第三章 北の王国 ローグレス 4

 短いようでいて、長い数日間だった。

 毎日、朝から昼過ぎまでは中庭でオラトリオの特訓を受ける。昼過ぎると自由行動になって、城の中を歩き回ったり、町に出てみたりする。町――ローグレスの王都は、ソールの知っている唯一の集落である山ふもとの小さな村を、百個集めたよりもずっと大きく、広かった。沢山の人が暮らしている。町の周囲を囲む壁の向こう側が冷たい冬に閉ざされたままであることを意識させないほど、空を見上げて毎日が曇り空であることを確認しなければ忘れてしまうほど―――活気付いていて、賑やかで、明るかった。

 城壁には、砦と同じように塔が建てられていて、そこには精霊使いたちが常駐していた。火の精霊。絶えず焚き火が焚かれ、襲撃にそなえて兵士たちが緊張した面持ちで待機している。しかしこの街には、魔女のしもべたちはほとんど襲ってこないのだという。城壁が容易くは破れないことを知っているからかもしれない。

 小人の鍛冶師たちが手袋を用意してくれるまでの七日間。

 それは、ソールのそれまでの人生とは比べ物にならないほどに、驚きに満ちた時間だった。




 そして七日目がやってきた。

 夕方になって部屋に戻ってみると、ヤルルとアルルが待っていた。

 「おかえり、ソール」

寝台の脇のちいさな机の端に、ちょこんと腰を降ろしていたアルルが微笑んだ。ここのところ、昼間はソールとは別行動で、あまり顔を合わせていなかったのだ。二人の雰囲気がいつもと違うことに気づいて、ソールは足を止めた。

 「何かあったのか、お前たち」

 「分かる? えへへ。あのね――」

 「一人前になったんだよ」

そう言って、ヤルルが得意げに羽根を広げてみせた。少しだけ色がかわっている。半透明の薄い緑がかった羽根が完全な透明に変わり、二人とも、ほんの少し背が伸びている。

 「羽化、してきたの。」

 「もう子供じゃないんだよ。だからもっと、ソールと一緒にいられると思う」

 「一緒にって?」

 「魔女と戦うんだよね?」

ベッドに腰を下ろそうとしていたソールの動きが止まる。

 「…まさか、お前たちも来るっていうのか?」

 「当たり前だよ。アルルの家族は、ヤルルとソールしかいないんだよ。…あ、あとティキもだけど」

 「キュッ」

ソールの肩の上で、ティキが当然だというような顔をする。

 ヤルルは、真剣な顔でソールを見上げた。

 「もう子供じゃないから、分かるよ。ボクらの森に雪が降ったのも、帰れなくなったのも、あいつのせいなんだよね? あいつをやっつけたら、帰れるんだよね?」

 「…多分な。」

 「だったら一緒にいく」

そうだった。

 「お前たちも、あいつのせいで故郷に帰れなくなったんだったな」

ソールは、両手で二人の頭を撫でた。

 「分かったよ。でも無理はするなよ。お前たちを死なせたくない」

 「うん」

 「約束する」

 「よし。」

 「あ、あとね。伝言だよ」

 「ん?」

 「魔法使いが、中庭に来てって言ってた。月が出る頃に」

ちらりと窓の外を見る。確か今日は――約束の七日目、満月の晩だ。月の出は、日没と同じ時刻のはずだ。けれど、空は雲に覆われて時間ははっきりとは分からない。西の空がほんの少し赤く染まり、暗くなり始めたら、それが夕刻の合図だ。

 (そろそろ…か。)

彼は、扉に手をかけた。

 廊下に出ようとしたところで、脇から声がかかった。

 「あっ」

フリーダだ。彼女とも、ここのところあまり顔を合わせていなかった気がする。

 「ごめんなさい、――出かけるところ?」

 「オラトリオに呼ばれてる。小人の約束の日だからって」

 「オラトリオが? どうして?」

 「分からない」

中庭へと向かいながら、彼は空を見上げた。フリーダは黙って後ろをついてくる。

 いつもの中庭に下りると、そこには既に、小人たちが集まってきていた。精霊たちも、それから、妖精たちも一緒だ。妖精たちは、どちらかというとお祭り騒ぎに引き寄せられて集まってきたように見えたが。

