現代文化研究部

林部 宏紀

俺達のオタサーに姫が舞い降りた!

「ねえ平井、私もあんた達の部活に入れてよ」


 二年に進級したばかりの四月のある日、俺は部室の前で、クラスメートの女子に、そう声を掛けられた。


「は?」


 突然頭から水をぶっ掛けられたような気分だった。

 なぜなら、俺が所属している部活は、現代文化研究部。体の良い字面で取り繕ってはいるが、要はアニメ、ゲーム、マンガ、ラノベが好きな陰キャ野郎どもが集まった、いわゆるオタサーであり、女の子の入部希望者など来るわけがない質のものだったはずなのである。

 まさに青天の霹靂。パニックで卒倒しそうになる俺だったが、必死に気を静め、ひとまず状況の整理にかかる。


「え、え~と、姫野さん、どうして弊部のようなキモいオタサーに入部したいなどという血迷い事を口になされているのですか?」

「うん、あんね、日野くんのことが好きだから。お近付きになりたいな~と思って」

「え―――っ!?」


 これまた予想外の角度から言葉が飛んできて、思わず驚愕の声をあげてしまう俺。しかも、さらりとあけすけに……。


 日野、日野夏樹とは、俺の同級生であり親友であり我が部の部長を務めている男のことである。

「え~……ヤ、ヤツのどこが好きなの?」

「うん、あんね、あれはこの前の冬の日のことだった。帰りの電車に乗り物酔いをしてるおばあさんがいたんだ。あちゃ~マズイぞ~どうなっちゃうんだとハラハラして見てると、その時、その場にいた日野くんがそのおばさんに、「これ使ってください」って言って自分のカバンをエチケット袋代わりに差し出したんだ。それを見て『は~優しい奴だな~』って思ったのね」


 あいつは優しいところがある奴だ。おそらく、本当にあった話なのだろう。


「で、それから、なんかなんとなく日野くんのことが気になるようになっちゃってさ、なんとなく目で追っちゃうようになってさ……それで、気が付いたら、みたいな」


 遠い目をして語る彼女。その様子と言葉から、想いの本気さを感じ取った俺には、彼女の入部を拒絶する言葉を口にすることはできなかった。

 彼女の想いを切り捨てる資格なんて、俺ななんかにはないように思えた。

 それに、俺は嬉しかったのかもしれない。自分の仲間のことを、そんな風に想ってくれることが。


「わかった。現文研へようこそ。よろしく、姫野さん」

「うん、よろしく」


 窓から差し込む夕日に照らされたのは、姫野のいたずら好きな子供のような笑顔だった。


 姫野舞、切れ長のつり上がった目がちょっとコワい。そのせいで惜しくも美人のカテゴリーにあと一歩入れない子。淡く茶に色が入ったこざっぱりしたセミロングの髪が陽キャっぽくてコワい。

 が、思ったことをすぐ口にしちゃうタイプでKYなので友達ができず、学校ではいつも一人でいるぼっち娘だ。

 かくいう俺は平井相太。自分では良いと思うのだが肩くらいまで伸ばした髪が評判今一つの、貧相な顔をしたヒョロ男陰キャだ。



「今日からよろしくお願いしま~す」


 その後、部室に来た日野と、もう一人の部員・根岸は、まさかの女子新入部員の登場・挨拶に、目を丸くしたまま硬直していた。

 まさかこんな、ガンプラ、アイドルアニメのフィギュア・ポスターだらけの部室に足を踏み入れる女子が現れるとは、という反応だった。まあそらそうだ。俺も最初はそうだったし。


