第2話 隠していた嘘

「いや……これは仕組まれてるよ、最初から」


 お礼を告げたロックだったが、イアは歯を食いしばり辺りを見回していた。まるで誰かを探しているように。ロックも今の倒壊が自身を狙っていたものだったとようやく気づき、緊張が高まっていく。



「……約束が違うんじゃないか? イア」



 突然、彼らの背後から何者かが近づき語りかけた。ロック達が入ってきた入口付近に立ち、外からの光がまるで後光のように射す。背丈はロックよりも更に高く2メートルは超えていた。


「そっちこそ、でしょ……ナイド!」


 現れた男の名前はナイド。緑色のジャケットを羽織っており、傷だらけのジーパンも履いている。眼はやや細く、そして右目を隠すほど長い髪の色はロックと同じ灰。


「あ、さっき聞こえた声と同じ……良かったぁ無事だったんですね」

「……ロックは呑気過ぎ」


 心配していた人物が無傷だった事に安心したロックだが、そんな彼が探しているような人物とはかけ離れていた男がナイドだ。ナイドはジャケットの胸ポケットからカプセルを取り出すと、人形ドールが現れ並び立つ。


「【MIDNIGHTER】……これが僕の人形ドールさ」


 【MIDNIGHTER】はいかにもロボットと言った風貌で、灰色の胴体はまるでエスカレーターの踏み板のようにギザギザとした波状。顔の部分は人間と同じようなパーツが無機質ながら揃ってはいるものの、口は開いたままで可動には対応していない。四肢は細く黒い支柱を中心として、カバーのようにフラットな灰色の板が覆っている。更には両腕が特に長く、床に擦れてしまうほどだった。


「俺と同じ灰色! しかもカッコイイ……ちょっと見せてもらっていいですか?」

「ちょっとロック!」


 無闇に近づいたロックにイアは驚き、早歩きを始め結局彼女もナイドへと誘導されてしまう。しかしロックはつまずき体勢を崩した。彼が左足を踏みしめた床は塗装が剥がれており、少しの段差が出来上がってしまっていたからだ。


「うおっ」


 だがロックは転ばずに、左足を中心に身体を反時計回りに回転させ始めた。そして背を向けナイドに行動を悟られない瞬間、腰をやや右に傾ける事で無理やりカプセルをポケットから放出させた。カプセルは落ちてきた右の掌にすっぽりと収まり、その後右足を着地させ更に回転の勢いを高める。


「……【ROCKING’OUT】!」


 ロックが振り向きナイドと目が合ったと同時、カプセルから【ROCKING’OUT】が突如現れた。まるで後輪を足、前輪を頭と見て取れるように縦に立っている。ロックは高く跳躍し、バイクのハンドルにしがみつき体重を委ねた。当然【ROCKING’OUT】は前に倒れてしまい、ナイドを押しつぶす勢いだ。


「なんだと!?」


 予想外の攻撃に反応は遅れていたが、【MIDNIGHTER】が両手でバイクの前輪を支える事で防いだ。おかげでナイドを守るものはこの瞬間何も無かった。


「私も!」


 ロックと【ROCKING’OUT】の体により、ナイドには迫り来るイア達の姿を視認できてはいなかった。【LIAR】はバイクの陰から奇襲を仕掛け、今度はナイドの左脇腹に右ストレートを撃ち込んだ。


「ぐっあぁ!」


 情けない喘ぎ声と共にナイドは吹き飛ばされ、廃工場の脆い壁まで転がり込んでしまう。【MIDNIGHTER】は盾になるようにナイドの前まで飛び退いた。つまり人形ドールを操るナイドの意識は失われていない事も二人は確認できていた。


