うまくいかない恋の話 ②

 あの頃、彼と付き合おうと思えば付き合えたのだと思う。

 だけど他の女の子のように、愛情もなく体を重ねるだけで、引き留められもせず捨てられるのはイヤだった。

 だからあえて、彼とそんな関係になることだけは避けようと思った。

 誰と付き合っても長続きせず、恋愛においては誰にも執着しない彼をただ見ているだけで、その気持ちに気付かれることもなく何年も想い続けた。

 その一方でユキは、別れても痛くもなんともない距離感を保てる何人かの人と付き合ったりもした。

 本当に好きな人には想いを伝えることもできず、自分を好きだと言ってくれる人との適当な付き合いばかりを繰り返しているうちに大人になり、彼はいつしか遠い人になった。

 今でもその彼を好きなのかと言うと、自分でもよくわからない。

 彼の恋愛対象になることをあきらめたのは、もう随分昔の話だ。

 今更好きだとか付き合おうとか言っても信じてもらえそうもないし、もしそれが原因で友達でいることもできなくなってしまったらと思うと、簡単に口には出せない。

 結局、この想いは永遠に胸に閉じ込めておくか、忘れてしまうしかないのだろう。


(なんで今頃になって思い出すんだろ。もうずっと前にあきらめたつもりだったのに)


 思い返してみればろくな恋愛をして来なかったなと、ユキはため息をついた。

 そもそも、恋愛なんて呼べる代物だったのか?

 いい加減現実を見なければと思うほど、胸にモヤモヤと複雑な思いが込み上げる。

 なんだか無性に飲みたい気分だ。


(そうだ……こんな時は……)


 戸締まりを確認してサロンを出ると、ユキは自宅とは真逆の方向へ歩き出した。



 サロンから歩いて10分足らずのそのバーに、ユキは足を踏み入れた。

 店内を見渡して、カウンター席に見慣れた後ろ姿を見つけた。


(やっぱりいた……)


 ユキはニヤリと笑いながらそっと近付き、すぐそばに立ってその背中をバシンと叩いた。


「いってぇ!!」


 驚いて声を上げながら振り返るアキラの顔を見て、ユキは満足そうに笑った。


「よう、アキ」

「何すんだテメェ!!いてぇだろうが!」

「アキが一人寂しく飲んでるだろうと思って来てやったんだよ。優しいだろ?」

「余計なお世話だっつーの!!」


 カウンターの中では、マナブが相変わらずの二人の様子を見て笑っている。


「いらっしゃい、ユキちゃん。仕事帰り?」

「うん。ジントニックちょうだい」


 ユキはアキラの隣の席に座ってタバコに火をつけた。

 マナブとは、アキラがバンドをやっていた頃にもライブに足を運んで何度かは会っていたけれど、マナブがこのバーで働き始めてから頻繁にアキラと飲みに来るので、ユキも次第に仲良くなった。

 このバー以外では会わないので、友達と言うよりは、常連客とバーテンダーと言う感じだ。

 アキラはタバコに口をつけて呆れたようにユキを見ている。


「仕事帰りって……オマエんちと真逆の方向じゃねぇか」

「いいじゃん、別に。今日は飲みたい気分だったの。悪い?」

「悪いとは言ってねぇだろ。誰にでもそんな日はあるしな」


 アキラの様子がなんだか少しいつもと違うことにユキは気付いた。

 なんとなく落ち込んでいるような、悩みごとでもあるような、難しい顔をしている。


「はい、ジントニックお待たせ」


 ユキはマナブからジントニックを受け取り、グラスを傾けながらアキラの様子を窺う。


「アキ、どうかした?なんか悩みごとでもあんの?」


 思いがけないことをユキから尋ねられたアキラは、少しうろたえている。


「悩んでるわけじゃねぇよ。ちょっと考えごとしてただけだ」

「ふーん?聞くくらいならできるけど?」

「ユキに話したってしょうがねぇんだけどな」


 アキラが話したがらないところを見ると、大方恋愛絡みのことなのだろう。

 二人でしんみりと恋愛の話をするなんて、似合わないことはやめておこうとユキは思う。


「そう?じゃあ聞くのやめとくわ」

「意外とあっさりだな」

「誰にでもそんな日はあるからね」


 人に話してもどうにもならない恋の悩みは自分にもあると、ユキは苦笑いを浮かべてグラスを傾けた。


「真似すんな、バーカ」

「バカとはなんだ、バーカ」


 遠慮なく言いたいことを言い合って、憎まれ口を叩ける関係は、とてもラクだし居心地がいい。

 口には出さないが、この歳になっても昔と変わらず一緒にいられる貴重な友達だとお互いに思っている。


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