 円陣になった中心に、黒衣の老人が立っている。

 「フリーダ姫もご一緒か。ふむ」

 「何をはじめる気? オラトリオ」

彼女は怪訝そうな顔で周囲を見回している。「長老も。今日は約束の日でしょう。手袋はどこ?」

 「これから、最後の仕上げですじゃ」

白いひげの小人の鍛冶師はおごそかに言って、両手に掲げていたものを地面に置いたかなとこの上に広げた。きらりと、金色の輝きが目に付いた。手袋――確かにそれは、手袋だった。けれど見るからに柔らかそうで、それに、薄い。

 フリーダが疑問の声を発するより早く、オラトリオが何か呟いて両手を空に掲げた。

 「シルフ! 風の精霊たちよ、雲を散らせ」

吼えるような声に呼応するかのように、周囲の風が動き出す。

 「きゃっ」

巻き起こる風に、フリーダは思わずスカートの端を押さえながらしゃがみこんだ。まるで竜巻だ。立ち上る風の柱が、真っ直ぐに空を目指して駆け上がってゆく。

 「空が開く…」

ソールは、オラトリオがしようとしていることを即座に理解した。

 「フリーダ、顔を上げろ。空が見えるぞ!」

 「え?」

風が重たい雲を押しやって、割れ目を作ってゆく。空が――紺碧の色をした夜空が、月の光とともに姿を現した。

 ソールは、思わず声を上げて両手を掲げていた。

 「星だ」

月と星。もう長いこと、目にしていなかった二つの輝きがそこにある。舞い降りた輝きが、かなとこの上に置かれたものを照らし出す。妖精たちが歓喜の声を上げた。

 「光!」

けれどそれも、長くは続かなかった。

 風の精霊たちを押し返すように、雲が勢いを取り戻してきたのだ。開かれた夜空が再び閉ざされてゆく。星たちが薄雲に隠されたかと思うと、月の輝きもぼやけ、輪郭が揺らいでゆく。

 やがて、空は元通り、分厚い雲に覆われて、灰色の中に消えてしまった。妖精たちが溜息をつく。オラトリオは、汗をぬぐいながらゆっくりと手を下ろした。

 「…どうだ。足りたか」

足元で厳しい表情をして、かなとこの上を確かめていたリト親方が、ほっとしたような頷いて顔を上げた。

 「成功です。満月の光の祝福――出来上がりました」

それは、ソールのほうにも向けた言葉だった。小人たちは両手に乗せた手袋を、うやうやしくソールの前に差し出した。

 「どうぞお持ち下され。いにしえの技に従い作り上げました。」

 「…ありがとう」

受け取りながら、ソールは、その手袋の軽さに驚いた。しかも羽毛よりも柔らかい。まるで存在しないかのような感触だ。

 だが、手にはめてみるとそれは、思っているよりずっと丈夫だということが分かった。自在に伸び縮みするが、決して破れない。試しに鎚を握ってみたが、すべり止めにもなって以前よりずっと持ちやすい感じがする。

 「いかがでしょうか」

 「すごくいいと思う。これなら楽にやれそうだ」

ほっとしたように顔を見合わせ、小人たちは頷きあう。

 「さて、これで準備は整ったわけだな」

と、オラトリオ。

 「しかし本当はまだ、足りぬものが――」

 「待っている時間はないのだ」

どこからともなく、低い声が響いてくる。最初に反応したのはフリーダだ。

 「ハルベルト義兄さま! いらしたのですか」

妖精たちがざわめき、精霊たちが次々と姿を消す。いつからそこにいたのだろう、庭の端の古木の陰から姿を現したのは、紛れもなく、王冠を頂くハルベルトだった。ソールが意外だったのは、オラトリオまでもが嫌悪感をあらわにしていることだ。

