第四章 魔女と太陽 4

 辺りはしん、と静まり返っている。

 空は一面の闇だ。そして地上はなだらかな一面の雪。風も吹いていない。無音の世界だ。闇と一体化するように聳え立つ山の影を、ソールは、じっと見上げていた。

 背後で、雪の表面を踏む軽い足音が聞こえた。

 「そろそろ交替するわよ、見張り」

フリーダだ。それほど離れていない場所に、最後の宿泊地として選んだ木立の合間で休んでいる仲間たちと焚き火が見える。けれど、この距離でさえ、雪はすべての音を吸収し、無に変えてしまうのだ。

 「俺はまだいい」

 「そうもいかないでしょ。夜が明けたら、キミが一番働くことになるんだから。体はちゃんと休めておいて」

 「…分かったよ」

ひとつ息をついて、彼は空を見上げた。

 「――ずっと昔も、こんな感じだった」

 「昔? いつ」

 「世界のはじまりの頃」

 「やだ、何それ。キミが言うと冗談に聞こえないわよ」

 「冗談じゃないよ。多分、…"ブーリの一族"の記憶」

何もない、ただの冷たい大地の上。空も無く、砂もなく、他には生き物もおらず、氷の裂け目だけが延々と続いている無音の世界。そこには"死"さえもない。"生"が無かったのだから。

 無は、闇の中にあった。

 「もう一つの記憶は、戦いばっかりだ。多分そっちが、母さんの一族の記憶なんだろうな。これの使い方を教えてくれるのも、その記憶だから」

ソールは、黄金の鎚に手をやった。

 「でもどうして戦いになるのか分からない」

 「どうして、って…。ソールだって自分の山で好き勝手されたら嫌でしょ?」

フリーダは、雪を踏みながらソールの隣までやって来る。

 「勝手に森の木を燃やされたりして、やめてって言っても止めてくれなかったら戦いになるんじゃないの。」

 「……。」

 「動物だってそうでしょ、ナワバリがあるじゃない。私たちは皆、生きていける場所が限られてるの。だから時に争いあわなくちゃならないこともある」

 「魔女は…」

視線を暗い山の上に向けて、ソールは、呟いた。「あの山から下りてこずに生きられなかったんだろうか」

 「知らないわよ。どのみち、今からじゃもう遅いわ。魔女ラヴェンナは私たちの世界すべてを自分のものにしようとした。私たちは生き残るために戦わなきゃならない。そうでしょ?」

 「それは…間違いない」

 「だったらどうして今さら、そんなこと考えるのよ」

 「わからない。――ふと思い浮かんできただけだ」

首を傾げているフリーダの脇を、ソールは、彼女の足跡を辿るようにして焚き火の側に戻った。ぱちぱちとはねる火の音と色が、無だった世界に生命を取り戻させる。オラトリオも、ベイオールも、毛布に包まって眠っている。馬たちも首を垂れたままぴくりともしない。敵の本拠地の前にたどり着いて緊張しているはずなのに、この静けさが眠りを誘うのだ。

 「キュッ」

火の側で丸くなっていたティキが顔を上げる。ソールは、口に手を当てながら自分の荷物の側で毛布を羽織った。ヤルルとアルルは、ティキの体にもたれかかるようにして眠っている。目を閉じかけたとき、隣からベイオールの押し殺したような声がした。

 「…フリーダ様は、お一人で見張りなのか」

こちらに背を向けたままだ。

 「ああ。心配なのか?」

 「まさか」

肩越しに、彼は小さく笑う。

 「あの方が、どういう方かはもう分かっている。強い方だ。…おれが思っていたよりも、ずっと」

その声は、かすかに切なげな響きを伴っている。ソールは、ちらと妖精たちのほうを見た。二人とも、よく眠っている。話を聞かれることはなさそうだ。

 「フリーダのことが好きなのか?」

 「…違う。」

背中をこちらに向けているせいで、ベイオールの表情は見えない。

 「ただ、見ているとはらはらして、目が離せなかったんだ。フルール様のおてんばは、ただの演技だ。周りの注目を集めたいからわざとふざけて見せる。だがフリーダ様のは違う。いつか本当に、城を飛び出していなくなるか、…取り返しのつかないことをしでかすんじゃないかと」

