アンナの気持ち

 アヤがいないことに最初に気が付いたのは俺だった。


 サツキさんの側には兄ちゃんが一晩中より添うことになったため、俺もアヤも自分の部屋に戻って寝ているはずだった。


 朝、なかなか自室から出てこないアヤのことを心配して俺が扉をノックしても、もう遅い。

 いないのだから、反応は返ってくるはずがない。


 アヤがいつこの家を抜け出したのかすら分からなかった。


「兄ちゃん! アヤが……いなくなってる」


 その報告を聞いた兄ちゃんは、前髪をかき上げげながら「ぁあああ!」と低い唸り声を上げた。


「ヒサト。場所に心当たりはあるか?」

「心当たりって、アヤの家があった場所だろ? 俺は覚えてないから、だから兄ちゃんに」

 

 昨日アヤは、サカキとの待ち合わせ場所がそこだと言った。


「黙って出て行ったんならきっと……それは嘘だ」

「あ……」

「くそっ。昨日もっと冷静に……こうなることくらい予見できたはずなのに」


 また自分を責める兄ちゃん。


「でも……嘘だとすれば、人が近寄らなくて、どこか……隠れられそうな場所だから」

「兄ちゃん、心当たり。あるよ。俺」


 俺は思い返していた。


 一人だけ、アヤの行き先を知っている人物がいるかもしれない。


「どこだ! 早く教えろ! 俺らもそこに早く」

「兄ちゃんはサツキさんの側にいないといけないじゃん。だから……俺一人で行ってくる」

「おい! ちょっと待てヒサト!」


 兄ちゃんの声に耳を傾けることなく、俺は部屋を飛び出した。


 階段を駆け下り、外に飛び出す。

 吐く息が白い。

 冬が近づいているのだと知らせてくれる。


「……無事でいてくれ」


 手遅れだなんて、そんなことあってたまるか!


 息も絶え絶え。

 でも走る。

 一刻でも早く。

 アヤのもとに行くために。


「アンナ!」


 その姿が見えた瞬間、俺は叫んでいた。


「えっ? ヒサト?」


 アンナは家の前で落ち葉を掃いている最中だった。


「アンナ、あのな、えっと……」


 箒を握りしめているアンナの前で立ち止まり、膝に手を付く。

 息が苦しい。

 だけど、呼吸を整える間も惜しい。


「ちょ、大丈夫なのヒサト? 一体落ち着いて、ほら深呼吸して」

「そうじゃない! あ……アヤはどこで……サカキ・ウラゾエと会ってたんだ?」


 その質問に、アンナの体が硬直する。


 以前アンナはアヤの後をつけて、誰かと会っているのを見ているのだ。


「もしかして、アヤに、何かあったの?」

「いいから! アヤはどこで会ってたんだ! アンナはどこでそれを見たんだ」


 俺は叫んでしまった。

 それだけ切羽詰っている。

 理由を話している暇はない。


「……街はずれにある、教会……西にあるやつ」

「わかった、ありがとう」


 それだけ言い残して、俺はまた走った。


 ――西の教会。


 お化けが出るとか、呪われているとか、悪い噂が絶えない場所。

 俺が生まれた時から廃墟だった場所だ。


「ヒサト!? ちょっと待ってよ! アヤがどうしたの?」


 その声が聞こえてきた時、少しだけ嬉しかった。


 アンナがアヤの心配をしていたから。

 今、返事ができないことは許してくれよ。

 絶対にアヤを連れてかえるから。

 その時はまた、二人で出かけてこい。


 だって二人は、友達なんだから。

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