第11話・戦場

「そろそろ、やばいぞ・・・」

 乾燥地帯を抜け、土がぬめりはじめたかと思ったら、たちまち背景に緑野が立ち上がってきた。いよいよひとが住める環境に突入だ。

「しっ・・・」

 ッッ・・・ッっっ・・・

「・・・バギーだ。歩兵も。それに、重火器を積んだコンテナ・・・かなりの数量だ」

 さっきから、地面の震えを感じる。それに、かすかな音も聞こえはじめた。父親も気がついているようだ。

「ふむ。貴様、まんざら間抜けというわけでもなかったか」

「あの林の向こう、すぐあたりだ」

 草の原に、足跡で踏み固められた道らしきものが何本も交差している。前方に、明らかに人工的に整えられた林。その奥に、重厚な車両の気配がある。人里だ。しかも、物騒な。党の兵団の駐屯地かもしれない。戦いに備えているのか、あるいは・・・

「王様を奪いにいくつもりよ」

 ジュビーの目の色が変わった。

「コンテナは、モリを撃ち出す砲を積んでいるはず」

「なるほど・・・ドラゴン狩りか・・・」

「ネロスよ。確信がある。今やドラゴンは、超希少。あいつは、最後の大物である王様をつけ狙っているの」

「なかなかの分析だな。ここらからあの山腹のオアシスまでは、バギーを使えば、わずか二昼夜だ」

「そう。ドラゴンの捕獲と運搬用の車両を、目的地にいちばん近いこの村に集めているんだわ」

 だとすれば、ここにいる連中には、オレたち三人の面も割れている。最大限の警戒をしなければならない。逃げるが勝ちだが、振り返ると・・・

「どれ、叩きつぶすか」

 父親が前のめりになっている。この父娘なら、ふところに飛び込んで真っ向勝負を挑むだろう。

「まてまて・・・あわてるなって。まずはオレが斥候に這い込んでみるから」

 事態の確認もせずに、派手な斬り合いなどごめんだ。

「馬鹿め。様子を見たところで、なにになる。めんどうだ。相手がネロスだろうと、他の何者だろうと、このまま堂々と乗り込めばよい」

「いいから、ここで待ってろって、たのむから!」

 様子見がめんどうなものか。三人で乗り込めば、車椅子の人物が、最大にめんどうな事態を引き起こしてくれるに決まっている。オレひとりで潜り込むのがいい。

「わたしもいく」

「ジュビー、きみは・・・」

 ドンッ・・・!

 突如、爆薬が炸裂する大響音がとどろいた。同時に、林の上空に黒煙が上がる。そして、風を引き裂く速度の残滓・・・砲弾や銃弾が飛び交うこだまだ。さらに、炸裂の応酬。

「おいおい、交戦してるぞ・・・」

「ほう、党の砲撃に抵抗しているとなれば・・・」

「ゲリラ・・・『マモリ』か?」

 助太刀したいところだが、父娘のはしゃぎすぎが怖い。やはり・・・

「オレが様子をさぐりに・・・」

 言うがはやいか、肩をつかまれた。

「見にいこうっ・・・フラワーっ」

 その手は震えている。そして、ものすごい体温がこもっている。振り向くと、少女は熱とはまったく相反し、青ざめていた。オレの肩をつかむその手は、戦いに対する意欲をにじませながら、助けを乞うているかのようだ。

「おびえてるのか?」

「ちがう。だけど・・・つれていってほしい・・・」

 きれいでしなやかな指だ。手の平は薄く、柔らかい。その手が、オレの肩袖をぎゅっと握りしめる。ふと、これがジュビーとのはじめての直接な触れ合いだと気づいた。そして、思い至った。少女が当初からオレに求めていたのは、引越しの腕力などではなく、戦いのレクチャーだったのではないか、と。

