第44話 蒸気機関車、地球空洞説、お笑いコンビ

 地下に巨大な空間があるという地球空洞説。

 この一見荒唐無稽な話が四年前に事実とわかり、地下世界への探検・開拓が始まった。

 一攫千金を夢見、地下に乗り込む者は年々増えている。


 九月。

 地下世界へ向かう蒸気機関車に、カップルが乗り込んだ。

 彼らは夫婦漫才師「道祖神」として名を上げようとしていたものの、それは見事に失敗してしまったのである。

 彼らはたまに当たることがあったがために、三年間続けられた。

 ただ二人とも生来の放蕩癖によって、あっという間に借金取りに追われる身になってしまったのだ。


「あんた、これで間違いないんだろうね」

「わからん」

「わからんってどういうことさ!?」

「わからんものはわからんから……」


 三等客車に入った二人は小声で喧嘩を始めた。

 夫婦になったものの、一緒にいる期間はそれほど長くない。

 夫、ジャクソン与次郎は色街へ、妻、ジャクリーンお玉はカジノへ繰り出して、むやみに金を使い果たすのが常だった。


「わからんわからんで済むもんかい! あたしらひっそりと暮らすなんてことはどだい無理な人間ってわかってるだろうが!」

「それはそうだが、わからんものはわからんから……」

「またそれかい!? 儲けがあるから行こう、って言い出したのはあんたじゃないかい!」

「いやいや、君だ」

「はあ? 話をグリハマにしようってわけかい!?」


 この後もしばらく口論は続いたものの、汽車が動き出すと二人は黙った。

 車内販売で弁当売りが来たので、一番安いものを買う。

 買わざるを得なかった。

 空腹には勝てず、かといって欲望のままに動けばどんどん詰まりのどん詰まり。

 ここにきてようやく二人は思い知った。


「保存食ばかりだね」

「安いやつだからね」

「……しかたないか」

「うん……」


 二人はチーズ、乾パン、やたら塩気の強い漬物、梅干しという凄まじくがっかりするラインナップを前にして、自らを憂えた。


 ――地下には宝石の原石やら原油やらがいろいろ眠っているらしい。

 ――うまくいけばお大尽様になれる。

 ――しかし、よくわかからない獣もいっぱいいる。

 ――荒くれ者、食い詰め者も大勢いて、安心して暮らせるものではない。

 ――だが、うまくいけば……お大尽様になれる。


 本当のことであろうか。

 夫は自らの言葉を、妻は夫の言葉を思い返しながら、やたらに硬い乾パンをちびちびと食べる。

 地下には発光晶石なる奇妙な石があり、それが太陽の代わりになっていた。

 今は夜にあたる時間帯なのだろう、ほのかに暗闇のなかで光る発光晶石が客車の人々の関心を引き始める。

 だが、二人はあまり興味を寄せなかった。

 頭にあるのは本当にお大尽様になれるのか、それだけだった。

 発光晶石が瞬いている。

 地下世界最初の街まで、あと一時間。

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