第37話 ハンマー、蜥蜴、ウィスキー

 一、アルビオン帝国に潜入したスパイからの暗号文(解読第一段階)


『ハンマーは起きた。人差し指はまだ動かない。クマノミを踊らせろ』



 二、デイリーアルビオン六月十二日朝刊の記事


【帝国海軍、ゴートゥンヘイム王国への航行開始】

 本日午前四時、帝国海軍省ペイジ報道官は第一艦隊をゴートゥンヘイム半島南方の軍港トゥーリへの攻撃に派遣したと公式発表した。帝国軍事総括省は十一日に国際法に則ってゴートゥンヘイム王国への宣戦布告を行っており……



 三、トゥーリからスヴォルトへの電報(暗号文、解読第一段階)


『ハンマーノオトキコエタ、ヒトサシユビヒカレタ、クマノミオドッテトカゲヲサンビキカンダ、イソギンチャクハナンラモンダイナシ』



 四、スヴォルト新報全国版六月十三日の記事


【王国海軍、初戦にてアルビオンを降す】

 本日午後三時の王国上院でカルル海軍大臣は十二日トゥーリにおける海戦において新兵器の攻撃で敵国アルビオンの戦艦マクスウェル、ラプラス、シュレディンガーの三隻を撃破したと報告した。言及された新兵器の具体的概要は不明。カルル大臣は秘匿する理由について……



 五、アルビオン帝国水兵の六月十二日の日記


 アレクサンドラ、俺は何を見たんだろう?

 いや、何も見なかった、!!

 戦艦が沈むのを見た、マクスウェルが、ラプラスが、シュレディンガーが、目の前で海の藻屑になった!!

 だけど、信じてくれアレクサンドラ! 敵の攻撃は!!

 俺はこの戦争にたやすく勝てると信じていた、神の存在より確かなものだと。

 今はその考えが浅はかだったと思い知った。

 ああ、アレクサンドラ!

 念話テレパシーというものがあるなら、お前は「愛しい家族たちを連れ、できるだけアルビオンから離れろ」と俺の声を全アルビオン人に伝えてくれ。

 もはやアルビオンの力を過信するな。

 もはやアルビオンの滅びは近い。

 上官はウィスキーを俺たちに渡そうとせず、自分たちだけで愛するつもりだ。

 こんな状況であれば皆ウィスキーを、あの素晴らしき神の水を求めているというのに!

 飲んで忘れることも考えないこともできないのか!

 アレクサンドラ! 神がいるなら俺を取り次いでくれ!

 どうか、どんな神でもいい、救ってくれと頼んでほしい!


※アレクサンドラとは水兵が日記帳につけた名前。



 六、ゴートゥンヘイム王国海軍士官の六月十二日の日記


 悪天候にも関わらず、いや、だからこそこのは活躍した。

 恐るべき新兵器だ……とも言えよう。

 私は神を信じる。今となってはそうせざるを得ない。

 の存在を聞いたとき、私は鼻で笑った。

 だが今、に乗り込んでいる……冗談も度をすぎると真実になるのだろうか?

 ともかく、今日の勝利は凄まじいものだ。怖気が走るほどに。長く我々を苦しめてきた敵国への同情と憐憫を抱くほどに。


 は今はくつろいでいるようだ……。

 獲物を喰らい、敵兵を暗い水底へと沈めた、旧きモノは。

 住めば都というらしい。今まで怯懦の念を抱いていたに対し、郷里への愛着のような懐かしいものを感じる。

 ふるさとのウィスキーのような、手放せないような、そんな不思議な気持ちだ。

 

 の実在を声高に唱え、精神病棟に押し込められていたアムレート殿下も、今や救国の英雄だ。

 ヨルムンガンド。

 全長が超弩級戦艦二隻もある、巨大な海蛇めいた海洋生物。

 古地図に描かれた御伽噺のはずの存在。

 酔いどれた水夫の与太話のはずの存在。

 が我らのものだけであることを願う。

 いや、我ら海軍と知る度胸のある者だけが知っていてほしい。


 

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