「わたし・・・戦場を、見ておかないと・・・」

「見ておく・・・ったって、あぶないんだぞ」

「わかっている・・・つもり・・・」

 どうやら、戦場に足を踏み入れることさえはじめてらしい。果樹に囲まれたオアシスでぬくぬくと育ち、ケンカの強い父親に守られ、動かぬ木を相手に武器使いの腕は磨いたものの、銃弾が飛び交うステージには立ったこともなければ、舞台ソデから眺めた経験もなかったわけだ。荒くれ者をとっちめるくらいのことはあったかもしれないが、そんな際にいつもそばについていてくれたドラゴンも、今はいない。弱い弱い自分を、はじめて自覚しているのかもしれない。あれだけ跳ねっ返りな振る舞いをつづけたのは、気持ちを強く保つための粋がりだった、というところか。

「銃も、砲も使われてるんだ」

「・・・でも・・・いくよ」

 気丈に口をぎゅっと結んで見せるが、瞳の中にはおびえの色がありありだ。

「あのな、ケンカ祭を見物するようなわけにはいかないんだ。わかってるのか?」

「・・・うん」

「下手したら、ケガを負うかもしれない」

「・・・そうだね、死ぬかもしれないし・・・」

「ああ・・・そのとおりだ」

 こちらを見つめる目を背けない。ジュビーは真剣だ。いや、切実、と言うべきか。

「でも・・・どうしても見ておかないとだめなの」

 これもまた、父親が言うところの「通過儀礼」というやつなのか。たいした教育を施したものだ。

「おい、こら、小僧」

 きたよ。やっぱしだ。

「娘を連れてゆけ。遅かれはやかれ、経験せねばならぬことよ」

 そしてひとたび経験を積めば、ヌートンの実をもぐように、ひとの死が日常になるわけだ。

「ただし、この子にキズひとつつけてはならぬ」

 もちろんそのつもりだ。少女に向き直る。

「いいか、ジュビー。ひとがじゃんじゃん死んでいくんだぞ。わかってるのか?」

「わかっている。わたしには、現実を見る必要がある」

 決意は固い。

「・・・よし、そこまで言うのなら、断る理由もない。ただし、交戦には加わらない。遠くからのぞくだけだ」

 ジュビーは、こくりとうなずいた。

「後ろを離れるなよ」

「うんっ」

 車椅子の父親を木陰に隠し、ジュビーとふたり、林に入った。腰をかがめ、草むらを小走りに進む。

 ズズン・・・

 時折り、炸裂の轟音とともに、大地を揺るがす振動がくる。重厚な火器を使っている。こんな辺境の村を相手に用いるべき武器なのか?

 ぴゅん、ぴゅん・・・

 空気を切り裂く音が、頭上をかすめていく。横で震える小さな頭を押さえつけ、伏せる。炎、黒煙、叫声・・・まだ現場からは離れているが、すでに血なまぐささが漂ってくる。穀物畑を這って進み、ひとの顔が拝める位置まで移動する。

「見ろ・・・」

 古式ゆかしい剣やヤリを振り上げた、装具も着けない百姓たち。それに対して、砲を搭載したコンテナや装甲バギーは、まったく慈悲を知らない。問答無用に銃弾を撃ち込んでいく。村のみすぼらしい衛兵たちは、水で張り詰めた皮袋のように、胸や腹をはじけさせる。党のエンブレムを横面に輝かせるバギーは、車輪で「民」の肉を耕し、土に帰す。そして次なる不帰順者のからだを破きに、忙しく轍をにじっていく。

「ひどい・・・」

 地面にあごをつけたジュビーは眉をひそめ、目の前の惨劇から目を背けている。

「これが見たくてきたんだろ。ちゃんと直視するんだ」

 少女は吐きそうなのだ。が、奥歯を嚙みしめ、目を見開く。すべてを記憶しようとばかりに、まっすぐな瞳で見つめる。震えを止めようと満身に力が込もり、余計にがくがくと震えてしまう。

