第13話・敗北

 村人がざわめきだした。みんなの視線の先に、ジュビーがいる。いろいろな出来事が瞬時に起こりすぎ、誰もが混乱している。

「女帝陛下の子供だって・・・?」

「カプー・ワルドー・・・伝説の・・・」

「かつて世界を征服し、ドラゴンで天駆けたという・・・?」

 声は大きくなる一方だ。当然だろう。耳を疑うような出来事だ。事を成した途端に雲隠れした英雄と、女帝との間にもうけられた伝説の子が、目の前に現れたというのだから。かく言うオレも同じく、狐につままれたような気分だ。

「まさか・・・ほんとに・・・?」

 これまで父娘と一緒に過ごしてきた中で、そんな印象を感じなくはなかった。しかし、こうまで面と向かった断定には、当惑させられる。一方で、名指しされた父娘は貝のように押し黙っている。この態度こそ、確たる証拠なのかもしれない。ネロスは、ここぞとばかりに吠え立てる。

「やはり図星のようだな、ジュビー!いっそ、ここで正体を明かしてはどうだ?賞金首筆頭の二名よ」

 賞金首?なぜ英雄親子が、罪人名簿に記される?このふたりが、いったいどんな大罪を犯したというのか?これもまた、伝説が語る内容とは違う。

「おとなしく出頭すれば、女帝陛下の恩赦が得られるかもしれんぞ」

 訳がわからない。ジュビーは拳を握りしめている。父親のほうはといえば、憤怒で顔を真っ赤に染めている。しかし、今はそっちを気にしている場合ではない。首括りにされたテオの体力が、刻一刻と失われている。動くしかない。

「ネロスっ!」

 ヒュッ・・・

 飛び出すように踏み込み、ひと息に剣を繰り出した。「イアイ」という抜刀技術だ。乾坤一擲!抜いた瞬間に、相手をなぎ斬るのだ。海千山千、歴戦の手練れであるネロスに勝つには、この一撃しかない。

「なんだ、おまえは!」

 スパッ!

 しかし、こんな奇襲で決着をつけられる相手ではない。剣が切り裂いたのは、襟首のエンブレムだけだ。金糸が散る向こう側に、間一髪、ネロスは飛びしさった。わずか後方に着地し、手にしたくの字剣を構え直す。

「ああ・・・よく見れば、ジュビーのところにいた、あの間抜けではないか。リンゴを頭にのせてくれないと、すぐにはわからなかったぞ」

「わが名はフラワー!父と母の仇め。神妙に勝負しろっ!」

 ネロスは首をかしげた。先日のことは覚えていても、十五年前の少年を覚えていまい。当時オレは、十を少し超えた年だったのだ。

「ネロス!東の小さな村で、一本ヅノのドラゴンとともに、ふたりの人間を斬ったのを忘れたか?」

 ここまで言って、ようやくピンときたようだ。

「・・・なるほど」

「おまえが殺したのは、オレの両親だ!」

「ふうむ・・・あの武術家夫婦のガキか・・・あれは残念な事件だった・・・」

 遠い目をしている。まるで他人ごとのようだ。頭の中におさめた数多の悪事ファイルから一件を取り出し、思い出のような感慨にふけっているのだ。

「残念だと?自分が斬った相手を侮辱するか!」

「まてまて・・・私が残念に思っているのは、ドラゴンだ。ふたりが、あの一本ヅノを殺してしまったのだ」

「なに・・・?」

「生かしたままのドラゴンを都の女帝陛下に献上できれば、三方とも万々歳だったのになあ・・・今だに口惜しい・・・」

 三方・・・ネロスに、ドラゴンに、女帝・・・万々歳をする者の中に、父と母は含まれてはいまい。結局、女帝の満悦のために、両親は死んでいったわけだ。この男に後ろから不意打ちを浴びせられて。

「月日の流れるのははやいものだな。あの小さなガキが、今や英雄のお供か」

「おまえを斬るためについてきたんだ!」

 にじり寄る。ネロスはまだ長広舌をおさめない。

「ふむ。つまり、打ち倒れたおまえのからだをまたげば、私はジュビーと英雄を手に入れられるというわけだな」

「またげないねっ!」

 ビュユッ!

