第18話 取り替えっこ

 ホスト――いや、紳士にとって、香りは武器である。




 香木だけでも簡単な匂い袋が作れるが、後はアルコールがあれば香水も作れる。




(確か、蒸留機器は、錬金術の道具としてサージュが保有していたな。アルコールの原料さえ何とか入手できれば……)




 夢が広がる。




「これ、いいにおい、すき。もっと、もっと。いい匂い、ほかのも、ほしい。色んな種類」




 俺は香木を振って、しきりにそう訴えた。




「え? 私が今朝ハミガキに使ったいい匂いのする枝? こんなんでいいの? 色も汚いし、形もダサいし、すぐ折れるよ?」




「こういうのなら、森の奥ならいっぱい生えてるよね」




「ねー」




 どうやら、妖精の価値観の中では、香木の価値は路傍の石未満らしい。




「わかった! とにかく、キミはいい匂いのするものが好きなんだね。今度いっぱいもってくるから、これ持って行っていい?」




(ツケ払いってか。……バックれられる可能性もあるが、まずは信用してみるか)




「いい。やく、そく」




 俺は頷く。




 下手にケチって不興を買うよりは、鷹揚なところを見せた方が良い。




「わーい! やったあああああああああああ!」




 俺の人形を受け取った妖精が、喜んで飛び回る。




「いいなあ! ねえ、あちしもいい匂いの木をもってきたら、作ってくれる? 人形もいいけど、ステキなイヤリングが欲しいの」




「ボクは、剣!」




「あい。できる、できる」




 俺は妖精たちに愛想よく頷いてみせる。




 その後も、口々に要望を述べてくる妖精たちの好みを、俺は頭に叩き込んだ。




「ヴァレリー! ヴァレリー! どこにいるの!?」




 背後から、聞きなれた呼び声。




「うわっ! とりが来た!」




「じゃあ、今度またくるよ。そうだなあ……、あの木に桃色の花が咲く頃に」




「やく、そく。やく、そく。俺、いる時、笛で、合図、する」




 俺は口笛を吹こうとして、いまだままならぬ顔の筋肉に気付き、風の魔法で虎落笛もがりぶえにも似た音を出す。




「『柵越える風の音』だね。わかった! またね!」




 妖精たちが慌てて草むらへと姿を消す。




「ばい、ばい」




 俺は彼女たちに手を振ってから、香木をポケットに隠すと、母の下へと歩き出す。




「もう、ヴァレリー! ママから離れたら危ないでしょ! 一体何と話していたの?」




「妖精、いた」




「妖精!? また入ってきたの。大丈夫? なにもされなかった? もう、スヌー。ちゃんと見ていてって言ったでしょ?」




「クエッ……」




 母にたしなめられて、ブルーバードが申し訳なさそうに一鳴きした。




 いや、ブルーバードは確かに俺をずっと監視していた。




 本当に危なければ、助けに入っていたはずなので、実質的な脅威はなかったのだろう。




「だい、じょぶ。トモダチ」




「いけません。妖精は一見愛らしく見えても、子どもには危ないのよ? 下手に仲良くなったら、森へさらわれてしまうかもしれないわ。ヴァレリーはとってもかわいいから、特によ」




「これ、あるから、だいじょぶ」




 俺は小刀を指差して呟く。




「ああ、確かに妖精は鉄に弱いわね。それでも、ダメです。もちろん、妖精は最弱と言われるくらいにちっぽけなモンスターよ。でも、すばしっこいし、性悪で手癖が悪いから、小刀くらいなら盗まれてポイってされちゃうかもしれないの。ミディが言ってたわ。この前も、台所から貴重な砂糖を盗んで、代わりに食べられもしない固い木の実を置いていったって。私も、昔、お母さまからもらった髪飾りを盗まれたわ。それでね、葉っぱの一枚ついたみすぼらしい小枝を置いていったの。全く、ヒトを馬鹿にしているわ!」




 日頃、他人の悪口を言うことなどほとんどない母が憤慨している。




(おそらく、妖精たちに悪気はないんだろうが)




 今日接してみてわかった。




 妖精としては、真実、『等価交換』しているつもりなのだろう。




 ただ、その価値基準が、どうしようもなく大人のヒトとは違うだけなのだ。




  貨幣経済に毒されたヒトは、『いくらか』で物を判断してしまうが故に。




「ああ。どうしましょう。また、鉄粉を撒いて結界を張らなくちゃいけないかしら。妖精は一匹みたら、三十匹はいるっていうし」




 母が、俺を屋敷の中に引っ張り込みながら、危機感を募らせた声で呟く。




 大方、心配しすぎなだけだろうが、まるでゴキブリや蠅に近い扱いだ。




 どうやら、この世界においての妖精の地位はかなり低いらしい。




(だが、それは俺には関係のないことだ。あいつらは中々おもしろい)




 周りがどう思おうと、俺には俺の価値基準がある。




 それは、誰にも譲らない。




(これは、母の目を誤魔化す方法を考えておかなくてはならないか?)




 どうやら、使用人も含め、メディス家で妖精に好意的なものは少なそうだ。




 ささやかな密貿易を続けるには、工夫が必要になってくるかもしれない。




(おもしろくなってきたな)




 母には悪いが、俺の本質は決していい子ちゃんではないのだ。




 退屈な赤子時代、ちょっとしたスリルと企てくらいはあってもいい。

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