キュトリーからナディアの村へ

 翌朝、宿屋の食堂で朝食を済ませて、旅の荷物をまとめた。

 主人からイーストウッド町役場宛の領収書を受け取った後、外にある椅子に腰かけていた。


 昨晩の出来事はなかなかに刺激が強かったので、ナディアと顔を合わせるのは気が引けた。

 人生経験が豊富そうなセイラはともかく、若いエリカには教えたくない出来事だった。


 キュトリーの長閑な風景を眺めていると、支度を済ませた女子たちが出てきた。


「トーマスさん、おはようございます」

「……やぁっ、おはよう」


 ナディアが一番に挨拶をしてきて、出鼻を挫かれてしまった。

 ちなみにセイラは通常モードで、エリカは眠たそうな顔をしている。


「――おう、お前さんたち」

「アラン、どうしたんですか?」

「さすがだな。無事に帰ってきたってことは盗賊を倒したんだろ」

「ええ、まあ、そんなところです」


 魔法少女のパワーで更生させたなんて言えるわけがない。


「盗賊は商売の邪魔だからな。俺は感謝してるんだぜ」

「もしかして、わざわざお礼を言いに来たんです?」

「ははっ、何か忘れてないか?」


 アランがおどけたような様子を見せた。


「昨日の夜の運賃だよ。あれはまけといてやる」

「あっ、忘れてました」

「いいってことよ。それと今日も送ってやりたいのは山々なんだが、先約があってな。今日も移動するなら同業者を紹介するぞ」


 馬車を持つような御者は商売っ気が強い印象だが、彼の頭の中は銭勘定だけが基準ではないようだ。


「アランが馬車を紹介してくれるようなので、行ってきます」

「そうか、では頼む」


 セイラに伝言をしてから、アランと歩き始めた。


「そいつの名はマリオって言うんだが、俺ほど愛想はよくないかもしれない。勘弁してやってくれ」

「ああっ、大丈夫ですよ。馬車があるだけ助かります」


 ナディアの村まではけっこうな距離がある。

 セイラはともかく、エリカを歩かせるのは厳しいだろう。




 町の中をしばらく歩いて、入り口の一つにやってきた。

 ちょうど近くに馬車が止まっている。


「あれがマリオの馬車だ。ちょっと聞いてくる」

「はい、お願いします」


 マリオという御者の馬車はアランのものに似ていた。

 馬一頭と荷台、シンプルな白い幌(ほろ)。


 アランが向かった先を見ると、彼よりも年長者らしき男性がいた。

 おそらく、あれがマリオだろう。


 アランは軽く会釈をして、マリオと会話を交わしていた。

 背中を見せているので、マリオの表情は窺い知れない。


 少ししてアランが戻ってきた。


「何日か空いてるから、日帰り以外でも行けるそうだ」

「それはよかったです。初対面だし、挨拶をしておいてもいいですか?」

「そりゃもちろん」


 僕はアランと二人で、マリオの元に向かった。


「はじめまして、トーマスと言います」

「……マリオだ。アランの顔見知りなら、責任持って送り届ける。安心しておくれ」

「料金はどれぐらいかかりますか?」

「1日200クロムもあれば十分だ」

「だいたい相場通りの値段ですね」


 自分で用意した資金、町発行の手形があるので、予算には余裕があった。

 旅の経費は立て替え払いになるものの、町長はお金に関してはきっちりしているので、まず間違いなく返ってくると思っていた。


「話がまとまったので、エリカたちのところへ戻ります」

「トーマス、俺はこれから仕事だから、ここでお別れだ」

「色々とありがとうございました。また会いましょう」

「ああっ、それじゃあな」


 アランと別れて、一旦マリオの元を離れた。


 エリカたちのところに戻ると、何やら盛り上がっているような雰囲気だった。


「おやっ、何かあったのかい?」

「トーマス、昨日のお礼に金貨をもらったの」

「それで嬉しそうなのか」


 エリカは金貨が珍しいようで、受け取った時に一緒だったらしい袋から出し入れしている。


「馬車が見つかったので案内しますよ」

「それはよかった。どうなったか気になっていた」

「セイラ以外は旅慣れてないですからね」


 僕たちはマリオの馬車のところへ移動して、ナディアの村へと向かった。




 移動中の馬車では、セイラとこれからのことについて話した。

 村からさらに進むとミネストレアという大きな都市があり、次の目的地はそこにすることになった。

 

 ちなみに金貨をくれたのは警備兵だったそうだ。

 僕たちが来なければ討伐依頼を出すことになったはずで、そうなればもっと予算がかかっていたから助かったということらしい。


 キュトリーから一番近いギルドはミネストレアにあるが、馬車で一日以上かかる。

 その条件で都合のいい者を集めて盗賊を倒せば、それなりの金額になるだろう。


 


 夕方前にはナディアの住んでいるネブラスタという村に到着した。

 平屋で素朴な住居が多く、田舎の農村といった雰囲気だった。

  

 僕たちがナディアを連れて村に入ると、すぐに騒ぎになった。


「おおっ、ナディアか!? 無事だったのか」

「この人たちが盗賊から助けてくれました」

「そっか、お父さんとお母さんを呼んでくるから、そこで待ってな」


 ナディアに話しかけてきた男性は荷車で何かを運んでいる途中だったが、それを置いてどこかへ駆けて行った。

 それからすぐにナディアの両親と思しき二人と村人たちが集まってきた。


「ナディア……ごめんよ、もう会えないかと思って諦めかけてた」

「ううん、私もあんなところに盗賊が出るなんて思わなかったから」


 ナディア一家は涙の再会を果たした。

 彼女は村外れで一人で作業をしていたところ、盗賊にさらわれたそうだ。


 感動の場面を眺めていると、ナディアがこちらに近づいてきた。


「トーマスさん、ありがとうございました」

「ははっ、主にエリカのおかげだよ」

「……ちゅっ」


 ――あれっ。

 ナディアは剣聖も驚きの速度で間合いを詰めて、僕の頬に口づけをした。


「ほう、なかなか大胆だな」

「二人はそういう関係だったの」


 突然の出来事に驚いていると、セイラとエリカのコメントが聞こえてきた。

 

 ナディアはひらりと身を翻して、両親のところへ戻っていた。

 特に慣れているわけではないようで、恥ずかしそうにしている。


「――ちょっと待ったぁ!!」

「えっ、何だ?」


 ナディアが離れた後、見知らぬ少年が声を張り上げて近づいてきた。

 年齢は彼女と同じぐらいに見える。


「俺の名前はエルキン。お前に決闘を申しこむ!」

「け、決闘!? 何を急に」 


 エルキンの目は血走り、怒りの炎が透けて見えそうな形相をしている。


「ああっ、君はナディアのことが――」

「ちょっと待て! ……決着は剣でつけようぜ」

「……剣か。よしっ、分かった」


 というわけで、僕はエルキン少年と決闘をすることになった。



 

 今作における経済メモ


 通貨の単位=クロム

 紙幣はなく硬貨のみが流通


 クロム貨以外に、金貨や銀貨、ミスリル貨も使用される


 宿屋一泊朝食付き 50クロム

 馬車一日貸し切り 200クロム

 エリカが受け取った金貨 1000クロム相当

 

 エルキン少年のステータスは次回!!

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