 「フルールとは、旨くいってないのか」

 「…そういうわけじゃない」

かすかにむっとしたような、だが、諦めたような口調。

 「あの方の想いは分かっている。おれは、それを受け止められるだけの自信が無い。重たすぎるんだ。そこまで想われるようなことは何もしていない。想いを返すことも出来ない。おれは、…楽なほうに逃げようとしていだけだ」

 「……。」

仰向けになったまま、ソールは、星のひとつも見えない空を眺めていた。

 「俺もよく分からないけど、…フルールって、誰かついててやらないといけない気がする。危なっかしいっていうか」

 「そうだな。生きて帰れたら…」

言葉がくぐもって途切れる。居心地が悪そうにもぞもぞと動くと、ベイオールはひとつ溜息をついて毛布を顔まで引っ張り上げた。会話はそこで途切れ、あとには沈黙が落ちる。

 ――夜が明ければ、最後の戦いが始まるのだ。




 眠るつもりはなかったのに、静けさに負けて少しうとうとしていたらしい。

 唐突な寒さで目を覚ました。目の前で火は燃えている…にもかかわらず、強烈な寒気が足元から這い上がってくる。目を覚ましたのは全員、ほぼ同時だ。そして次の瞬間、叩きつけるような吹雪に目の前が真っ白になり、火が搔き消えた。

 「さむいぃ!」

悲鳴を上げて、妖精たちがソールの上着にとびついてくる。ベイオールはうろたえている馬たちを抑えにかかり、オラトリオは杖を掲げる。風に突き飛ばされるようにして、見張りに立っていたフリーダが木陰に転がり込んでくる。

 「始まったわね、攻撃が」

 「ああ」

オラトリオが空中に向かって何か叫ぶのと同時に、周囲の風圧が消えた。結界を張ったのだ。けれど、それも完璧ではない。漏れて来る冷たい風。周囲は吹雪で真っ白だ。

 「なんて風だ。これじゃ山に近づけない」

ベイオールが毒づく。こんな風は、今までに体験したこともない。

 「このまま耐えてるわけにもいかないでしょ。寒くて皆死んじゃう――それに、今襲われたら」

 「俺が突っ切ってみるよ」

ソールは、妖精たちをフリーダの手元に渡しながら言った。「俺の馬はいけそうだから」

灰色の馬が鼻を鳴らす。この吹雪の中でも恐れていないのは、唯一、ソールの乗っているその馬だけだ。

 「でも…」

 「二手に分かれたほうが注意が分散するはずだ。それに、目的地はもう目の前なんだ」

手綱を掴むと、彼は、馬の背に飛び乗った。

 「いけるな、ティキ」

 「キュッ」

外套の襟のあたりに隠れたティキが、返事する。オラトリオは、杖を翳し風の精霊たちを操りながら視線だけをソールに向ける。

 「雪雲を抜けるんだ。あの雲はそう高くはない。雲の上には雪は降らん」

 「わかった」

抜き身の剣盾とを構えながら、ベイオールが睨む。

 「こっちは出来るだけ惹きつけておく。頼んだぞ」

 「ああ」

 「ソールぅ…」

 「ちゃんと戻ってきてよ。絶対だよ」

 「わかってるよ。…フリーダ、そいつらのことを頼む」

 「ええ」

少女は、妖精たちが飛ばされないよう抱いたまま、じっとソールを見つめた。春色の瞳。最初に目にした時から、不思議と心を乱す色。その色を世界に取り戻したくて…、ここまでやって来た。