 再び斬り込む。今度の踏み込みは、半歩深い。剣の伸びが違う。しかし、この渾身のひと振りもかわされた。が・・・

 ブツッ!

 振り抜かれた剣先は、ネロスの横で張り詰めていたムチを切断している。

 どさっ・・・

 小さなからだが、地面に落ちた。

「むっ・・・」

 はじめて、ネロスがうなった。その足元から転げるように、テオがこちらに逃げ込んでくる。

「ぜえー・・・ぜえー・・・」

 久しく味わえなかった空気を、胸一杯に吸い込むひどい呼吸音。それでも勇敢なことに、テオはふらふらと立ち上がる。自らの足裏に支われていた木剣を拾い上げ、再び憎き敵に向き直った。戦うつもりだ。ネロスは、砲を搭載したコンテナの上に移り、こちらを見下ろしている。

「あーまーいーなあー、フラワーとやら。親の仇に斬りつけつつ、空振りしても子供だけは助けることができる・・・両得を目論んだわけだ」

 ネロスがあざ笑う。確かにその分、剣の軌道に迷いがあった。それではダメなのだ。中途半端では、この男には決して勝てない。

「二匹のウサギを追えば、両方とも取り逃がす。前世界のご先祖さまは、うまいことを言ったものだ」

 わああ・・・

「むうっ・・・」

 ところが、効果はあったようだ。人質の子供が拘束から解かれた途端に、村人たちが動いた。彼らは、本当になぶり殺しにするべき相手を理解している。木剣を手に、怨嗟を胸に、ネロスの元に殺到する。

「ちっ。愚民どもがっ!」

 この男には、スキというものがまるでない。すぐに態勢を整え、手に持っていたくの字剣を横なぎに繰り出した。

 ピュウッ・・・

「あぶない!ぼうずっ・・・」

 とっさにテオの頭を押さえ、伏せる。しかし、ふたりの首を刈りにきたと思われた剣は、手の平から投げ出されていた。ジュビーと幾度となくやり合ったのだろう。この剣の用い方を知り抜いているのだ。

 すぱっ・・・

 回転しながら飛翔する剣は、オレの背後の村人ののどを掻き切った。さらに勢いを失うことなく、地面すれすれを進む。何本のもの脚が切断されていく。

 ザ・・・ザ、ザクッ・・・

「ぐあっ・・・!」

「いてえっ・・・」

「ぎやああ・・・」

 振り向くと、青ざめたジュビーの顔が視界に入った。自分の剣が、善行の人々を切り刻んでいく気分とは、どんなものなのか・・・

 ズカッ・・・

 ついに剣が突き立ったのは、車椅子の車輪だ。輻(や)を破壊してリムを絡め取るように、深々と地面に食い込んでいる。ジュビーの父親は・・・英雄と呼ばれた男は、座面からぶざまに投げ出された。こうなると、この男も弱い。身動きが取れず、あたふたするばかりだ。

「ふははっ、伝説の父娘よ、そこにいろ。今いく!」

 そのときだ。

 ヒュウウゥ・・・

 風が立ち、空がにわかにかき曇った。巨大な翼が空を覆い隠している。ドラゴンだ!

「王様っ・・・!」

 ジュビーが叫ぶ。影は音もなく、猛スピードで降下してくる。しかし、このシチュエーションは見たことがある。ネロスと最初にやり合ったときだ。

「だろうなあーっ!」

 ネロスは予期していた。狡猾なドラゴンハンターを、二度だますことはできない。

「おい、伝説のドラゴンよ。あれを見ろ!」

 ネロスは王様ドラゴンに向け、ひょいとアゴをしゃくった。広場の中央を指し示しているようだ。そこには、巨大なドラゴンのダミーがうねっている。村人たちにつつかせていた、ワラ束を連ねたものだ。その高々と掲げられた頭頂部のツノを見て、戦慄した。そこには子供のドラゴンが・・・まだウロコも生えそろわない生まれたてのドラゴンが、足をくくられ、吊るされている。