「……お、おい! ちょっと、ちょっと来い!」

 そしてキョドりまくる日野と根岸は俺を部室の隅へと連れて行くと、声を潜めて言った。


「おい、どういうことなんだよ女子の新入部員とか!」

「まあまあ、いいだろ。声優やってくれる女子がいればなぁって話してたとこじゃねえかよ」


 現文研はゲーム制作を主な活動としており、誰か女子にそのゲームに登場するキャラクターの声を演じてほしいという高望みを、かねてから抱いていたのだ。


「そりゃまぁそう思ってたけどさ、だけどどうすんだ女子となんてどう接したらいいのかわかんねえぞ!」

「俺だってわかんねえよ。でもまあいいんじゃねえの普通で。本人が入りたいって言ってきてんだからさ」

「普通でってなんだよ! 女子に対する普通が全然わかんねえんだよ! そして部長の俺を差し置いて勝手に決めんな!」

「じゃあどうすんだよ断んのか!? こんなチャンス逃すのかよ!?」

「いや、声優さんを逃す手はないな」

「うむ……」

「なら覚悟決めろよ」

「いや、対応はお前に任せた」

「うむ」

「おいヘタレども!」


 こうして、姫野への対応をどうするのか喧々諤々の協議の末、俺が入れたんだからとばかりに、相手を俺に押し付けて二人は逃げていった。やっぱりこうなったか。


 日野夏樹、横分けメガネの太眉くん。それ以外は平凡顔。良い奴だがご覧のように頼りない部長。通称ナッツ。

 根岸仁、気弱そうな顔をした小柄な天パ。温厚なオタク。俺の親友2号。通称ジーン。



「ねえソータ、日野くんの好きなアニメとかゲームのことを教えてよ」


 翌日の部活終わり、帰路に着く俺のことを追いかけてきた姫野が、そう言ってきた。


「え? 観んの? やんの? そのアニメとかゲーム」

「うん。だって、昨日も今日も日野くん、全然私と喋ってくんないんだもん」

「まぁ、みんな女子に免疫なさすぎて緊張してるからな」

「うん。だから教えてよ。あるんでしょ? それぞれ好きなものが。一口にオタクと言っても」

「おお、そらあるある。で、それを会話の糸口にするのか。頑張るな」

「うん。エライでしょ」

 誇らしげな笑みを見せる姫野。

 積極的で行動力があって……自分とは真逆のタイプである彼女の笑みは、俺には少し眩しすぎて、断ることなどできようはずもなかった。


 その日はまず、ナッツが好きなゲーム、名作RPG群を貸してあげたのだが、姫野はままいるゲーム音痴女子だったので、連日部活終わりに、俺が自宅の部屋にてRPGのいろはを教えてあげることになった。


「いや、なんで4人パーティ制なのにソロでプレイしてるんだよ。そりゃ行き詰まるわけだよ。……そして、どのゲームでも総じて強いキャラ使ってなかったり人数少なかったりするのはどうしてだ!?」

「だって使いたくないんだもん……」


 謎のプレイスタイル。どうしてこうなったかを一つ一つ説明していってもらうと……


「そのキャラは、強い装備渡してあげたのに急に仲間から外れてそれ置いていかなかったのがムカついたから再会しても切り捨てたわ」

「あのキャラは、回復してほしい時に攻撃に出たり、コンボ途中でいらんふっ飛ばし技出してコンボ途切れさせたり、敵が隣まで来てるのになぜか攻撃しなかったりと、クソAIでムカついたから切り捨てたわ」

「敵だった時は大物だったのに仲間になった途端に雑魚ステータス化しててムカついたから切り捨てたわ」

「ステータス高いのに攻撃モーションがトロすぎて当たらないのにキレて切り捨てたわ」

「育成ミスって必要なスキル消してゴミスキル上書きしちゃったから切り捨てたわ」


 などなど……あるあるな要素に腹を立てて、少数縛りを慣行なさっているらしい。なんという短気。

 いやいや、それでも使わないとクリアできないからと説得し、さらに装備の見直しなどそういった細かい点を修正して条件を整えてやることに。


「これでよし。さ、これで例のボスに挑んでみろ」

「うん、わかった」


 その上で再トライしてみるよう促すと、姫野はプレイを始め、う~う~唸りながら画面を睨み、強敵とのバトルに熱を上げる。

 一生懸命だなぁ……でも、このゲームが楽しいからってわけじゃないんだろうなぁ。

 その横顔を見ながら、俺はそんなことを考え、なんだか可笑しくなり一人笑っていた。


「あ、なつかし~。私もこのゲームやってた~」


 翌日、部室にて、姫野が飾られていたゲームキャラのフィギュアを見ながら、わざとらしくそう言った。


「え!? 姫野さんもコレやってたの!?」

「うん、面白いよね~」

「お、わかってくれる? そうなんだよな~。シナリオがまず良いし……」


 と、そのゲームが大好きなナッツが、目を輝かせてそれに食い付く。

 上手くいったか。それはよかった。

 しかし、全てを知る俺は、内心で「どこが懐かしいんだ昨日やったばっかりじゃねえか。大体なんだその猫撫で声は、きもっ! 俺と話す時と全然違うじゃねえか」と釈然としない思いでいたのだが、まぁそれは姫野のために胸の奥深くにしまっておくことにした。