 「行くぞ、グラニ」

拍車をかける前から、馬はもう走り出していた。横殴りの凍て付く風の中を、矢のように駆け上ってゆく。

 「くっ」

目を開けていられないほどの吹雪だ。冷たい風で体が痛い。だが、重たい灰色の雪雲は、すぐそこにある。馬は足を止めないまま走り続け、――そして、その上へと抜けた。

 雲を抜け途端、ぱたりと風が止み、体を押さえつけていた冷たい空気が消えた。けれどそこは、まだ冬の中だった。もう一重、高い空を覆うように曇天が薄く世界を覆っている。振り返ると、眼下にはこれまで旅してきた大地が、白くどこまでも続いていた。そして、目の前には立ちはだかるような高い峰がある。先端は雲の中に隠れて見えない。魔女がいるとすれば、その上か。

 「キュッ!」

ティキが一声鳴いて空を見上げた。雲の彼方から、黒い翼がぽつぽつと迫ってくるのが見えている。

 馬は低く嘶き、首をめぐらせてとっさに逃げようとする。

 「そっちじゃない。あそこまで行って降ろしてくれ。お前なら出来るだろ?」

向かって来るドラゴンは、全部で五匹だ。馬は渋々といった様子で宙を走り出した。下に広がる雪雲すれすれに、ぐんぐん加速していく。黒い翼は、馬の後ろに一直線に並ぶようにして追ってくる。目の前に山の険しい斜面が近づいて来る。ほとんど垂直に切り立った崖だ。鞍の上から身を起こし、ソールは、飛び移るタイミングを測った。

 (今だ!)

ティキが転げおちないようフードを抑えながら、彼は、グラニの背を蹴って岩の上に飛び降りた。積もった雪の上ですべり、思い切り転がりながらもなんとか着地する。だが目をまわしている暇は無い。立ち上がると、すぐさま鎚をベルトから引き抜いて追いかけてくるドラゴンに対峙する。

 「今更――この程度、なんともない!」

両足を踏ん張り、大口を開けて突っ込んできた先頭のドラゴンの頭に鎚を振り下ろす。確かな手ごたえ、砕け散る氷。柄を延ばしながら振りかぶり、勢いのままに二匹目の翼も打ち砕く。氷の破片とともに、翼を片方失ったドラゴンが別の一匹にぶつかって、もつれあいながら落ちていく。もう一匹は頭上だ。通り過ぎたところを、背後から鎚を投げつける。その重たい一撃は、反転して戻ってこようとしたドラゴンの胸のあたりに命中し、ドラゴンの断末魔の悲鳴が響き渡る。ほとんど、一呼吸の間の出来事だ。

 舞い戻って来た鎚を小人たちに作ってもらった手袋を嵌めた手で受け止めると、ソールは、目の前に聳え立つ途方も無い岩壁を見上げた。もちろん道などない。這い上がるよりほかに手は無いだろう。

 その時、ずずん、と足元が揺れた。

 「…ん?」

頭上で何かが崩れ落ちるような音。振り仰ぐと、白い煙とともに雪崩がこちらに向かって押し寄せてくるのが見えた。

 「キューッ!」

ティキが悲鳴を上げる。

 (やばい)

せっかく登ったのに、あの流れに掴まったら下まで押し流されてしまう。

 ソールは急いで隠れられる場所を探した。近くに大きな岩がある。駆け寄って、鎚の柄を地面に指して歯を食いしばる。ほどなくして、ごおおっという音が体全体を包み込み、視界が真っ白になった。

 「……。」

どのくらい経っただろう。実際は、それほど長い時間ではなかったはずだ。雪をかいて這い出したソールは、自分が、まださっきの場所にいることを何度も確かめた。

 生きている。

 頭上には広がる灰色の雲と険しい岩山の斜面があり、眼下の世界も雲が覆っている。

 「ティキ、無事か」

 「キュッ…」

襟元からティキが顔を出す。ほっとして、ソールは目の前の崖を睨んだ。この先に待ち受けているものが何にせよ、登るしかないのだ。




 ひどく滑る冷たい岩を登りきったとき、目の前には、灰色に曇った世界の中に氷の柱が無造作に並べられていた。雲の中とでも言うべき場所。そこが山頂なのだと確信したのは、そこより上へ登っていく斜面が見えないのに気づいてからだった。それと同時に、周囲に並んだ氷の柱の正体が目に入って来る。