「あれはまさか・・・かえったばかりの・・・」

 なんと、ネロスが卵をくすねたのは、王様ドラゴンを仕留める際のエサとして使うためだったとは。怒りが込み上げてくる。しかし、その戦略は計算通りの効果を上げたようだ。王様が、生まれたてのドラゴンに気づき、逡巡している。上空でホバリングをしつつ、どちらを救うべきか迷っているのだ。やさしさを知る理性的な動物を、ネロスはまんまと動揺させることに成功したわけだ。

「今だっ。いっせいに撃ていっ!」

 ドンッ・・・

 なんということだ。村のあちこちの粗末な家屋に、モリの射出装置が隠されていた。オアシスに送り込んだ大部隊は、やはりおとりだった。ネロスは最初から、所望のキャラクター全員がここに集合することを読んでいたのだ。砲が、四方から火を噴く。

 ドン、ドン・・・ドドン・・・

「いやっ・・・王様っ!」

 ジュビーは、車椅子の車輪を虫ピンのように地面に固定する剣を引き抜けない。投げる剣を失った彼女は、徒手空拳だ。見ていることしかできない。

 キュキュキュキュ・・・ヒュルルルル・・・

 王様ドラゴンは身をひるがえし、二発、三発のモリをよけていく。しかし、動きが鈍い。胃液を吐ききった体力が、十分に回復しきっていない。四発目を避けたところで、空中に静止して一息入れた。それもまた、読まれていた。

「照準、ピタリ~っ」

 ドンッ・・・

 ネロスは狙い澄まし、自分のコンテナに据えられた砲を放った。テオを首くくりにしていたムチが飛散し、モリが鋲縄を引いて飛ぶ。

 キュルキュルキュルキュル・・・・・・ドスッ!

 誰もが腹の底に感じるほどの手応えが響いた。

 ぎ、あ、あ・・・

 王様の翼の動きが止まり、揚力を失って、落ちていく。

「おうさ・・・ま・・・っっっ!」

 きいっ・・・

 巨体は、落下寸前のところで持ち直した。しかし、脇腹にモリが突き刺さり、力が入らないようだ。翼のはばたきが弱々しい。

 ジュビーの顔から血の気が引いている。父親も立ち上がることができないまま、呆然と、目の前で起きている出来事を眺めている。

 ドルン、ドロロロロ・・・

 ふたりのすぐ脇を、ネロスのバギーが走り抜けた。モリの射出装置のコンテナを、重そうにつないだままだ。

「あの怪物を片づけるまで、そこでじっとしてろよ、重罪人ども。どこへも逃げられんぞ!」

 砲から伸びる縄を巻き取りながら、バギーは広場の中心へと向かった。金属針を無数に仕込んだ鋲縄は、打ち込まれたものがもがくほどに翼に絡み、からだのあちこちに食い込んでいく。それでも王様は、広場のモニュメントに吊るされた、生まれたてのドラゴンの元へと飛んでいく。まるで吸い寄せられるようだ。ふと、想像した。

「ひょっとして・・・王様の子なのか・・・?」

 ゴガガガガガ・・・

「どけ、どけいっ!」

 ネロスのバギーは、後ろのコンテナの車輪に村人を巻き込みながら爆走していく。血の海を渡る、まるで人間耕耘機だ。なのに、操縦する者の目には、ドラゴンしか見えていない。

「いっせい射!あの大物を絡め獲って、報償にあずかれ!」

 その声に応答し、何台かのバギーが走り出てきた。広場の四方からモリを撃った連中だ。手に手に、携帯式の射出ガンを持っている。それが王様に向け、次々と撃ち込まれる。王様の動きは鈍い。モリは正確に命中していく。小さなモリだが、矢尻から伸びる細縄が厄介だ。こんなものでも、何本もまとわりつかれれば、空を飛ぶものにとっては自由を奪われ、身動きが取れなくなる。王様はついに、ドラゴンのモニュメントの上に落下した。

