戦いの終結

 傷が少なく体力の充実したオークだったが、村人たちの松明の炎に怯んでいる。

 それでもなお、こちらへの闘争心は消え失せていなかった。


 鋭い目でこちらを睨みつけ、隙あらば攻撃を仕掛けようという意識が見え隠れする。


 僕は右手に握りしめた剣の先をオークに向けた。

 先ほどの村人たちの杭による攻撃からヒントを得たのだ。


 斬るのがダメなら突けばいい。

 オークに心臓があるかもしれないし、胸か腹に穴が空いて平気ということもないはず。


 僕とオークはじりじりと間合いを縮めながら、互いに様子を窺うような状況になっている。


 張り詰める空気の中、先に仕掛けてきたのはオークだった。 

 手にしたこん棒を大きく振って、こちらを叩き潰さんとばかりに攻撃を繰り出してくる。


 力任せに振られているだけだが、直撃すれば骨折は間違いない。

 相手の隙を窺いながら、間合いを保つことにした。

 

 体力を消費したことで足が重たく感じるものの、攻撃をどうにか回避できている。


 オークはよけられ続けることに苛立ちを覚えたのか、強引に近づいてきた。


 ――今だ!

 ほんのわずかな瞬間、オークの懐に隙が生まれた


 意を決して前に踏みこみ、剣の先を真っ直ぐに伸ばす。

 剣はオークの胴体に深く刺さり、急いで剣を引き抜いた。


 周囲には血液が飛び散り、オークはそのまま倒れこんで動かなくなった。


「すげー! 魔物を一対一で倒した!」

「若者よ、身を挺して戦ってくれてありがとう」


 見守ってくれていた村人たちから歓声が沸いていた。

 こんな状況は生まれて初めてで、どう振る舞えばよいのか分からない。


 それでも、賞賛されるのはとても気持ちのいい感覚だった。


 僕と村人たちは勝利の余韻に浸った後、魔物の死体を片付けることにした。

 当然ながら、そのままにしておくわけにはいかない。


 村人たちを手伝っていると、森の方からセイラが戻ってきた。


「……すまない。仕留めきれない魔物がいたようだ」

「気にしなくていいですよ。大した被害は出なかったので」


 僕の言葉を聞いてから、心なしか彼女の表情が緩んだ。

 

 二人で立ち止まっていると、セイラのことに気づいた村人たちがお礼を言ったり、頭を下げたりしていた。

 

「……ところで、エリカは?」

「空から索敵をしているところだ。私は地上から確認したが、生き残った魔物はいなかった」

「そうですか、お疲れ様でした」


 僕たちはずっとこの村に滞在するわけではない。

 今後のことを考えれば、残存勢力を見逃すわけにはいかないだろう。


「トーマス、今回の件は異常すぎる。ミネストレアへ行ったらギルドへ報告しようと思うのだが」

「……なるほど、ギルドへ。報告すれば調査に来るでしょうし、村人たちも安心できますね」


 セイラの言うことはもっともだった。

 最近は出番が少ないらしいが、魔物討伐はギルドが中心的役割を担っていた。


「旅の方々、危険を顧みずにありがとうございました」


 僕とセイラが話していると、村の女性が話しかけてきた。


「戦いで汗や汚れが付いてしまったと思います。よろしければ、湯浴みのできる家で汚れをお流しください」

「湯浴みか、それは助かる」


 セイラは女性の一言にパッと明るくなった。 


「僕はエリカを待っているので、セイラは先にどうぞ」

「そうか、それでは先に行かせてもらおう」


 彼女は足取り軽く村の女性について行った。


 それから少しして、上空から魔法少女の姿をしたエリカが降下してきた。


「あれ、セイラは?」

「村の人に湯浴みに招待された」

「お風呂のことかー、わたしも行きたい」

「その前に見回りの結果を聞いてもいい?」


 エリカは変身を解き、早く湯浴みに行きたそうな雰囲気だった。


「広い範囲を探してみたけど、魔物の残りはゼロ。目立つ異常もなし」

「ありがとう。これで村の人は安心して眠れる」

「それじゃあ、解散……お風呂のことは誰に聞けばいい?」


 エリカが湯浴みのことを気にかけていると、ナディアの母親が近づいてきた。


「セイラさんはよその家に行かれたので、エリカさんたちは我が家で湯浴みをしてください」

「やったー!」


 エリカはセイラのように返り血を浴びてはいないが、戦いの疲労もあるだろう。

 もう一人の功労者にも休息の時間が必要だと感じた。




 翌朝、ナディアの家で朝食を取った後、家の前にある椅子に座っていた。

 イーストウッドも長閑だが、近くに森や自然が多いネブラスタは静かで心地よい場所だと感じる。


 朝の爽やかな空気を浴びていると、引き締まった表情の村人たちが歩いてきた。

 そこには別の家に泊まったセイラの姿もあった。


「皆さんにお話があるので、エリカさんを呼んできてもらえませんか?」

「了解です」


 家の中に戻り、ナディア一家と談笑中のエリカに声をかけた。

 彼女はそれじゃあとナディア一家に断りを入れて外に出た。


 これで三人が揃った。

 村人たちは初老の男性が一人、体格のいい若い男性が二人いる。


「この二人でミネストレアのギルドへ報告に行くつもりです。ただ、ネブラスタのような一農村の言うことにギルドの者たちが耳を貸すか不安が残ります」

「ふむっ、ギルドは相手の足元を見るところがあるな」

「ええ、そうなのです。ですから、皆さんにギルドへ同行してもらえないかと思っております」


 初老の男性は丁寧な態度だった。

 どのみち、同じ場所へ行く予定なので引き受けてもいいだろう。


「わたしは別にいいけど」

「私もかまわない」

「僕も同じです」


 三人の意見が一致したので、ギルドへ同行することになった。


「歩けばずいぶん時間がかかります。村から馬車を出すのでそれにお乗りください」

「……馬車。そういえば、マリオは魔物の騒動から戻らないままだったな」


 あの状況で馬を守るのは難しかったので、逃げてしまったとしてもしょうがない。


 それから、僕たちは村人二人と共に馬車に乗って、ミネストレアに向かった。

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