宇宙膨張陣取りゲーム

五三六P・二四三・渡

第1話

 10億年ぶりに領土の拡大が可能と言われて、学園内が色めき立っていた。

 一億年単位で人口の増加を制限していたのを解除して、 ベビーブームと言わんばかりに、人口生命体の増産にかられる。いくらなんでもまだ気が早いだろうと私はそんなポコポコと生まれる後輩たちを冷ややかに見ていた。ただそれでも私は人口制限法直後に生まれた個体だったために、後輩というのを見るのは初めてであり、新鮮な気持ちはある。でもこの先どうなるかはわからないので、恐ろしさが勝っていた。領土拡大が失敗したら、彼女たちは何億人消滅するんだろうか。

「え? つまりどういうこと?」

 みたいな連絡が生まれたばかりの後輩たちから次から次へとくる。私が国のことを知っているのは乱数により副会長という役職が与えられた結果に過ぎないのだけども、説明役という貧乏くじもまた負わされているのであった。ただ驚き役よりはいいのかもしれない。

「えーとつまり、この学園はいわばコンピューター上の仮想空間でして」

 と前置きして学園の説明を始める。

「はるか昔人類は地球に住んでいました。これは仮想空間の話ではなく現実の話です。根底現実と呼ばれていますね。そして人類は宇宙に飛び出し、住む場所を増やしていきました。ただ速度には光速の壁があり、さらには宇宙船の速度も技術的には限界があります。結局のところ、宇宙のすべてに到達することはできません。それにかかわらず人類は指数関数的に増えていき、一人当たりの住むことができる場所はどんどん小さくなっていきました。人類もそれに抗おうと様々な策を講じます。肉体を小さな虫のように改造したり、意識をコンピューターに移したりする定番の奴ですね。その中でも最も偉大だと言われてるのが、無にコンピューターを設置するものです。正確には無を次元的に開いてコンピューター化したものですね。宇宙は11次元の無から発生したのです。宇宙に比べればコンピューターを作るなんて簡単ですね。と言いたいところですがそう簡単にはいきません。無から生み出せたのは原子一個分の大きさの真空に1と0の情報を設置する程度でした。宇宙を作るには遠く及びません。まあそれでもとてつもなく偉大なな発見です。1と0を組み合わせればコンピューターを作れるのです。これで莫大な容量を確保できました。人類の問題は解決! するように思えるでしょう? しないんですねこれが。人類の増殖はとどまることを知らず、その大容量も食いつぶすほどで、結局のところ国ごとにAIであれなんであれ生命体を増やすのを制限されたのです。そして領土――いう言い方は地球時代の名残なんですが――も国ごとに決められており、われらが学園国が使用できるのは、アンドロメダ銀河の端から約1億光年ほど先にあるボイド空間の、一辺が5光年の長方形の形をした真空です。あ、あなた5光年ってかなりあるように思えたでしょう。多分この国の創設者もそう思ったんでしょうね。でもそこまでじゃないんですよね。いや狭くはないですよ。ただね、これ直方体じゃなくて長方形なんです。厚さが約原子一個分しかないんです。数十光年あるちゃんと3次元的な2国のほんの隙間に、わが学園国は住まわせてもらってるのです」

 という情報を一旦配る。と同時に現状飛び交っている情報を集め、領土が増えるという可能性が本当かどうかを確かめる。とはいっても広さが5光年あるので、端から端まで最速で5年かかる。気長に待つしかない。とはいっても出来ることはやるべきで、遠い場所の情報はシミュレーションにより予測する。

 とかやってるうちに質問がどしどし来るので、振り分けをしつつも答えた。

「すみません先輩。その理屈だとボイド空間に我が学園は静止しているってことですか?」

「いえ違います。例えば惑星に住む人々は惑星の表面を領土とします。しかし惑星は移動するので宇宙規模で見たら領土は動いていますね。ではその惑星軌道上の空間に国があった場合は惑星の領土と重なり合った時はどうなるか? 答えは空間のほうの国にいい感じに移動してもらうことになります。惑星も恒星も銀河も銀河団も大銀河団も移動しているので、真空の国もまた絶えず移動し続ける必要があるので、当然わが学園も移動してるんです。

