蛇人の賞金稼ぎ ザハーク【闇の炎と光の泉】

須能 雪羽

第一幕:浮遊島

第1話:白き竜とザハーク

「さあ、さっそくひと暴れといこうか」


 ザハークは信頼する相棒の首すじを、さあっと撫でた。彼女・・は気持ちの良さそうに、主の身体と同じ大きさの頭をふるふると揺らす。直後「キュエエッ」と、漂う雲を散り散りにする裂帛の叫びも。

 晴れと呼ぶには及第点だろう。真白な塊の目立つ空を翔け、向かう先へ大きな島があった。ただしその下に、川も海もない。


「宙に浮かぶ天空都市とは、聞いた通りだ。いい眺めじゃないか、なあ相棒」


 切ると突くの両方を出来るよう、長い刃を持たせた槍。白い羽毛の生えた騎竜、ダージの首に乗って振るうのは高い技術を要求された。

 何しろすれ違いざま、斬りつけるタイミングはほんの一瞬しかないのだ。もちろん相棒の長い首には、刃を当てることなく。

 その為に革の胸当ては、急所だけを分厚くさせている。それ以外は生成りの長袖と長ズボン。


「後ろから襲えれば簡単なんだが――」


 最初は麦のひと粒ほどだった人影が、どの人相も区別がつくようになった。牛に牽かれた荷車を、大きな鳥が襲っている。

 いやその背にも、人が在った。

 乗用に訓練された、騎獣としての巨鳥だ。片翼だけで馬の二頭分よりも長い。それが三羽と三人。どれも肉食の鋭い嘴を持つ。


「そう上手くはいかねえか!」


 気づかれた。赤と青の二羽はそのまま、全身グレーの一羽がこちらへ首を向ける。

 上を取る気だ。位置は変えず、上昇していく。羽ばたきからの急降下が、巨鳥の最高速度を引き出す。


「へえ、ものを知ってる野郎だ。ただの盗賊じゃねえな。だが――」


 一対一ならば。セオリーだけを語るなら。上昇は正しい判断だ。けれども今は、その例に相当しない条件が二つある。


「こっちはわざわざ、お前が下りてくるまで待ってやる義理はねえ」


 ただ上を取らせたのでは不利になる。だからたいていの相手は、さらに上へ行こうとするだろう。しかしザハークは、上昇するグレーに構わず、赤と青へ向かう。

 幌を剥がした荷車を引き倒すつもりか、二羽は鉤爪をかけようとしていた。その足元をかすめるように、ダージに巻いた手綱を操作する。


「とっとと逃げなきゃ怪我するぜ!」


 翔け抜ける。と同時に声を張り、逃走を勧めた。顔面も覆う飛空帽フライトキャップが、増幅して相手の耳に届けてくれる。少々の羽音や剣戟があっても、問題はない。


「こ、こっちに来るのかよ!」

「ふざけた野郎だ!」


 青はたじろぎ、横飛びに逃げた。赤は「次を受け止める」とでも言う気か、両翼をいっぱいに広げさせ威嚇する。


「警告はしたぜ!」


 あちらの得物も槍だ。ザハークのとは違い、叩きつけて切るだけの。

 反転してダージの首を伸ばさせ、速度を上げる。羽毛に包まれた姿で、騎竜とは気づかないのだろう。油断しているうちに、一撃で決めたかった。

 はっきりと見えていた景色が、横長に滲んで後ろへ飛び退る。敵と見定めた赤い巨鳥の騎手だけが、たしかな姿を留めた。


錐揉みダーレン!」


 すれ違う寸前、手綱を左手に引く。合図を聞き届けたダージはその通り、前進に錐揉み回転を加えた。

 上下逆さとなったザハークの頭上。正確には頭の下を、相手の槍が空振る。勢い余ってがら空きとなった背に、槍の尻を叩きつけた。


「うわあああ!」


 タイミングを遅らせた為に、突進の勢いは乗っていない。革鎧の上へ、ザハークの腕力のみであれば骨折程度で済むだろう。

 だが巨鳥の首からは振り落とされた。無理な体重移動がされれば、いかに大きな鳥でも支えきれない。


「さて次はどっちかな」


 百メルテほども行き過ぎ、緩やかなカーブで回り込んでいく。逃げ腰の青は、遥か上空のグレーの様子を窺っている。


「やっぱりあっちがリーダーか」


 相手の人間関係は知らないが、指揮を与える立場なのは間違いない。ならばグレーを倒すことで、青も間違いなく降伏するはずだ。


「下りてくる度胸があれば、かかってきな!」


 また叫んだ。詳しい理屈は知らぬものの、ある程度以上の大声だけを飛空帽は増幅してくれる。

 構造上、波打った声になるのはどうしようもないらしいが。


「ほざけ!」


 太陽を背に、グレーが舞い降りる。得物の影は見えない。つまり、振る準備をしていない。突撃槍ランスだ。


「最大最強の一撃があれば他は要らないって? いい判断だ」


 急降下からの一撃が外れたとして、その勢いでもってまた上昇も速い。上から下へは、常に最短距離を選ぶことが可能だ。だから一旦頭上を取られれば、繰り返しの攻撃を避ける一方となる。

 というのは、騎獣の速度に差がないときの話だが。


「どうする相棒。格の違いを見せつけるか、丸焼きローストチキンにするか」


 尋ねるとダージは、くわっと顎を広げ息を吸い込む。今日の夕食にしたいようだ。速度自慢は次回に譲ることとなる。


「行くぜ!」


 既にグレーは半分ほどを過ぎた。ザハークはようやく緩やかに上昇を始め、迎え撃つ。


炎をラハブ!」


 ほんの軽く、手綱を引く。合図と共に、白い閃光が迸った。焚き火のような揺らめきなど全くない。あたかも光の槍のごとく、高熱の息が直線に伸びる。


「えっ、どこに行くんだよ」


 グレーの巨鳥は下りる方向を変えた。騎手はその背で、竜の吐息を信じられないという風に振り返る。あちらも飛空帽をかぶって、顔は見えないが。

 彼は勝負を避けた。黒焦げの未来を予知したからでなく、落下した仲間を救いに行ったのだ。


「そう来られると、追うに追えねえんだよなあ」


 地面でぐったりとしていた赤の騎手を拾い、自身の背に乗せた。撤退の号令も必要ないだろう。去っていく背を、青も慌てて追いかける。


「やれやれ、取り逃がしたか」


 本心ではどうとも思っていない。被害を受けた荷車の者たちが無事であれば、他は取るに足らぬことだ。

 ゆったりと、浮遊島の外周を舐めるように飛ぶ。槍を二つに折って、鞍の金具に固定した。


「ああ、怪しい者じゃない。降りて挨拶させてもらう」


 言い終わったころには、荷車の脇へダージの脚が着いていた。鞍の取っ手に手を掛け、首すじを撫でながら滑り下りる。


「助けてはもらったようだ」


 怪我をした者も居るらしい。無事な中の一人が迎えてくれる。しかし友好的とは言い難かった。

 左胸だけを隠す金属の胸当て。上下揃いの革衣。手には剣を持ち、賊が去った今も収められてはいない。

 同じ格好の者が八人。ザハークをぐるり、取り囲む。


「飛空帽を取れ。そして名乗れ」

「はいはい、そう焦りなさんな。慌てて得なことなんか、そうそうありゃしねえぜ?」


 腰に短刀はある。が、抜くつもりはない。指示に従って、飛空帽の固定ベルトに手をかけた。

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