盗賊の皆さんも突然の出来事に驚いております

 アランは馬車で生計を立てているだけあって、市販の魔力灯を持っていた。

 日が暮れて人通りの見えなくなった街道を淡い光が流れていく。


 馬車は速度を緩めることなく、暗闇の中を躍動するようだった。

 少し経過した後、前方に大きな影が見えるところで停車した。


「この辺りに盗賊がいるって噂は本当だったんだな」

「暗くて周りはよく見えませんけど、いかにも盗賊がいそうな雰囲気ですね」

「途中で魔力灯は消しておいたが、すでに察知されているかもしれん。俺はこの辺りで引き返す」

「ありがとうございました」


 アランは軽く手を振ってそそくさと馬車を移動させた。


 彼を見送ると、僕たちはアジトがある谷に向かって歩き出した。


「帰りは歩きですね」

「私のことは気にするな。歩くのは嫌いではない」

「それじゃあ、迷子のお姫様を探しに行きましょうか」

「……ははっ」


 セイラが笑いをこらえるような声を出した。


「第三王女の私の前で言うことか」

「皮肉を言ったつもりでは」

「冗談だ。気にしてない」


 彼女は落ち着いた口調だった。

 僕たちは声を潜めながら会話を続けた。


「それを聞いて安心しました。ところで、明かりはどうします?」

「敵の出方次第だな……うーん」

「何か引っかかりますか?」

「いや、やけに静かすぎるんだ」

「……はあっ」


 セイラの言葉が理解しきれなかった。

 風の音や虫の音はわずかに聞こえるが、この静けさは自然なものだと思えた。


「盗賊は遠慮がない。町から離れていれば警備兵に目をつけられないし、この辺りのように平和な地域なら、好き放題騒いでいるのが普通のはず」

「たしかにそうですね」

「火を焚いた匂いが先の方から漂ってくるから、生きた人間はいるはずだが」


 離れて見えた大きな影が少しずつ近くになる。

 背丈の高い大きな岩が影の正体だった。


 町の人の話では岩の間が谷状になっていて、その周りにアジトがあるらしい。


「――単刀直入に言おう」

「は、はい……」 

「盗賊討伐に参加したことがあるが、この雰囲気は討伐が終わった後のものだ」

「……じゃあ、エリカがすでに倒したと?」

「彼女の戦力を考えれば、そうなっていてもおかしくない」


 わずかな安堵を覚えつつ、盗賊を倒したエリカはどこにいるのか気がかりだった。


 慎重に近づいた後、僕たちは大きな岩の正面で立ち止まった。

 目の前の岩の間には道のように空洞が続いている。


「やはり静かだな」

「静かなのに……妙な空気ですね」

「場数を踏んでいるわけでもないのに、それが分かるだけでもすごい」

「いえ、感じたことを言ったまでです」


 僕は戦いに関しては素人だが、この先で何かが起きていそうな感覚がしていた。

 おそらく、アジトが近づいてきたのだろう。


「戦闘になったら、荷物を足元に置いて剣を抜くといい」

「ええ、そうならないことを祈ります」


 不安もあるが、覚悟を決めておかなければ。

 人を斬ったことなどないので、想像するだけで寒気がする。


 岩と岩の間を進んで行くと、道の向こうで何か所かに焚火があった。

 段々になっている岩壁のところどころに、盗賊のものと思われる住居が見える。


 僕たちは無言のまま、道なりに進んだ。


「――しっ、静かに」

「は、はいっ……」


 セイラから指示が飛び、慌てて物陰に隠れた。


「ほらっ、あそこに」


 彼女が指さす方向にエリカの姿があった。

 その頭上から、彼女の魔法と思われる光が周囲を照らしている。


「エ、エリカが……」

「戦闘中ではないようだが、様子を確かめてから近づこう」

「……そうしましょう」


 盗賊たちはひざを抱えたまま、地面に腰を下ろした状態で整列させられているように見えた。


「おやっ、この光景はどこかで見覚えが……」


 降伏した盗賊たちと岩山の荒涼とした風景。

 遠い昔に見た気がしたものの、記憶が曖昧で思い出すことができなかった。


「んっ、冷たい……?」


 どこからか冷えた空気が流れこんで、急に肌寒く感じた。

 エリカの足元に氷が張り、彼女の周りを吹雪のような風が舞っていることに気づく。


「……これはどうしたものかな」

「呼びかけるしかないだろう」


 セイラは神妙な面持ちでこちらを見た。


「……エリカ!」


 大きな声を出すと、盗賊たちがびくりと反応を見せた。

 一方のエリカはこちらに顔を向けようとしない。


「……様子がおかしいな」

「えっ、何をするつもりですか!?」


 セイラは鞘から剣を引き抜いた。

 そして、ゆっくりと確かな足取りでエリカに近づいていく。


「ちょっ、ちょっと」

「……エリカのレベルは?」

「は、は、80です」

「私は60だ。彼女が本気になったら止められそうにない」


 一体、どうなるのか予想できない。

 どうしてこんなことになってしまったのか。


 ……そうだ、僕が転生者の情報を話さなかったから。


「――エリカ! 黙ってて申し訳なかった」

「…………」


 彼女から応答はないが、説明しなければいけない。


「おそらく……全ての転生者は元いた世界で亡くなってから、この世界にやってきた」

「…………」

「君にすでに死んでいること、元の世界に帰る方法が分からないことを伝えたくなかった」


 まだ若い彼女に希望がないなどと言えるわけがない。

 それに、エリカは元の世界に帰りたそうだった。


「……それならそうって言ってくれたらよかったのに」

「――えっ?」


 彼女の声が聞こえて、緩やかに緊張が和らぐ。


「トーマスを頼りにしてたんだから」

「……そうだったんだ。本当にごめん」


 突き刺すように冷たい風が収まっていくような気がした。

 



・ステータス紹介 その9


名前:盗賊A

年齢:25才

職業:盗賊

レベル:20

HP:100 MP:30

筋力:40

耐久:30

俊敏:70

魔力:20

スキル:強きを助けて弱きを挫く

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