第2話 妹の好みとキャラクタークリエイト

「ふふ、思ったよりずっと高かった……しばらくは節約しないと……でも、雫との蜜月の日々のためなら、これくらいの出費、痛くもなんともない……!!」


 蘭花から色々と情報を聞き出し、意気揚々と家に戻った私は、お昼ご飯の支度を済ませてから大急ぎで家電量販店に向かい、VRギアを購入。現在、自室に籠って箱から取り出したそれを眺めていた。


 季節外れのブリザードに襲われた財布を思うと血反吐を吐きそうな気分だけど、それによって手に入るかもしれない雫との時間を思えばこの程度、掠り傷にもならない。


 ふふふ、これで私も、雫と毎日楽しく一緒に遊べるように……! あ、いけない、想像したら鼻血が。ずずーっ。


「ともかく、設定設定! えーっとまずは……」


 ベッドで横になり、VRギアを被って電源を入れる。

 真っ暗な中に無数の光が線を引く、どこか幻想的な電脳空間へと飛ばされた私は、無駄に項目の多い環境設定を手早く済ませると、蘭花に教えられたゲームタイトルをダウンロードする。


 《ファンタジーフロンティア・オンライン》……通称FFO。

 プレイヤーは冒険者となり、モンスターが跋扈する危険な新大陸を踏破し、自分だけの安息の地を見つけ出すというのがコンセプトのゲームらしい。


 ゲームのダウンロードまで終われば、後は自分が使うキャラクターの設定を済ませるだけ。

 とはいえ……そのキャラクター設定もまた中々に厄介だった。


「へえ、キャラクターの容姿、こんなに細かく設定出来るのかぁ……」


 設定可能な項目の多さに、思わず呻く。

 でも、それって逆に言えばかなり力を入れて作り込めるってことで、雫に好かれたい私としては都合が良いかもしれない。


「むふふ、雫の好みなら私は完璧に把握してるんだよ」


 それこそ、食べ物の好き嫌いから今日着けてる下着の色まで、私が知らないことなんてない!!

 ……あ、ゲームの中で何をしているかまでは知らなかったんだった。ぐすん。

 いいもんいいもん、これからはゲームの中の行動まで全部私の記憶に焼き付けてやるぅ!!


 そのためにも、雫が思わず飛び付いて来るようなとびっきり可愛いアバターを作り上げないと!!


「雫の部屋にあったゲームや漫画の表紙から察するに、あの子意外と小さい女の子が好きなんだよね……自分より小さい子を甘やかしたいのかな? 一応末っ子なわけだし、妹が欲しかったのかなぁ」


 私と雫の二人姉妹だし、そういう欲求があってもおかしくない。

 妹は可愛いからね! 仕方ないね!


 だとすると、身長は今よりもぐーんと下げて、小学生くらいに。

 線の細い華奢な体つきで庇護欲をそそらせつつ、これからやるゲームの世界観に合わせ、煌びやかな銀色の髪とぱっちりした碧の瞳で神秘的な雰囲気を演出してみる。


「んー……足りない」


 そうして出来たキャラを見て、私は首を傾げた。

 確かに可愛い、可愛いけど……残念ながら、雫の可愛さには遠く及ばないんだよね。


「どうせやるなら、本当に雫の妹を作るつもりで行かないと。そうだ、私ならやれる。思い出せ、雫の小学生時代の姿を……!」


 そう、今のツンツンした雫も可愛いけど、あの頃の雫も可愛かった。

 お姉ちゃん、お姉ちゃんと私の後ろを付き纏い、小さな手で服の裾を掴みながら、潤んだ瞳で私を見上げ――


『お姉ちゃん、寂しいから、今日は一緒に寝て……?』


「ぶっはぁ!!」


 ビビーッ!! とアラームが鳴り響き、私は強制的にログアウトさせられた。

 どうやら雫の小さい頃の妄想で鼻血を噴くほど興奮したせいで、VRギアに身体異常として検知されてしまったらしい。

 ふう、いけないいけない、こんなことじゃ雫と一緒にゲーム出来ないよ、少し落ち着かないと。


「でも、方向性は決まった……今作ってたアバターの特徴を引き継ぎつつ、雫の可愛さを全力で落とし込めば……いける!」


 鼻にティッシュを詰め込んで、私は再びVRギアを被って電脳空間へとダイブ。アバター作りを再開する。

 途中、雫の晩御飯を用意するために休憩を挟み、一緒に寝るどころか同じ食卓を囲むことすら拒否されてまた落ち込んでと、もはや日課に等しい悲しみを背負いながら作業に戻り、そして……。


「ふ、ふふふ……完成したよ、私のアバター……!」


 深夜0時をとっくに回り、そろそろ空も白み始めようという時間帯。ようやく、納得のいくアバターが出来上がった。

 銀髪碧眼なのはさっきのまま、まるで西洋人形のように整った顔立ちと、儚く消え去ってしまいそうな新雪の如く綺麗な肌。

 その姿はまさに、絵本の中から飛び出してきた妖精そのもの。雫の小学生時代の可愛らしさを全力で再現しつつ、少しアレンジを加えた私の力作だ。

 キャラクターネームは……私の名前が鈴音だし、"ベル"としておこう。


「これなら、雫も私を受け入れてくれる、はず……」


 しかし、うん。アバターの作成に時間をかけすぎたせいで、流石に眠い。非常に眠い。何ならこのまま寝ちゃいそうだ。


「うぅ、残りの設定も片付けないと」


 明日――いや、もう今日か――は、日曜日。バイトもないし、ゲームをやるにはうってつけの日。出来れば寝る前に設定まで終わらせて、ゲームの時間をたくさん取りたい。


「えーっと、職業設定……確か、雫が《魔術師》だって蘭花が言ってたっけ……じゃあ、私も雫と合わせよーっと……」


 同じ職業の方が、話も合わせやすいだろうからね。

 雫とは最近あまりお喋り出来てないし、ゲームの話題でいいからたくさん話したいの。雫成分に飢えてるの、私。


「それで……ええと、ステータスの割り振り?」


 続けて要求されたのは、ステータスポイントの割り振り。

 どうやら、このポイントを使うことでキャラクターのステータスとやらを上昇させて、自分好みの方向に強化出来るらしいけど……どれを伸ばせばいいんだろう? HPとMPくらいなら私も分かるけど、他はよく分からない。


「そういえば、蘭花が最初はどの職業も適当に攻撃力を上げておけばいいよーとか言ってたっけ……」


 適当って何さ、とは思うけど、せっかくのアドバイスだ。それに従っておこう。

 ええと、攻撃攻撃……。


「……これかな?」


 上から順番にステータスの説明を読み、それっぽい奴を見付けると深く考えずに全部注ぎ込む。流石に眠気が限界で、細かく振り分けてる余裕がない。



名前:ベル

職業:魔術師Lv1

HP:50

MP:150

ATK:55(作成時ボーナス+50)

DEF:5

AGI:5

INT:15

MIND:5

DEX:10



「ふぅ、やっと終わった……おやすみ……」


 キャラクターの完成を見届けた私は、そのまま意識を手放した。

 当然、二度目のアラーム音と共に強制ログアウトさせられたけど、やり遂げたという達成感に満ちた今の私を目覚めさせるには至らず、そのままいつもの起床時間までぐっすりと眠ることになるのだった。

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