〈旅行記〉ナニサガシテルノ? −インド滞在記−

こえ

旅のはじめに

 牛の通う路地裏、バラナシへと向かう夜行列車の中、オールドデリーの地下鉄のホーム、朝陽の昇るガンジス川、雨上がりのパハルガンジ通りの人混み、チベットへ向かう飛行機の中……。この国は同じ匂いで満ちている。それは、香辛料の匂い、お香の匂い、牛の糞尿の匂い、人々の汗と脂の匂い、土の匂い、水の匂い、様々なすべてが、その国の混沌を象徴するように、混ざり合い、溶け合った、不可思議な姿なのである。

 僕は、その混沌をよく咀嚼し、理解しようとした。たった二週間の滞在で、それを十分にできたとはいいがたいが、ここにそのすべてを書こうと思う。



 インドに行こうと決めたのは、二〇一四年の七月の終わりであった。

 会社の夏の休暇が二週間あるのということで、僕は最初九州かどこかその辺りにでも旅行しようかと考えていたのだが、どこかに残る違和感。「中途半端」の言葉が自分の中にずっと居座っていた。それを認めながらも、無視するかたちで、日々の仕事を黙々とこなしていた。ここで、

——インドに行け

 という天の啓示があって目覚めた、というのなら格好がつくが、ただ単に十年ほど前から行きたかった憧れの国が、自然と頭に浮かんだのだ。

 そう、それは十年も前の話になるのだと、時の移ろいの速さを図らずも実感するのだが、ここでは簡単に書こう。

 十八歳で大学に入学し、一人暮らしを始めたときには、様々な刺激を受けた。初めて親元を離れ、能登半島の先端から新潟へと移った。不思議と心細さはなかった。今思えば、その頃に出会った音楽や、文学、映画などは、今でも十分に僕の中に生きている。不思議な時期だったように思う。そのころに、なぜかは知らないが、

「おれはインドに行くよ」

 と、古くからの友人に宣言したのを今でも覚えている。本当になぜかは知らない。おそらくその友人もそのことは覚えていないだろう。単なる思いつきのようなものなのだが、直感的に思ったことを口にしただけだった。

 しかしその後も、行きたい思いはあれど、お金も時間もなく、なんとなくそのままになっていたのだが、それが今、にわかに実現可能となり、行くしかないと決めた次第である。

 そうと決まれば話ははやい。インドに入国するには短期間でもビザが必要で、それも行くのに億劫になっていた要因のひとつなのだが、そのビザも到着した空港で取得可能だと知って、その数分後にはインターネットで航空券を予約していた。そして『地球の歩き方』を購入、インド旅行に必要な品々をチェックし、やるべきことは数日で済ました。会社の休暇の二週間をほぼフルに活用する予定を立てた(その「フル」を少しばかり超えることになるのだが、それは話の後半で……)。

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