 「なぜここに?」

 「なぜ、とは? 何か問題があるかね。ここは私の王宮なのだが」

腰に吊るした剣が煌く。小人たちは、慌てて頭を下げて逃げるように駆け去ってゆく。まるで地上に出たことを咎められでもしないかと恐れているかのようだ。

 男の視線が自分のほうに向けられたのを感じて、ソールは、顔を上げた。

 「アストラッドの元から知らせが届いたのだ。二つ目の砦の完全なる奪還に成功し、魔女の勢力を削ぐことに成功したとな。報告にはソール殿、貴殿のことも詳しく書かれていた。砦の防衛と奪還、貴殿が見事な働きをしてくれたと」

 「……。」

ソールは口を閉ざしていた。

 「たった一人で巨人を根こそぎに、おまけにドラゴンも倒せるとか。いやはや、そこまでの力を持っているとは、私には見抜けなかった」

 「何が言いたいのですか?」

フリーダの声は警戒に満ちている。「まさか彼に、魔女と一人で戦って来いなどと言うつもりではないでしょうね」

 「私が、そんな馬鹿なことを言うはずがないだろう? 無論、軍を率いてゆくべきだ。」

ぽかんとなったのは、オラトリオも同時。

 「今こそ好機。魔女のもとに攻め入り、失われた国々を奪還する時」

 「危険な考えは捨てられよ、ハルベルト様。まだその時ではございませぬ。北の山まで、一体どうやって攻め込むと? ここからでは、馬で真っ直ぐに飛ばしても一週間はかかる」

 「兵糧をもってゆけばよい。中継地点となる町を取り戻しつつ進めばよいのだ。まずはここから西の、アーメルへ向かう」

 「エデルの旧宿場町ね」

と、フリーダ。「かつてのあなたの国と、ローグレスとを結ぶ街道沿いの町だわ」

 「そのとおりだ。あの町を奪還できれば、エデルまでの道も開かれよう」

 「遠すぎるわ! 国境の砦ですらこの先、守り切れるかどうか微妙なのに、もうひとつ、しかも反対側に兵力を割くなんて!」

 「フリーダ姫の言うとおりだ。魔女のしもべの数はあまりに多い。もし兵を割いているうちに、ここが襲われたらどうなさるというのか。どのみち、今のままでは北の山までは辿り着けぬ」

 「もう決めたのだ」

男は言って、くるりと背を向けた。「出立は二日後と決めてある。従わぬなら反逆罪と看做す。よいな」

 「二日…そんな短期間で準備なんて…」

ハルベルトが去っていったあと、フリーダは、呆然とした様子で呟いて口元に手をやった。黒衣の魔法使いも小さく溜息をついて頭を振る。

 「なんという無茶なことを。気がせいておるのは分からんでもないが」

 「俺は、別にいいけどな」

 「ソール!」

 「どうせいつかは、北に向かうつもりだった」

彼は、貰ったばかりの手袋を脱いでベルトに挟みながらそっけなく言う。「あいつに命令されなくたって戦うしかないんだろ。オラトリオに戦い方も教わった」

 オラトリオは、低く唸る。

 「確かに、そなたは良く学んだ。僅かな日数で、素晴らしく伸びた。しかしな、――今のままでは勝機は薄いぞ」

 「どうして?」

 「そなたは……自分の力を理解しておらぬからだ」

しかしそれは、力なく、自信なさげにも聞える呟きだった。

 「オラトリオ、もっと分かるように言ってよ」

 「すまぬ、フリーダ姫。わしにもしかとは分からぬのだ。ただ何か、ずっと違和感が引っ掛かっておる…。魔力の使い方が違う気がするのだ。だがわしは、彼と同じ一族の者ではない。適切な助言が難しい」

