第3話 神々の審判(2)

「そうですね。では、とびきりの優れた容姿を。後は『夜の世界』に参加できるような環境さえ頂ければ、そこから先の欲望は、自らの手で叶えたく存じます」




「いいわ。美は与えられる物、愛は奪う物、性は愉しむ物。それでこそ、わたくしの愛し子にふさわしい。太陽アポロンもうらやむほどの容姿を与えましょう。栄華を誇る黄金の都の王家――いえ、かえって公爵くらいの方が遊び甲斐があるかしら」




「一々お兄ちゃんの名前をひきあいに出すなんていやみな奴ね。それに、優遇しすぎよ! こいつなんて、どっかの森に捨てられたみなしごに生まれ変わらせてやるので十分だわ!」




「だけど、この子をこれから送る世界は、元いた場所のように、どこにでもこの子が輝けるようなレベルの舞台がある訳ではないわ。平民や貧民に生まれては、社交場に参加できるほどに出世するまでに、この子のもっとも美しい時間が過ぎてしまう。それでは、この子の魂を試すことにはならないじゃないの」




 アフロディーテはそう反論して、悩ましげにため息をつく。




「もう! ごちゃごちゃとうっさい! パパ! こいつ義娘のくせにむかつく!」




 アルテミスが糾弾するようにアフロディーテを指さした。




「まあ落ち着けアルテミスよ。ならば、アフロディーテの庇護下でもなく、アルテミスのそれでもない、第三の者に委ねてはどうか。貴族にはする。ただし、社交とはほど遠い家柄にだ。それならば、口八丁で活躍するには、相応の苦労もあろう。機会と障害、その双方をこの者に与えようと思う」




「むー。パパがそういうならしょうがないわね」




「お義父様がそうおっしゃるなら」




 アルテミスとアフロディーテが同時に頷いた。




「よし。ならば、そうだな……華やかなりし宴より遠き者を育む、戦神がよかろう。血と土と、武勇伝にまみれた子ら。そうなれば、アレスか、アテナか」




「アレスはアフロディーテの恋人の一人じゃない! ひいきしそうだわ。パパ! アテナにして! 私と同じ処女神のあの子なら信用できる」




「アテナね……。あの子の戦い方、つまらないのよね……。アレスのような派手さがないっていうか。城に引きこもってばっかりだし。前に黄金の林檎の件とか夫とのいざこざで揉めて以来、どうにも折り合いが悪くて。この子がいじめられないか心配だわ」




「アテナは残虐なアレスと違ってそんなことしないわ!」




「どうだか。アテナのプライドの高さを見てると、断言できないと思うわ。お義父様。もしアテナにこの子の産まれる先を選ばせるなら、どうかご配慮を。この子は、もう十分に、パンデモース《大衆の愛欲》は知りました。次の生では、ウーラニアー《純粋な愛情》を知ることができるような、温かい家庭を恵んであげてください。二つの愛を極めた時、この子は更に高みへと魂を昇華することができるはずです」




「よかろう。アルテミスの言を聞き入れ、アテナの管轄下に送るものとするが、アフロディーテの申すような形で不利に取り扱われることのないように制約を課すものとする」




「ご理解頂きありがとうございます。お義父様」




「むー、パパの前だけ猫被っちゃって。むかつくぅー。……まあいいわ。あんたなんか、私の呪いで、弓なんか絶対使えないようにしてやるし、狩猟の才能も奪ってやる。あんたを見た森の獣は、猪種も、狼種も、鹿種も、鳥種も、ことごとこく逃げ出すわ。戦上手ばっかりのアテナの管轄だと、これは浮くわよー?」




「ひどいわね。なら、私は、この子に、植物とそれに関わる精霊から愛される権能を授けます。もっとも、人の子らの手で耕される豊穣――穀物の実りは、デメテルの管轄。さらに大きな生と死の流れを司るのはハデス。私が与えられる植物神としての力は、些細なものしか残っていないから、あまり期待はしないでちょうだいね。そう私の力は、例えるなら、野に咲く花を愛でることができるような、些細なもの。だけど、小さなものを大きく育てていくのが愛なのよ。あなたなら分かるわよね?」




 アルテミスとアフロディーテが、それぞれ全く別の意味の込められた笑みを浮かべ、聖夜を見つめてくる。




「光栄です。女神から頂けるものなら、悪意からかいも厚意も喜んで」




 聖夜は優雅に一礼する。




 その応答に、アルテミスは顔を歪めてそっぽを向き、アフロディーテは満足げに頷いてみせた。




「おおむね決まったようだな。他に誰か意見のある者はいるか?」




 ゼウスが周囲を見渡して尋ねる。




「あー。うィっク。ボクも祝福するよ。この子は酒というものの本質をよくわかっている。すべからく生というものは、一夜の深酒のようなもの。酔って、夢見て、楽しむがいい、享楽の子よ!」




 唐突に現れたのは、ワインボトルのような瓶を手にした、赤ら顔の酔っ払い。彼は、聖夜の肩をを激励するように叩くと、またすぐにふらふらとどこかに立ち去って行った。




「デュオニュソスも祝福か。以上だな? 他にないな? ――よし。では、ヘラの呪いと、アルテミスの呪いと、アフロディーテの祝福と、デュオニュソスの祝福をこの者に与え、どこに生まれ落とすかはアテナに委ねるものとする! 先に言っておくが、一度世に送り出した後は、もはやかつてのように、我々が地上に干渉することは一切ない。それぞれの管轄があるとは言っても、こうやってせいぜい生まれくる子らに才能と環境を授けてやるくらいのものだ。――どうも、我々が人の子らに直接関わると、悲劇ばかりが起こってうまくないのでな」




 ゼウスはどこか物悲しげに呟いて、聖夜の前に手をかざした。




 瞬間、意識が暗転する。




(どうせなら、女神アテナ様のご尊顔も拝んでみたかった)




 第二の人生が始まる直前、聖夜は呑気にそんなことを考えていた。


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