チャチャチャ、茶々っ子、お茶丸さんとちゃっかり応援……誰の恋!?

夜野 舞斗

第1話 放課後お茶会部・絶体絶命!

「どうしよう……」


 少女のくりくりとした眼が潤んだまま、僕の姿を捉えている。高校生とは思えない位に幼さが残った顔に困惑の表情が浮かんでいた。本来白かった顔は青ざめ、丁寧に整えられていたはずの黒いおかっぱ頭がくしゃくしゃになっている。


「ああ……非常にマズイ事態だな」


 僕も彼女の言葉に腕を組みながら、何度も何度も首を縦に振っていた。目線の先にあるのは、机とその上にある緑茶に沈んだラブレターである。しれも、そのラブレターは他人が少女に託したものなのだ。「告白するために書いた恋文を愛しの彼に渡してくれないか」と。

 託された側である彼女は、倒した真っ黒な湯飲みを持って僕に弱音を吐いてきた。彼女は相当参っているようだ。


「どうしよう。私、とんでもないことしちゃった」


 犯した過ちを取り返しのつかないことだと彼女は嘆く。僕も起きてしまった事態と後に起こるであろう悲劇を想像し、わなわなと震えていた。このラブレターを書いた人が泣き喚き、何をするか分からない。

 最悪、僕や少女のポストに爆弾が投げ込まれる可能性もある。頭を小刻みに揺らし、嫌な想像を払拭しながら、少女に冷静になれ、と命じてみた。


「お茶丸、一旦落ち着け。落ち着いて、何かできないか振り返ってみよう」



 数分前に時間を遡る。


 僕とクラスメイトであるお茶丸は夕陽差す教室の中で「放課後ティーパーティ」を嗜んでいた。はい、そこ。少女がどのような理由でお茶丸なんて呼ばれているのか気になってはいないだろうか。本名、丸山チャナ。茶農家の孫娘である彼女はチャナと指名されるより、お茶丸という古風な渾名で自分を呼んでほしいと頼んできたのだ。詳細は知らない。きっと、お茶丸が自分の名前を気に入らなかっただけなのだと思うが。

 そんな彼女と僕は「お茶が好き」、「絶対に部活に入らないといけない学校の中で特に入りたいものがない」という単純明快な理由で「放課後お茶会部」と勝手に部活を作り出した。


 放課後になったら、お茶を飲み、部員とお菓子を食っちゃべる。時間が来たら適当に帰る。高校二年の今に至るまでは、そんなゆったりとしたスローライフを送れていたのだ。

 しかし、二年になって初の部活動で悲劇は起こった。お茶丸が熱い緑茶と煎餅を賞味している最中のこと。「そうだ。ちょっと見てほしいものがあるんだよね」と床に置いてあったリュックから一通の手紙を取り出したのが悲劇の始まりだった。


「あのさ、立春くん。新しいクラスメイトにフミって子がいるでしょ?」


 フ、フミ……か。


「フ……」

「ん?」

「いや、フミが文を渡してきたってことかっ!」

「いきなり駄洒落!? 今はそうじゃないでしょ!」


 ああ……そうだった。お茶丸が困ってるんだよな。


「ええと、確か、小柄なツインテールの子だろ。その子と、その手紙と何の関係があるんだ?」

「彼女に隣のクラスの子にラブレターを渡してって、言われちゃったの」

「そうか。その渡す対象がお茶丸の知り合いなのか?」


 僕の問いに彼女ははっきり否定した。


「知らない。アイドントノーだよ! 元々、フミって子もそこまで親しくないし!」

「何じゃ、そりゃ!? えっ、じゃ、じゃじゃ、じゃあ、えっ?」


 お茶丸の話に思わず僕は口に含んでいた緑茶を噴き出した。何故にお茶丸が赤の他人から、見知らぬ他人へとラブレターを渡すよう頼まれたのだろうか。それ、一番気まずくなるの、お茶丸の立場だよね?

 もしもラブレターを受け取った彼が「ええ……好みじゃないし……」とか、「ああ、俺彼女いるから! そいつにごめんって言っといて」って依頼人をフる言動をしたら、一番困るのお茶丸だよね!? 「えっ、フミちゃんフラれちゃったよ。えっ、どう伝えればいいの? 下手に言ったらフミちゃんが傷つくし……」と苦悩するのお茶丸だよね!?

 何? フミって子はお茶丸に積年の恨みでも何かあるのかな? 


「ううん……困ったよ。原因としては、私達の部活内容が何故か『放課後お茶会部』から『恋愛相談部』に変わってたことだって思うんだよね。恋愛に関する部活だと思われてたらしいの」

「えっ、何!? それ、初耳なんだけど!? えっ、僕達が作った『放課後お茶会部』じゃないの?」


 僕の疑問に彼女は額から大量の汗を流し、おかっぱ頭を手でいじりながら返答した。


「勘違いされたみたいだよ? 誤解って怖いね。あんまり活動実績がない部活だから何やってるか分かんなかったんだって。で、適当に答えたら噂になったみたい」

「誰、原因の発端は?」

「うちの顧問」


 意図せず喉の奥から「あああああ……」と変な声が出てしまった。あの女性教師、面倒なことが嫌だからこの部活の顧問になったと聞いていたが。まさか、面倒なこと作ってくるなんて聞いてねえぞ! あのビッチがっ!

 顧問に対する僕の怒りをお茶丸は「まあまあ、落ち着いてよ。こっちも部活動の情報を先生に言わなかった私の責任でもあるんだから」と宥めてくる。「それよりも……」と言って、彼女は机にラブレターを置いた。


「これこれ……」


 失礼ながら心の中で「うっ」と呟いてしまった。ラブレターの白い便せんにはそのまま「恋愛成就」の御守りが何枚も貼られていた。便せんの表には「I LOVE YOU」と黒い筆ペンらしきもので力強く書かれていた。

 愛が重い……!

 きっと、この依頼人であるフミは自分がフラれることを万に一つも想定していないに決まってる。もしもフラれなんかしたら、お茶丸の身が危ないのではないかと思えてしまう。フミは「嘘だっ!」と叫び、「お前があたしの恋を邪魔してるんだな! なら消してやる!」と襲い掛かってきそうな気がする。


 心配のし過ぎかな? いや、これでも心配が足りないような……。


「断った方がいいのかもしれないな。荷が重すぎますって」


 僕が感じたことをそのまま発言したら、彼女も目を閉じて同意してくれた。


「そうだね。人の恋愛事情にそこまで踏み込むと後が怖いし」


 そうして、彼女は机からラブレターを下げようとした。その引こうとする手が勢いよくお茶丸の湯飲みにぶつかった。湯呑が倒れ、お茶が机を伝っている。本当に突然だった。僕があまりの出来事に放心している間に机は濡れ、ラブレターが緑茶の色に染まっていた。


「えっ……お茶丸……これって?」


 悲劇が起こった後に一言、彼女は緩やかな顔でこう言った。


「うわぁ……ラブレターがお茶と遊びたいって言ってるね! み、緑のコントラストが、き、綺麗だねぇ! ラブレタ―……滅茶苦茶になったねぇ……あは、あはは……あははははは……うわあああああああん」


 一秒も待たず、お茶丸の表情が絶望へと変わっていったなんて説明は必要だったであろうか。

 あまりの状況に僕の胸中もたまらない程に苦しかった。

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