トーマスの決戦と村人たちの共闘

 オークに残る傷は斬られたもので、セイラに攻撃を受けたことが予測された。


 ――彼女が倒しきれなかった魔物を自分が倒せるのか。


「いや、それだけ数が多いってことなんだろう」


 弱気になりかけた自分を奮い立たせる。

 危険度Cのオークを相手にして、そんな姿勢で勝てるわけがない。


 眼前のオークは荒い息を立てながら、じりじりと近づいていた。

 初めのうちはこちらを警戒していたものの、恐れるほどの相手でもないとばかりに手にしたこん棒で地面に叩きつけた。


「……威嚇されたって怯むもんか」


 エリカは豚の怪物と言っていたが、そんな愛嬌のある顔ではない。

 僕にはもっと醜悪な存在に見える。


 そんなオークが間合いを詰めて襲いかかってきた。


 負傷の影響なのか、対応できないほどの素早さではない。

 こん棒をぶんぶんと振り回しているが、どうにか回避できる。


 守勢に回れば攻撃を受けずに済む。

 しかし、反撃に転じるにはリスクが高い。


 分厚い肉体に刃は通りきらず、その隙に逆襲される恐れがある。

 迂闊に懐へ飛びこめば、こん棒の一撃が待っている。


 ゴブリンの時と異なり、簡単に決着はつきそうになかった。

 オークは攻撃が当たらないことに苛立っているようだが、その勢いは衰えそうにない。


 このまま回避を続けても、いたずらに時間が過ぎるだけだろう。

 反撃の糸口を見つけなければ。


 エリカとセイラが戻ってくれば楽だが、すぐに期待できそうにはない。

 目の前のオークは、この手で倒す必要がある。


 逃げ出したくなる気持ちを見つめ、息を整えて剣を構えた。

 こん棒を振る速度を考慮したら、全くの無傷では倒せそうにない。 

 

 攻撃を加えようとするなら、危険覚悟で間合いを詰めるしかないのか。

 現実離れした状況に薄い笑いがこみ上げてくる。

 

 どのみち、殺らなければ殺られるだけ。

 師匠の言葉が脳裏をよぎる。


「……やってやろうじゃないか」


 覚悟を決めたら、自然と冷静な気持ちになった。


 剣を握る手に力をこめて、素早く間合いを縮めた。

 

 オークは獲物が来たとばかりにこん棒を振るった。

 相手の動きを予測して、ぎりぎりのところで攻撃をかわす。 

 

 かなりの速度だが、どうにか回避できている。

 そのまま、剣の届く位置に踏みこんで胴体目がけて刃を払う。


「グワァッ!」


 オークが短い悲鳴を上げた。

 皮の下は分厚いようで、与えたダメージが予想以上に浅かった。


 やったと思ったの直後、オークがうるさい蚊を払うようにこん棒を振り回した。

 剣で受ければ刃が折れてしまうので、足捌きでかわすしかない。


 慌てて間合いを取ろうとしたが、嵐のような攻撃をよけきれなかった。

 直撃しなかったものの、数度かすっただけでダメージを受けた。


「……ぐっ」


 ひじや横っ腹が痛む。

 戦いを想定しておらず、布の服だけなのが痛恨だった。

 この戦いを凌げたら、今後のために装備を新調しよう。


 戦いの興奮で忘れかけていた死の気配をほのかに感じた。

 先のことなど考える余裕などないと突きつけられるような思いだった。


 オークは無傷なわけではない。

 傷口周辺を狙い続ければ倒せるはずだ。


 ダメージを受けて動きが鈍ったオークの隙を突き、再び間合いに入る。


 肩付近についた傷目がけて剣を振るう。

 攻撃が当たったら、すかさず後ろへ下がる。


 オークからは虫けらのような人間に翻弄されることへの苛立ちが感じられた。

 これならば、我を忘れたエルキンのように手玉に取ることができる。


 僕は攻撃を加えては距離を取る戦法を繰り返した。


 やがて、オークの動きがさらに鈍くなり、隙だらけのところで胸を剣で突いた。

 オークは小さく呻いた後、そのまま地面に倒れこんだ。


「……やった」


 生まれて初めて魔物を倒した瞬間だった。

 それも危険度Cのオークをだ。


 感極まりそうな気分だったが、まだ戦いは終わっていない。

 少し前よりも静かになったものの、森の向こうは騒がしいままだった。


 これから、オークやゴブリンがどれだけなだれこむのか想像もつかない。

 エリカとセイラが最善を尽くせばそこまで多くないはずだが、敵の数がそれを上回るのなら、僕の戦いもまだ続いてしまう。


 剣を地面に突き刺して、杖の代わりにする。

 背中で息をするように呼吸が荒く、今の戦いで体力を消費したのを感じた。


「ゴブリンなら何とかなるかもしれないけど、オークは厳しいな……」


 目と鼻の先にあるナディアの家のところに戻る。

 少しでも体力を回復させようと、家の前の椅子に腰かけた。


 周りに目を配ってみたが、明るいままの村の中に魔物の影は見当たらない。


 いよいよ、撃ち漏らす魔物は出なくなったのかと思いかけたところで、不吉な影が複数見えた。


「……オーク、それも一体じゃない……」


 椅子から立ち上がり、鞘から剣を抜く。


 オークたちは少し離れた民家の横を通過するところだった。

 無防備な村の人たちでは抵抗できない。


 疲弊した肉体を鼓舞するように、必死でオークの元へと駆けた。


 駆けている途中でこちらの足音に気づいたようで、オークたちが振り向いた。

 人間など取るに足らないと言いたげに、不敵な笑みを浮かべるような表情をしている。


「今度は負傷が少ない……」


 先ほどのオークは傷が多く、戦いやすかった。

 しかし、このオークたちはそこまで傷を負っていない。


 考えなしに飛びこんだはいいが、明らかに不利な状況だった。


 一体目のオークを倒した高揚が裏目に出てしまった。


「――お兄さん、諦めるにはまだ早いって」


 背筋に冷たいものが走りかけたところで、エルキンの声が聞こえた。

 何気なく振り返ると、村人たちが火のついた松明(たいまつ)を持って近づいていた。


「ブルルッ」

「こいつら、炎が苦手なのか」


 オークたちは動くのをやめて怯んでいる。 

 

「青年よ、そなたの勇気ある戦いを家の中から見ていた。ここはわしらの村だ。自分たちの手で守らせてくれ」


 今度はエルキンではなく、初老の男性が口を開いた。


「みんな、行くぞ!」

「「「おおぅー!」」」


 彼らは数人がかりで木の杭を持ち上げて、そのまま勢いよく突っこんでいく。

 その杭は止まっていたオークの胴体に突き刺さった。


 脂肪を通過して致命傷を与えたようで、そのオークはがくんと事切れた。

 

「す、すごい……」

「どうだ、やったぜ!」

「エルキン、お前だけの手柄じゃないぞ」

「大丈夫、分かってるって!」


 続いて、もう一本の杭が別のオークを串刺しにした。

 これで残るは一体か。


「杭はこれで終わりだ。青年よ、後は頼む」

「は、はい……」


 攻撃力の高い村人アタックはこれで終わりのようのだ。

 どうやら、最初の二本で弾切れになったと思われる。


 それでも、松明を持ったままいてくれるので、オークが怯んだままになっている。

 これなら、何とか倒せるかもしれない。


 疲れ切った身体に力をこめて、再びオークと対峙した。




・魔物の情報 その2

名前:オーク

危険度:C

詳細:危険な魔物だが、人が住むような場所にはほとんど現れない。凶暴で危険性が高く、棒を武器にできるだけの知能がある。

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