 しかしまぁ、それから二人の話が弾むは弾むは。ナッツは好きなこととなったらどこまででも話すタイプだからノンストップだった。

 一気に距離が縮まったようで、姫野的にはよかったなぁという感じなのだが、一方、俺はいきなり取り残されたみたいで、どこか腑に落ちない気持ちでいた。



「全然納得できないんだけど!」


 その後のある日の部活終わり、俺はまた姫野に捕まり、激しい口調で怒りをぶつけられた。いや、ホントにナッツと話す時と違いすぎてこっちも納得できねえ。


「で、なにが納得できないって?」

「どうして名作RPGに限って2で1の主人公が死ぬことになるのよ!」


 ……ああ、それか。


 そして、俺と姫野は、俺の部屋にて、その問題についてのミーティングを行うことになった。


「……というか、どうして2までプレイした? 続編だからということで一応一緒に渡したがやらなくてもいいと言っておいたはずだが」

「1が面白かったからよ! 続編だっていうから気になってやりたくなるじゃない! そしたら……」


 怒りから一転、遠い目をして口をつぐむ姫野。そうか、話題作りのためだけじゃなくて、ちゃんとゲームにもハマってたんだな。よかった。オタとしては好きなゲーム自体がないがしろにされるのは悲しいからな。


「そう、確かにお前の言う通り、クロノトリガー、テイルズオブデスティニー、ヴァルキリープロファイル、アークザラッド……名作RPGに限って、2で1の主人公が死ぬシナリオのものが多い。俺も当時はヘコんだものだ」

「そうよ! どうしてなのよ!」

「それは……インパクトが欲しかったからだ!」

「いらないインパクト!」

「いや、俺は制作サイド可哀想だったと思うよ。なんせ名作の続編だ。それに相応しい質のものなんてそうそう作り出せるわけがない。そこでみんな思い付くんだよ。そうだ、前作の主人公を殺しちまえば強いインパクトを与えることができるぞーっ!」

「悩みすぎて疲れちゃってる!」

「そういう苦悩の果てに出来たものなんだ。責めるでない」

「いやいや、大体2の顧客層って1のファンな人達なわけでしょ? 1が大好きだから続編たる2を買うわけでしょ? それなのに1の主人公やヒロインが死ぬって、一体誰得な展開なのよ!?」

「マジな意見やめろ! それがいいって人も多いんだよ! ゲーム自体は2も面白いんだからいいんだよ!」

「そりゃ~ゲーム自体は面白かったけど~」


 何度なだめても煮え切らない様子の姫野に、俺はそこで提案した。


「そこで、小説投稿サイトの登場ですよ。この手のサイトのファンタジー熱は一時期凄かった。今でも凄い。もし今までのファンタジー系ゲームのシナリオが全て誰もが唸るような出来のものであったならば、自分でも書いてみようと思う人がここまで増えることはなかっただろう。たぶん。というわけで、次はナッツがハマった投稿作品を教えてやろう。話のネタにするといい」

「へー、そういうのがあるんだ。教えて教えて~」


 そうして姫野にいくつか投稿小説を紹介してやったのだが、しかし翌日、俺はまた彼女とミーティングを行うこととなった。


「ねえソータ、この手のネット小説って、どうしてみんな主人公が何の努力もなしにいきなり強くてチートで勝ちまくるって展開なの? 魔物と戦うってそんな簡単なことじゃないと思う。なんか、現実社会での自分があまりに冴えないから異世界でカッコ良く活躍したいんだけど、辛い思いとか痛い目にあったりはしたくないっていう歪んだ願望が詰め込まれてるのを感じて引いちゃうんだけど」

「だからそんなマジな意見吐くのはやめろ! それが面白いんだよ! 無双っていってな、爽快感があっていいんだよ! それに、俺達は今のこの社会での人生の中で、何に対して熱くなったらいいのか全くわかんねえんだよ。もう何年も前からそんな閉塞感に苛まれてんだよ。だからみんな違う世界での命を焦がす戦いに想いを馳せるんだよ。わかってくれよそこを」

「え~、現実の中で戦ってほしい……でもまぁ、あんたらが熱くなる理由はなんかわかったわ」


 おお、我ながら現代文化研究部っぽいこと言ってる! ってな風に熱く語ってみせた俺に対し、一貫して一歩引いたスタンスを見せていた姫野だったが、翌日には、「私も書いて投稿してみる~」とウキウキして話していた。

 結構影響を受けやすいタイプのようだ。

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