 「もう! 肝心なところで」

苛立たしげに足踏みをして、フリーダは、ソールのほうを見上げた。

 「本当に行くつもり?」

 「ああ」

 「…死ぬかもしれないのに」

 「お前たちが死んでしまうよりはいい」

彼は、空を見上げた。

 「さっき見えた空、きれいだった。あんたの兄さんも、早くあれを取り戻したいんだろ。…それだけだ」

 「……。」

ふわりと、ヤルルとアルルが飛んでくる。

 「大丈夫だよ、フリーダ」

 「アルルたちも一緒に行くから。ソールは大丈夫」

 「ええ、…そうね。あなたたちも、ティキもいるものね。でも、私は…一緒に行けない」

少女は、悔しそうにスカートの裾を力いっぱい握り締めた。「こんなドレス。ほんとは、私だって…私だって」

 「あんたは自分の役目を果たせ」

それだけ言って、ソールは中庭から続く階段のほうに向かって歩き出した。気持ちがはやっている。山を降りたあの時より、自分は、ずっと強くなった。今ならきっと、あの頃より戦える。あの頃より―――もっと沢山――。

 (終わらせて、帰るんだ)

あの懐かしい場所に。静けさに包まれたあの森に。




 戦の布告がなされ、城内がにわかに騒がしくなったのは、その翌朝からのことだった。

 馬が引き出され、兵糧が集められ、兵士たちが大急ぎで武具を確かめる。軍の隊長たちは会議室に呼び出され、手早く今回の作戦の説明をされたあと、編成のために部下たちのもとへ駆け戻っていった。

 町のほうも騒がしくなっていた。どこへ行っても、出陣の話ばかりだ。ついに魔女に反撃するときが来たのだと喜ぶ人もいれば、本当に勝てるのかと不安げな人もいる。下手に攻め込まず、今のまま平穏に暮らせればいいではないかという消極的な声もある。どれが正しいのか、ソールには分からなかった。この戦いが、一体どういう結果を招くのかも。

 訓練も中止され、あの時いらい、オラトリオは塔の上から降りてこない。妖精たちは中庭に姿を見せなくなったし、地下の小人たちは、戦に備えて大忙しだという。することのないソールは、ぼんやりと廊下でも歩いているほかなかった。

 「ねえ、本当にいっちゃうの~?」

甘えるような変わった節回しの声。振り返ると、フローラのひとつ年上だという姉、フルールが、くすくす笑いながら立っている。

 「義兄様ったら、ソール君の話しかしないのよ。あなたがいれば絶対勝てるとか。ねぇー、何したの?」

 「別に何も…」

ティキが警戒の声を上げるのもかまわず、少女は近づいてきて、無造作に両腕をソールに投げかける。

 「"巨人殺し"だなんて、格好のいい二つ名じゃないこと? ね、気が付いてた。あなた城の若い召使いたちの人気の的なのよ。女の子たちは皆、隠れて陰でこそこそ見てるんだから」

 「妖精たちみたいだな」

 「あはっ、妖精にも人気なの? 面白ぉい。」

人工的な、花の匂い。ソールは、さりげなく首に回されようとしていた手を掴み、フルールの体を軽く押しやった。

 「あん。ひどい、何するの」

 「そこはティキの場所。あと、その匂いは好きじゃない」

 「ふーんだ、いいのかしらね。あたしに冷たくして」

頬を膨らませながら、フルールは短いスカートを翻す。「それとも何? フリーダなら良いの?」

 「はぁ?」

 「だってソール君、フリーダと話してるときは全然表情が違うんだもの」

 「……。」

自分では、そういったこは分からない。彼は、一つ小さく溜息をついた。

 「悪い、俺、そういう話してる気分じゃないから…」

こんな時、どうしていいのか分からない。逃げるようで気が咎めたが、話をしていても埒が明かない。

 (やっぱり、オラトリオのところに行こう)

塔の上なら、だれも来ないはずだ。

 だが、魔法使いの部屋には既に先客がいた。アルルとヤルル。それに、フリーダの長姉――フローラだ。

 フローラは、床まで裾の垂れた流れる水のようなようなドレスを纏い、しなやかな白樺の樹のように佇んでいる。黒衣の枯れ木のような魔法使いと、それは、対照的な姿だった。

 彼女は顔を上げると、陽だまりのように優しくソールに微笑みかけた。四人姉妹の長女とあって、もう若くはないはずだったが、その笑みはなお瑞々しい十分な魅力を備えている。ソールは小さく目で応じると、ヤルルとアルルのほうに視線を移した。