「まるで・・・ゲームみたい・・・」

「近頃の戦争は、どこも一方的なゲームだ。党は、信じられない物量を辺境地にまで投下するんだ。従うか、壊滅するか。不帰順者には、それしか選択肢がない」

 剣の時代じゃないからな、という言葉がのどまで出かかったが、飲み込んだ。オレはまだ、剣を捨てられない。そしてたぶん、この子も。

「『マモリ』はどうしているの?」

「まともにやり合ったんじゃ勝ち目がないんで、組織ごと地下にもぐったよ。文字通りに穴を掘って、相手の裏を突き、死角から爆薬を抱えて飛び込むくらいしか抵抗しようがないんだ」

「ゲリラ・・・」

「『テロル』というんだ。だけどマモリ側のこの方法もまた陰湿で、残虐で・・・そうするとまた報復、そのまた報復、と、お互いの恨みは倍々に増幅していく」

 最近の戦場では、いざや、と男気を押し立てて誇りをやり取りする、いわゆるチャンバラは流行らない。そもそも、片方・・・党側が圧倒的な火器を持ち出し、完膚なきまでに撃ち込むので、とてもフェアな戦いにはならないのだ。たまらずマモリ側は地下にもぐり、ゲリラ戦法で敵の物量に抗することとなる。おかげで戦地の光景は、よりむごたらしく、お互いの憎悪も回復不可能なまでに根深いものとなる。

 それにしても、党がなぜこれほどの火力を使えるのかが不可解だ。爆性燃料は、極めて貴重なのだ。「国家建設」党を名乗るのなら、燃料は鉱物採掘場や建築現場で効率的に用いて、民のために社会基盤を整えるのがスジだろう。なのに党は、この貴重品を、構築よりも破壊のほうにふんだんに費やし、飽くことを知らない。最近では、どんな辺境の部隊にも燃料を潤沢にゆき渡らせている。よほどに膨大な資源泉を掘り当てたのだろう。まるで無尽蔵に手に入るとでも言わんばかりの大盤振る舞いだ。資源を独り占めにできる党は、この圧倒的物量でもって不帰順地を粉砕しつづけ、「国家建設」を進める。この時代には、火力こそが力であり、それを手に入れた者こそが支配者なのだ。

 わずか半刻ほどで、戦況・・・と言っていいものか、いたぶりの光景は落ち着いた。遠く、党側の勝鬨の声が聞こえる。穀物倉が明かされ、大量の爆発物が運び出されていく。この村は、マモリの弾薬庫だったのかもしれない。オレたちが最初に聞いた爆裂は、どうやらマモリの最後の抵抗だったようだ。しかし、そのレジスタンスは粉砕された。

「・・・これが党のやり方だ。そして、マモリはあの隠し持った爆薬で、都市部となればあたり構わず破壊し、住む人間を無差別に殺戮しまくる。それがこの時代の戦争だよ」

 あたりに漂っていた黒煙が、ようやく一掃された。死人の処理を終えた村の中心の広場に、ドラゴン捕獲用の機材が運び込まれてくる。想像を絶する物量だ。やはりここを、ジュビーたちのオアシス強襲のための前線基地にしようというプランだ。これらを総動員されたら、いかにあの屈強な王様ドラゴンといえども、太刀打ちはできそうにない。

「ネロスがいないな・・・」

 新たに張られた天幕で指揮を執っている上官の中にも、あっちへこっちへと立ち働いている下士官の中にも、あのキザなヒゲ野郎の姿が見えない。

「どういうことだ?あいつが手引きしてることは間違いないのに・・・」

 横を見ると、ジュビーはもうネロスどころではない。戦場を目にしたショックが大きすぎたようだ。

「勝負はついた。これじゃ、オレたちにはどうすることもできない。引き上げよう」

 なにを言っても、心ここにあらずだ。力のこもらない少女の手を取り、きびすを返す。

「おい、ジュビーっ!」

「はっ・・・」

 ジュビーはようやく我に返った。思い描いていた画づらと、あまりにもかけ離れた現実を見たのだ。彼女は今まで、戦争を、多くの者が参加するチャンバラと考えていたにちがいない。いや、事実として以前はそうだったのだ。親の世代が聞かせる当初の戦いは、むしろ優雅を感じさせるほどのものだ。双方に自尊心があり、誇りを賭けてやり合った。そこには、相手に対する敬意も、敗者をおもんぱかる心配りもあった。しかし、今や戦争は、予算と効率の作業だ。