 ――人だ。

 氷の中に閉じ込められた、無数の人間の男たち。ある者は豪華なマントを、ある者は甲冑を、ローブを身に纏い、無表情に、あるいは怒りに燃え立ち、泣き叫ぶかのように表情を歪め――凍り付いている。立ち尽くしているソールの背後で、小さな笑い声が聞こえた。

 「それはもう要らないの。飽きたからね」

振り返ると、柱に囲まれた氷の玉座の上に、女が一人腰を下ろしていた。長い真っ白な髪に、体にぴったりと張り付くような裾の長いドレス。美しい肢体と、冷たい瞳を持った女。

 以前、国境の砦の一つで出会った時のままの姿。

 「…魔女ラヴェンナ、か」

 『お前は奇妙な男だね。どこの国のものでもない。子供でも大人でもない。人でも神でも巨人でもない。女王たる妾に挑むちいさき者。ここまで辿り着けたのは、お前がはじめだよ。』

肩の上で、ティキが警戒するように低く声を上げる。ソールも、用心しながら鎚を手にした。だが、ここには雪は積もっていない。頭上に雪雲もない。ドラゴンはここに辿り着く前にすべて倒したはずだ。この魔女に、他に一体どんな手があるだろう。

 「なぜ…こんなことを。この人たちは…」

 『英雄や王、大富豪に賢者。どれも少しは良い男だったけれど、すぐに飽きてしまったわ』

溜息をつき、女は、傍らの凍りついた柱をつまらなさそうに眺めやった。

 『それに、妾の欲しいものではなかったから』

 「人の命を奪っておいて…、何だよ、それは」

 『この世界は妾のもの。妾のものをどうしようと勝手。妾は女王なのだから』

女は艶やかな笑みを口元に浮かべた。

 『少し面白かったのは、ほれ。そこに並べて凍らせてある者たちだな』

魔女の指差したのは、ソールの傍らで凍りついている甲冑姿の二人の男だった。戦いのさなかに突然命を絶たれたかのように、互いに向かって武器を振り上げた格好で永遠に動きを止めている。

 『人というものは絶え間なく争い殺しあう生き物ぞ。妾が手を出すまでは、この山のふもとの小国どもがいつまでも争いあっておったわ。あまりに騒がしく、あまりに醜い戦いであった。そこにおるのが、その国の王たちよ。』

 「……。」

ソールが眉を寄せるのを見て、魔女はもう一度、笑う。

 『人の子は騒がしい。そして目の前のことしか考えられぬ矮小なものたちばかり。この世界に、人間は要らぬ。あるべきは、美しき静寂の世界。始まりの時に戻すのだ。――古き血の者よ、お前は、そうは思わぬのか?』

 「思わない」

ソールは、鎚を構えた。

 「俺は世界の始まりの時も覚えている――静寂が美しいだって? 何もない、ただの無だ。」

そこにはぬくもりも、春の緑も、優しい声も…自分が愛おしいと思うもの全てが、存在しないのだ。

 『この妾が生かしてやっても良いと言うのに…』

魔女が手を振ると、周囲の雲がざわりと動いた。

 『やはり、お前の心臓も凍らせてしまうしかないようだね!』

地面がめくれあがったかと思うと、四方から氷の柱が押し寄せてくる。それを見るや、ティキが炎の尾を振りたてて飛び出した。ソールの目の前で全員を炎に変え、彼を包み込むようにして立ちふさがる。

 「ティキ、無理すんなよ」

 「キュッ!」

炎となったティキを纏ったまま、ソールは玉座に飛び掛った。女はうっすらと笑みを浮かべたまま避けようともしない。白い長い裾が翻り、風とともに髪がざわめく。雹を含んだ冷たい風が、見る間に空気を凍らせ、壁となってソールの行く手を阻む。鎚を振るい、それを壊すと、飛び散った氷の破片がソールの手足にまとわりついていく。