 あ、すみませんちょっと違います。動いているのはソフトウェアだけです。真空コンピューターは空間に固定されています」

「なるほどありがとうございました」

 という風な様々なやり取りを並列して行う。

 そこまで来て、ようやく予測マシンが、5光年先の情報を導き出した。

 その情報を見て私は頭を抱えた。頭を抱えたという情報を発した。

「わが学園はカジノ国へ隣接する。そこで稼ぎ領土を買う」


 ◆ ◆ ◆


「じゃあこういう設定でいこうか。私は自分の才能にかまけて、他人を見下しがち。そこが長所であり、短所でもある。君はそんな生徒会長にうんざりしながらも、実力だけは信頼している。君事態は常識人を気取っているが、実は私の数倍変人であり、秘めたる狂気を隠し持っているんだ」

「はい?」

 生徒会室に入るなり、目の前の女性は開口一番にそう切り出した。生徒会室にいるから生徒会長だという予測は短絡的かもしれないが、おそらくあっているのだろう。

 それはそうといきなり意味の分からない音声データを送りつけないでもらいたい。

「つまりどういうことです?」

「その様子だと、君が今回のカジノ大会に参加するという情報はまだ得ていないようだね。旧式の予測マシンを使ってるようだからアップデートをお勧めするよ。まずこれを見てくれ」

 と、ここら一体の国の移動をわかりやすく映像化したものが空中に表示された。色分けしたアメーバのようなものが流体のように絶えず移動している。その粘菌じみた物体の一つに住んでいると考えると、なかなか奇妙なものを感じた。

「では現状を把握するためのお勉強だ。なぜ私たちは地球時代の学園を模した役割を与えられている」

「えーと」私は検索を行い歴史を引っ張り出す。「人類は様々な形態に変化しましたが、変化しすぎた故に他国との国交がうまくいかず、元の人間性を排除すればするほど戦争が起きやすくなるという事態が発生しました。価値観が多様化するのはいいのですが、いくらなんでもしすぎということで原点回帰で過去の物語という共通点を付属することで他国との関係をよくしようという試みでしたね。まあ、あくまで試みの一つなので今まで通りに過去の人間性というものを捨て、次元の高みを目指す国も多いですが」

「その通り、過去の物語という共通の言語を使うことにより意思疎通を図りやすくすしている。さて、その要素を持っている国の区別の仕方としては、共感器官ともいえるミラーニューロンエンジンををプログラムに組み込んでいるかどうかなんだ。幸いにもカジノ王国はミラーニューロンエンジンを搭載している」

 なるほど、ようやく読めてきた。

「我が国は長い間、両側を大国に挟まれていたために、模倣子の流入が少ない。そのため今の学園の状態はある他国から見たら『古い』ととられかねない。だから設定を更新しなくてはならなくなったんだ」

「つまりはロールプレイの内容を変更する必要があるわけですね。しかしカジノという賭け事の場でそこまで物語が必要なんですか?」

「賭け事ほど物語が必要なものはないよ。本当に無駄のなない博打がしたいのなら、乱数をひたすら当てる遊びでもすればいい。それに私たち自身もどちらが勝つが賭けられているからね。場合によってはスポンサーがついたり、ウルトラスーパーチャットという形で投げ銭をされるかもしれない」

「なるほどわかりました。そういうことでしたら、お受けいたしましょう」

「違う違うそうじゃない」

 と生徒会長はわかってないなあ、といった顔を作って言った。

「君はまずは自由意志を確保するために断るんだ。しかし私は君に借りを持っている。そのことを私に聞かされ、悔しそうにこちらを見ながら任務をを受ける。しかし私が恩着せがましくも、昔の借りを持ち出したのは深い理由があり……そのことに気が付いたとき、君は私を真の意味で認めることとなるだろう」

「借りって何ですか」

 生徒会長は顎に手をやり、天井を見上げた。

「それは今から考えよう」


 ◆ ◆ ◆


 まず初めに、以下の言葉をできる限り使わないこと、使ってしまったら、後で削除しておくこと。でもたまには使っていいよのこと。

 設定

 百合営業

 ロールプレイ

 メタフィクション

 演技

 それから私は驚き役に当たるので、検索を禁止するとのこと。

 そのことを頭に入れながら、私たちの国はカジノのある国へ突入していった。

 アンドロメダ銀河にある恒星を中心に百数光年ほどの空間を自国の領地として持っている国だ。根底現実にある星を所有していることから資産の多さが伺える。

 私たちの国以外にも様々な国が入ってきているために、この5光年の広げたままの空間ではかなり邪魔になる。なので二次元的に広げていた国を三次元的に折りたたんでいくことにした。面積の数字がそのまま体積になるのでかなりコンパクト縮めることができた。