「ようし、拘束しろ」

 広場に立ち上がる長大なワラ束を中心に、バギーが縦横に走りまわる。そのたびに、縄は複雑にこんがらかり、王様は台上に固定されていく。ネロスのコンテナがモニュメントの腹の下を二度、三度とくぐると、たとえドラゴンの力でも飛び立てまいという「磔(はりつけ)」が仕上がった。

「火を放てっ!」

 一台のバギーが、ドラゴンに向けて火種を投げ込んだ。なんということだ。ワラ束はみるみるうちに燃え上がっていく。油が染み込ませてあったのだ。

「王様っ!」

 ビュッ・・・

 叫ぶジュビーの目の前で、村人のひとりが首を掻き切られた。バギーを降りた党兵らが、父親を足の下に敷き、ジュビーの腕をねじ上げている。この連中は、間違いなく最強の精鋭だ。

「剣を捨てろ!」

 オレに向かって叫ぶ党兵は、ジュビーののどに鋭い刃を突きつけている。しかし、これはポーズに過ぎない。剣をそちらに向け、構え直した。

「その子を傷つけられるわけがない。だって、女帝陛下の娘なんだろ?」

 ところが、党兵は余裕しゃくしゃくの顔だ。

「陛下のご命令は、デッド・オア・アライブだ。父娘の確保は、死体の状態でもかまわない」

 マジか。どういうことなのかさっぱりわからない。英雄を常に支えた美しき妃は、ドラゴンの尾にかかって左手首を失ったのち、悲劇の女帝として玉座に迎えられた。今の新秩序もまた、亡き英雄の思想のもと、女帝によって築かれたものだ。そんな女帝陛下が、元夫と自分の子供の命を狙うとは、まったく解せない。

「観念しろ」

 こうなると、おとなしく言うことを聞くしかない。剣を足元に置いた。手を後ろにまわして、縛るにまかせる。

 g・・・yrっ・・・kkkxっっャアアア・・・

 王様ドラゴンの苦悶の声が、広場に響き渡る。火に強い生物とはいえ、この業火にあぶり立てられては、さすがにつらい。ネロスは、王様を殺す気なのか。

「十分に弱らせろ。生殺しだ。生かして捕獲するのが最重要だ」

 英雄は死んでもかまわないが、ドラゴンは生け捕りに・・・事態はすでに、オレの理解を超えている。

「くっ・・・そう・・・」

 大気に異様な緊張がひしめいている。ドラゴンの放つ気だ。王様は絶叫しながらも、長い首を伸ばす。その先には、小さなドラゴンが吊るされているのだ。その首根っこを、そっと甘噛みにくわえる。そして、この子だけは傷つかないようにと、高々と空に掲げた。少しでも火から遠ざけようというのだ。なんというやさしさだろう。自らの肉体が焼かれ、耐火のウロコが限界なのか、肉の焼ける臭いまでしはじめているというのに。

 ドラゴンの絶叫を聞きつけたか、周辺の村からも党の応援部隊が駆けつけてきた。蜂起した人々は、少数の党兵たちによって、ほとんど殲滅されたようだ。残った者は、ネロスの前に深々とひれ伏し、恭順を誓っている。

 ジュビーと父親は捕縛され、ドラゴンを焼く炎の前にひざまずかされた。

「王様っ・・・おうさまっ!!!」

 のどが張り裂けんばかりの叫び声がむなしく響く。ドラゴンの絶叫との、不調和なユニゾンだ。胸が締めつけられる。そんなオレも、剣を奪われ、背中で両手首合わせに縛られている。血が止まりそうなほどの強さだ。なすすべがない。

 ネロスは、大きな機動部隊を空っぽの地に差し向ける一方で、英雄父娘と王様ドラゴンを自分のところへおびき出し、ひとり勝ちを目論んだ。策略に絶対の自信があり、この少数の戦力を村に残しさえすれば、勝機十分と考えたのだ。そして実際、十分だったというわけだ。こちらの完全な敗北だ。

 ぼそり、しわがれ声がしぼり出される。

「俺としたことが、このザマはないな・・・」

 不意に、ジュビーの父親・・・いや、伝説の人物、カプー・ワルドーが独白をはじめた。

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