第7話 夜、息子、丼

 親と子を同時に食べてはならぬ、という戒律が某宗教にはあるらしい。

 つまり親子丼を食べられないわけである。

 鶏の親子丼も、鮭の親子丼も、食べられないわけである。


 そういうわけでタカシの夜食は素丼すどんである。

 丼にごはんだけをノッソノッソとよそった、おとこの料理だ。


 Knock! Knock! Knock!

 

「タカシー」

「なにー」

「お夜食よー」

「なにー」

「ちなみに私は乳母じゃないわよー」

「なにー」


 受験勉強のしすぎでタカシの頭脳指数が下がっている。

 ちなみに『私は乳母じゃない』とは、タカシの返事と英語のNannyなにーをかけた高度な知性的ジョークだ。

 ここで「なにー」ではなく「まみー」と返すのが本来のタカシの頭脳能力であるはずだった。

 だが実際は異なる……。


 Gatcha!


「入るわよー」

「なにー」


 私は部屋に入った瞬間、恐怖した。


 タカシが、受験勉強をしている。

 それは普通だ。しかし方法がおかしい。

 息子は天井に張り付いて、漢文のテキストを読みながらも、小声で英語の発音練習をしているのだ!


 これが現代の受験戦争の闇か。

 しかたがない。

 私は素丼をかかげ、祈った。


「神よ、この素丼を差し上げます。どうか、どうかタカシに睡眠を」


 するとタカシは天井より落下し、寝息を立て始める。

 素丼でもよかったようだ。神はちょろい。


 その後、タカシは浪人した。

 天井から落下したときに頭を打ち、目から英単語を全て弾き出してしまったから。

 おかげで、父親の私をパピーと呼ぶ。

 私はMummyマミーなのにな。

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