「あっ、なんだかすごい頭が冴えていくような気がします」

 と私は少し感動して生徒会長にいった。

「二次元的に使用していた真空ビットチップを、三次元的に使えることになったからな。よりメモリを多く使えるようになった」

「てことは後輩を増やしまくったのも黒字になります?」

「いや、この国から離れるとまた二次元的に広げることになるから、ならない。そもそもカジノで負けると減ることになるので絶対に勝たなければならない」

「なにそれ……」

 とか言ってるうちに私たちは指定された仮想空間内に入る。

 そこは20世紀後半あたりのアメリカの薄暗いビルに囲まれた路地裏にポツンとある建物だった。建物の中は小さな倉庫を改造して、場末の違法博打場にしたといった雰囲気だった。点滅する蛍光灯に昆虫がたかっている。壁には猥雑な落書きで溢れていた。まず目についたのは、東アジア系のスキンヘッドの男がパイプ椅子に座っている姿だった。顔には大きな刺青を入れている。その後ろには黒いビジネススーツを着ているボィーガードが二人。両方とも体は人間の形をしていたが、頭が白い虎の姿をしていた。ちなみに私たちは日本の女子学生服のようなものを着ている。生徒会長はショートヘアのボーイッシュ系の顔立ちで、私は緩くウェーブのかかった茶色の髪をしていた。

「ようこそおいでくださいました」

 人の顔をした男は手を組んでこちらを睨み見た。

「既に対戦相手の方は既にお待ちです。今からお呼びいたしましょうか」

「お願いします」

 生徒会長の言葉に男はうなずき、三人組は部屋から出て行った。

 私は声を潜めていった。

「一応共感コンセプトのずれは時間は百年以内に、場所も惑星圏内に収まったようですね。『二十世紀日本の修学旅行生がマフィアが経営している路地裏の賭博場に間違えて入ってしまった』ってシチエーションに見えなくもないです。順当にいけば売り飛ばされる前ぶりにしか見えないですけど」

「コンセプトとシチエーションって言葉も禁止な」

「えー」

 とか言いあっているうちに、対戦相手と思しき人物が部屋に入ってくる。

 それを見て私は「きれい……」とつぶやいてしまった。ここで言うきれいとは解像度が高いという意味である。外見に容量使ってるなあと。

 服装はたしかか22世紀のイギリスで流行ったファッション……ロココ調のドレスをその時にアレンジしたものだった気がする。ゴシップロリータともまた別だが、コンパクトにまとめてある。赤色でひらひらしていてほんのりと輝いていた。顔の人種は判別つかず、頭は白をベースとした赤色の髪の毛を腰まで垂らしていた。

「ごきげんよう。白崎ペテルギウス女学園の皆さま。バレリアン王国第三王女アーリン・ヘイウッドですわ」

「ごきげんよう」

「ご、ごきげんよう」

 入ってきた女性がスカートをつまんでお辞儀をしたので私たちもそれに倣う。

 先ほどの審査員と思しき男がパイプ椅子に座るよう促した。

「今回は顔見せという形で、実際に賭け事をするのは次回からになります。ちなみに観客や顧客はそこのカメラから見ているので、アピールをしたい場合はどうぞ」

 カメラは薄汚れた机の上に、時代に合った外見をして立っていた。

「では私が」

 と王女を名乗った女性が私に近づいてきた。え? なになに? とか思っている間にも、彼女は顔を近づけた。あーこれあれか。ゆ『禁止ワード』って奴かな。

 唇が触れ合いそうになったので思わず手で彼女のほほをはたいてしまった。

「あ、いえすみません」と私は思わず殴ってしまったことに慌てる。「でもそういうのが求められてるからって、気軽にこういうことするのはポルノじみていませんか」

「殴られたことは織り込み済みなので、別にいいですのよ」そう言いながらも王女は目をつむり、殴られたほうの頬を撫でていった。「ただ私はポルノグラフィというものを否定はしませんし、この場所がポルノグラフィと無縁であると思っているのなら、ひどく頭がお花畑ですわよ」

「えっ」

 訳も分からず戸惑っているうちに王女は帰ってしまった。

 王女の言葉を頭で反芻する。つまりは

「私たち脱ぐんですか!?」生徒会長に詰め寄る。

「いや脱ぎはしないよ」

「それ以外のことはするんですか!?」

「あーうん。ここで性的なことはしないので安心していいよ」

「安心できないですよ! 説明してくださいよ!」

「それは駄目」

「何故」

「あれだよあれ」

 ふと生徒会長はカメラに目を向けた。そして笑顔で手を振って見せる。

「サプライズだよ」


 気が付いたらサプライズとポルノグラフィが禁止ワードとなっていった。

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