 「なんでお前たちがここに?」

二人は、魔法使いの手元の羊皮紙を覗き込んでいるのだった。茶色く変色した紙の上には、不思議なことに、インクで引かれた線が勝手に踊っている。

 「それ――何だ」

 「魔法の地図だよぉ」

と、ヤルル。

 「アルルたちの知ってる場所のこと、教えてあげてたの」

 「触れた者の記憶の中から、通ったことのある場所を映し出す道具なのだ」

オラトリオは言いながら、真剣な眼差しを紙から逸らさない。

 「…妖精の森はかなりはっきりしているが、周辺となると安定せんな。ふむ。やはりフリーダ姫の記憶も必要か」

 「ふうん、便利なもんなんだな」

 「オラトリオは世界地図を作ろうとしているのですよ」

フローラは、壁にたくさん張り出された、同じような羊皮紙を指差した。

 「彼の長年の研究なのです。遠来の客人があった時には、必ず呼び寄せて地図を作るんです」

 「ただし記憶が曖昧だと線は揺らいでしまうからな。強く知っている場所、――そうさな、普通の人間の場合は、故郷の周りくらいしか使い物にはならん」

妖精たちの手元から羊皮紙を取り上げると、オラトリオは何か呪文を唱え、ふうっと紙の上に息を吹きつけた。とたんに、紙の上で踊っていた線がぴたりと動きを止め、ひとつの図を形作った。

 森と川。妖精たちの故郷の地図が、一枚の紙の中に描き出されている。

 「ソールは、何しに来たの?」

と、アルル。

 「いや、…騒がしいから、静かなところはないかと思って」

 「あの人かしら。それとも、うちの妹たちが何かご迷惑をかけた?」

 「…迷惑とか、そういうわけじゃない」

 「ということは、きっとフルールね」

フローラは、苦笑した。「悪気があるわけじゃないのよ。ただ、あの子は自分の本心を隠すのがヘタなものだから」

 「本心?」

彼女はわずかに微笑んで、小さく首を振っただけだった。代わりに、オラトリオが横から口を挟む。

 「ここには、雪が降り出す前の隣国との詳細な境界の地図もある。フローラ姫がお越しになったのは、ハルベルト殿の進軍経路を知るためでもあるのだ」

 「ええ。あの人は街道沿いに進むつもりらしいけれど、そこの地形が分かればと思ってね」

 「しかし、雪が降り出してからは、地形など変わってしまっておるだろうからな…」

老人が手元にあった巻物状にされていた大きな羊皮紙をテーブルの上に広げ、邪魔にならないようにと妖精たちが羽根を広げて浮かび上がった。羊皮紙の上には、沢山の線が描かれているが、地図を見慣れていないソールには、何を表しているのかが良く分からない。

 「ここが、今いるこの町だ」

と、オラトリオが一点を指差す。

 「そなたらは、この道を西へ向かうことになる。ハルベルト殿の言っておったアーメルの町から北西の方向に街道が続く。そしてこの先、海際にあるのが」老人は、指先で軽く紙の端を叩く。「魔女ラヴェンナの住む、北の山だ。」

 「…なるほど」

ソールは、地図をじっと見つめた。

 「焦らないことです。北の山は遠い」

フローラがたしなめる。

 「平時でさえ、この町からは一週間かかりました。そのうえ今は、凍てついて、魔女のしもべたちの徘徊する地となっています」

 「けど、そこに行かなきゃ終わらないんだろ?」

 「…ソール」

 「あんたの連れ合いは、死なせない。心配しなくていい。」

銀の髪を持つ高貴な女性は、何か言いたげな表情になったが、その言葉を口にすることなく、静かに、優雅にソールに頭を垂れると、ドレスの裾を音もなく翻して扉の向こうへと去って行った。

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