「自分の目で見て、満足か?」

 少女は息をつき、こくん、とうなずいた。

「それでも、危険を侵して都にいく意味はあるのか?」

 引く手の震えは、もう止まっている。

「こんな戦争を終わらせるためなら・・・いくよ」

 またデカイことを言っている。おしっこをちびりそうなほどのおびえようだったくせに。この誇大妄想は、どうしたわけか。しかしその声には、はっきりとした意思がみなぎっている。

「どうやって終わらせるって?」

「・・・わからない」 

 この父娘が新世界秩序に向けるまなざしの厳しさは、尋常ではない。それが正義感からくるものか、あるいは怨嗟に突き動かされてのものなのか・・・だが、彼女は変わろうとしている。

「今日、震えた自分を忘れないよ・・・」

 この不思議なまでの純度、そして高潔な志しの源泉は、いったいなんなのか。理解を超えている。狂っているとさえ思える。なのになぜだか、この子は本当に世界を変えてしまいそうな、そんなぼんやりとした予感もある。それは、出会ったときから持っていた直感だ。


 身を低くして安全を確保しつつ、父親の元に戻った。車椅子の父親は、おとなしく物陰に隠れてでもいるかと思いきや、やはりそんなタマではなかった。林の入り口で出くわしたのだろうか。戦闘用の装束を着た男を、車輪の下に踏んづけている。さらに、両手にナイフ。勇ましいことだが・・・

「おいおい、おっさん・・・また殺しちゃいないだろうな・・・」

「大丈夫だ。殺す前に、聞き出しておいた」

 殺す前、と言ったのか?父親は車椅子を動かしたが、地面に突っ伏した男は、両手の甲に重い轍の跡を残したまま、動こうとしない。こと切れていることは明白だ。

「あのなあ・・・目の前の敵を減らす分だけ、追っ手が倍々に増えてくって理屈がわからないのか?」

「ネロスは、この先の村にいる」

 殺す前に、この見張り兵から情報を得たのだ。どんな方法を使ったのかは、死体の状態を見れば推察できる。ジュビーは、そのむごたらしさに、顔をしかめている。

「・・・なんでこの兵がしゃべってくれたのか、訊くのはやめとくよ」

「親切だったのだ」

「それにしても、奇妙な話だな。あのネロスが、おいしいネタだけこの部隊に流して、肝心のドラゴン狩りにつき合わないなんて・・・」

「なにかよからぬことを考えているわけだな。あるいは・・・」

 あるいは、もっと大事な用ができたのだ。くすねたドラゴンの卵がかえった。そいつを都の女帝陛下に献上する・・・とか。

「さて若者たち、どうするかな?ネロスを避けて通るか、正面からぶつかるか・・・」

 父親が不敵に口をゆがめながら、こちらの表情をのぞき見てくる。剣を握る手が熱く疼く。柄が炎のようにたぎっているのを感じる。両親の仇とやり合いたい。しかし、決意表明は少女の方が先だった。

「ネロスとはどのみち、都にいくまでに顔を合わせると思うわ。だったら、はやく決着をつけたほうがいい」

 ジュビーも疼いている。この子は、ひとを殺したがっている。それが自分にとっての成人式だとでも言いだしそうだ。ネロスなら、遠慮も躊躇もなく、さほど悔悟を感じることもなく、切り刻めると思っているのだろう。しかし・・・

「あいつは強いぞ・・・」

 はっきりと言える。機はまだ熟していない。それでも・・・

「とりあえず、その村にいってみよう」

 ジュビーがうなずく。父親は口元で、ふっ、と笑うのみだ。

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