 「…くっ」

 『火の精霊の力でも容易くは溶けまい。ここは妾の領域…それとも、本気で妾を殺せると思うておるのかえ?』

ソールは、目の前の女を睨み付けた。

 「お前こそ、俺を凍らせられると本気で思ってるのか?」

氷がじりじりと溶けて行く。手の中の黄金が煌く。

 「太陽は決して凍らない!」

鎚を振りかざして、ソールは、玉座を叩き伏せた。女の白い髪がふわりと広がった。舞い散る氷の破片がティキの炎に照らされて、赤く、血しぶきのようにひらめいた。

 『…後悔するぞ。』

耳元に囁く声。

 はっとして振り返ったとき、魔女の体は、氷の巨人やドラゴンたちと同じように、跡形もなく消え去ろうとしているところだった。凍りついた地面の上に横たわる白い顔が、何か言いたげに動く。どうしてなのか分からない。ソールは、女の傍らに膝をついていた。血の気のない唇が動き、掠れたようなかろうじて聞き取れる声で、呟いた。

 『飢えたる女たちの怨念のある限り、…魔女は…決して』

瞳から色が失われていく。

 その声はあまりにも悲痛で、悲しげで、手を差し出そうとしたとき、美しい細い瞼の端に一筋の涙が流れ、そのまま溶けるようにして消えた。

 魔女は何も残さなかった。

 虚空に差しのべた手をしばし眺めていたあと、ソールは、ゆっくりと立ち上がった。肩の上には、元の姿に戻ったティキが乗っている。

 (これで…終わったのか?)

あまりにあっけなさすぎる。それに、最後に一瞬だけ、別人のように見えたのは何だったのだろう。確かに自分が倒したものは"冬の魔女"だったはずだ。実体はあった。手ごたえも。なのに、この空しさは一体、何なのだろう。

 見上げた空の先に、雲の切れ間が見えた。薄っすらとした光の帯が地上に向かって下りてゆく。

 手を翳し、光を眺めている彼の視界の端に、何かが過ぎった。グラニだ。一声高々と鳴くと、馬は、ソールのいる場所に駆け下りてきた。

 「迎えに来てくれたのか? てっきり王都まで帰ったかと思ってたぞ」

そんなわけないだろう、とでもいうように鼻を鳴らすと、馬は、前足で地面を叩いた。さっさと乗れ、というのだ。

 「わかったよ。フリーダたちは無事かな」

鞍に腰を落ち着けるのと、馬が走り出すのは同時。魔女が力を失ったせいなのか、山の急斜面ではあちこちで雪崩が起き始めていた。

 巨人も、ドラゴンももういない。雪雲は消え去り、上空から大地の姿がはっきりと見えている。駆け下りてゆく先の地面の上に、こちらを見上げて手を振っている豆粒のような人の姿があった。やがてそれは、はっきりとした形を伴い、声も聞こえてくる。

 「ソール!」

皆、無事だ。

 グラニが地面に足をつけると、フリーダが駆け寄って来る。ヤルルとアルルも一緒だ。

 「吹雪が急に止んで…魔女を倒したのね?」

 「ああ」

頷いて、彼はオラトリオとベイオールのほうにも視線を向けた。二人とも、ほっとしたような表情だ。

 「終わるんだな、これで」

 「空が…見て、青い色がある」

雲が薄れていこうとしている。フリーダにとっては、ほとんど生まれてはじめて見る晴れた空の色だ。長いこと曇天に覆われていた世界に、ようやく太陽の光が届く。雲の切れ間から降り注ぐ輝きは、いずれ王都や、南のほうに住む人々にも届くだろう。

 雪は止み、冬の魔力は去ったのだ。

 「帰ろう。俺たちの居場所へ」

飛びついてくる妖精たちを受け止めながら、ソールは、一抹の不安を拭いきれなかった。最後にラヴェンナの残した言葉が気がかりだった。「魔女は決して…」そう言った。あれは、一体、何だったのだろう?

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