティナの試合に戻る。試合内容よりも、面白おかしかったことが中心のようだ。


「最後、一撃前の『いただきます』、まるで捕食者だったぞ?」

「日本語ヨね。『いただきます』? ナンの意味ヨ?」


 彼女たちは、ティナが日本語を使えることを知っている。仲良くなった当初、サブカルチャーの話で日本語が飛び交ったのだ。


「日本で食事前にする挨拶ですよ、花花ファファ。」

あー那我们ナーウォメン开始吃吧カイシーチーバーのコトね。食事の挨拶、中国ヂョングゥォではナイ風習ヨ。」


 ちょっとした風習の違いが意外な時に知れるものである。ティナと京姫みやこは、学園に来てから食事の挨拶を省略していたな、と思い起こす。家を出て、皆が揃って食事をする機会などが少なくなれば、自然と口に出さなくなるものである。

 ちなみに食事後の挨拶は、「美味しかっタ伝える、非常フェイチャン好吃ハオチーが適切だと思うヨ」とのこと。


 ここで、花花ファファが女性解説者の不適切発言に触れてきた。


「アノ解説者、パンツの話スキすぎるヨ。パンツ解説者ヨ。」

「ああ、妙に事細かく的確に説明していたしな。あの解説のおかげでネット配信の方は特集動画も流れていたぞ。」

「履いてナイ疑惑のトコロと、ターンしてスカートめくるサービスのトコロがズームされてたヨ。」

「そうでしたか、視聴数が稼げていれば良いのですが。恥ずかし気にスカートを捲った方が効果あったでしょうか。」


 むしろ、サービスになるならもっとやりますよ?的なことを言い出すティナだが、これが彼女の平常運転。伊達に下着のCMに出演していない。姫騎士さんは実害なければ不埒な視線も全く気にしないのです。自慢のスタイルも見られなきゃ称賛を受けられないのです。


「その辺りの感覚は、私には理解できないな。お国柄の違いなのか。」

「わかる、わかるヨ。折角の自慢もカクすと意味ナイヨ。ワタシ腰回りから脚のラインが自慢ヨ。ホラ。」


 そう言いながら、おもむろに立ち上がる花花賛同者。腰の両脇に持ち上げられた手にはワンピース型制服のスカート部が全部たくし上げられキュッと前面に引っ張り纏め持っている。そして、ホラどうよ?と言わんばかりに前を向いたりお尻をフリフリしたり突き出したりと、ポーズを取りだした。

 確かに魅力的で綺麗なラインを描いているが、丸見えです。具体的に言えば、縦が短いT字形のローライズ。横棒部分は幅4cm位の黒レース、その中心からぶら下がるように縦棒部分が幅5cm位の白レース、ツートンカラーの総レース造りとなっている。布地が少ない上、至近距離で見れば肌色成分が良く判る。

 騎士科は女生徒が8割を占める。女子高の様な雰囲気を醸し出してはいるが少ないけれど男子生徒もいる。その男子生徒が何事かと仰天しています。花花ファファさん、トラブルメーカーの面目躍如です。


花花ファファ、いくら何でも、それはおかしいぞ。」


 流石のやらかし具合に京姫みやこのツッコミが入る。


あれ? 京姫ジンヂェン、どこオカシイ?」


 自分の下半身をキョロキョロとおかしい処が無いか探し始める花花ファファ。ボケ一丁入りました。


「いえ、そうではなく、女性として自分のスカートを捲り上げるのは立ち振る舞い的にどうかと…。」

「そうカナ? 試合で見えるのと大差ナイ思うヨ。ティナだって丸ハダカのTV出てるヨ。おんなじヨ。」


 それは、ティナがスポンサー契約している下着メーカで出演したCMのことだが、下着姿であって全裸ではない。そして、おんなじくない。


「まったく。バカなこと言ってないでスカートを戻せ。そろそろ次の授業だぞ。」



 京姫みやこの一言でサービスタイムは終了するのだった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る