「まさか君達……」


 壁にもたれかかりながも立ち上がったナイドはイアを見つめた。彼は油断していた様子のロックを始末しようとしていたが、イアの攻撃が向かってくるとは思っていなかった。


「そう、ロックが油断しているっていうのも嘘で……私が慌てた様子を見せたのも嘘。最初からあなたを倒すためにね」

「初対面で挨拶すらしていないのにいきなり人形ドールを見せてきて、しかもこんな廃工場でだ。怪しすぎるだろ」


 作戦が上手くいった二人は微笑ほほえみ余裕の表情。しかしナイドも口角を上げ始め、使われなくなったプラスチックの箱に寄りかかる。


「なるほど、【LIAR】の能力は“肉眼で見た人間の発言が嘘かどうか分かる”というものだったな……」

「ロックはカッコイイなんて言ってたけど、私には嘘って分かってたから」

「それで、なんでこんな所にいるのか目的を聞かせてもらおうか?」


【ROCKING’OUT】から降りたロックは威嚇するように、比較的大きな声で質問を繰り出した。彼自身は優しい性格だが、笑えない嘘を吐く人物には人一倍厳しかった。



「…………イアと、ある取引をするためだ」



 彼女の名前を提出され、ロックの頭上にクエスチョンマークが浮かぶ。先程の様子からナイドとイアは知り合いだとは分かっていたものの、『取引』なんて言い回しはきな臭いとまで感じている。


「ごめんロック。商店街に行きたいっていうのも嘘……本当はこのナイドって奴と会いたかったの」


 珍しくイアの嘘にまんまと騙され、ロックには少しの後悔が生まれてしまう。だが同時に今日の彼女の行動を改めて考え直してもいた。


「エネルギーが少なくなっていたのも、丁度よく補給所が近くにあったのも、話し声への誘導も……全部イアが?」

「……うん。昨日の夜、あそこの補給所の近くでエネルギーが切れるようにカプセルから抜き取ったの。本当に、ごめん」


 彼は裏切られたとは感じていた。しかし彼女がそんな行動を取るには何か意味もある、という信頼もあった。


「でも約束が違うじゃないか。僕は『意識を失ったロックを連れてこい』と言ったんだ。だから鉄骨を落としたのさ。……約束を破った君達は始末しないといけないからね」

「……どうせ、最初から殺すつもりだったくせに。私には分かってたよ。だって【LIAR】の本当の能力は、“声を聞いた人間が嘘をついているかどうか直感で分かる”っていうものだから」

「そうか……電話で話していた時から騙されていたって事か。いやぁ、僕の完敗だよ」


 心当たりのない会話を繰り広げられたため、ロックは置いてけぼりとなってしまう。“ナイドは自分を狙っていたが、意識を失った状態ではなかったため殺されそうになった”という所までは理解はしていた。


「えっと……なんで俺を狙ったんだ?」


 単なる好奇心。ロック自身は狙われる心当たりなどはなく、ナイドを警察に突き出す前に聞いておきたいと思ってもいた。



「……それはね、イアを口封じ。殺すためだ」



 ますますロックは困惑する。今までの話だと自分が目標だったと捉えていたのに、実はイアを殺そうとしていただなんて。


「このっ……!」


 するとイアは走り出そうとした。今度こそナイドを仕留めようと殺意のこもった瞳で。だがロックは右腕を彼女の前に出し立ち止まらせる。


「イア……俺に嘘をついてたんだよな。間違いなく、だ。俺はその真実を知りたい」

「う……ごめん。分かった」


 まるで失望したように低い声でロックは話したが、声色は優しかった。イアには何かのやむを得ない事情があると彼は確信していたからだ。


「続きは……話してもいいみたいだね」

「ああ。但し逃げようっていうんなら……こいつで追いかけっこだ」


 ロックは【ROCKING’OUT】のヘッドライトを優しく二回叩いた。


「まずは何故イアを殺そうとしたか、からだね。根本の原因から話すとね、イアの両親を騙した詐欺グループ……その一員が僕だったのさ」

「お前が……? でもお前は随分と若い風貌じゃないか」

「グループの中には“外見を若返らせる”能力の人形ドールを操る者もいるんでね。まあ僕は元々若い頃から入ってたし、本当の外見とさほど差異はないよ。おっと、話がズレてしまったか」


 追い詰められているというのに、ナイドは余裕を崩す事はない。何か奥の手があるのかと警戒し、ロックの緊張は更に高まる。


「イアは当時小学生。世間からは『両親自殺! 借金だけが残された哀れな少女!』とかなんとか同情されていたけど……真実は違ったんだ」

「……っ!」


 歯ぎしりを激しくさせたイアの様子に、ロックの額には少量の汗が流れ始める。幼い頃からの関係が、壊されてしまう。そんな予感が彼の脳裏を過ぎってしまっていた。


「ロック、君でももう理解はできるだろう。【LIAR】の能力を小学生の時から既に使いこなしていたとしたら」

「ま、まさか……!?」

「ああそうだ!  詐欺だと分かっていながら両親を止めず、更には自殺にまで追い込んだ張本人なんだよ! イアは!」

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