完全犯罪

天野蒼空

今日も二人きり

 音楽室や美術室の並ぶ、特別棟四階の一室、生徒会室。一般生徒の下校のチャイムが鳴った後も、学校のため、生徒のために、遅くまで仕事をしている事が多い。

 しかし、


「今日も二人きりですね、新田先輩」


 私はいつも言っている言葉を今日も言う。

 時計は一般生徒の下校時間から三十分経ったところを指している。外はもう薄暗くなっていて、ガラス窓の向こうに一番星が光っていた。


「ああ。みんな忙しいみたいだからな」


 パソコンから目を離そうともしないで答えた。キーボードを打つ音が静かな生徒会室に鳴り響く。


「習い事の宿題が終わっていないっていって帰ったのが一人、塾があるって言っていたのが一人。ああ、そういえば愛犬に会いたいって言っていたのと、不幸の手紙をもらったって言っていたのが二人いたな」


「なんだ、新田先輩、みんなの帰った理由ちゃんと聞いていたんですね」


「不幸の手紙には驚いた。そんな言い訳しなくても、帰りたいなら帰りたいと言ってくれればいいのに」


「いや、あれ本当に不幸の手紙ですよ。今日は早く学校から出ないと大変なことが起きるって書いてあるんです」


 私が書いた手紙だから内容はわかっている。内容を信じて帰ってくれてよかった。


「須藤も貰ったのか ? 帰らなくて平気なのか ? 」


「いえ、私は聞いただけです」


 すました表情と声を取り繕って、私はそう答えた。


「須藤も忙しかったら帰ってもいいんだぞ。これくらいの仕事、俺一人でもなんとかなる」


「いえいえ、新田先輩は一応生徒会長ですから。副会長である私が、ちゃーんと補佐しないといけないんですよ」


「一応ってなんだよ。二年連続生徒会長だぞ。それに、補佐するっていうくらいなら、そこで数学の問題とにらめっこしながら唸るのをやめるんだな」


 鼻で笑って新田先輩がそう言ったので、思わず立ち上がる。


「ちゃんと補佐しますよ ! 」


「何してくれるんだい ? 」


「そうですね、新田先輩、休憩にしましょう」


 今日はいいものがある。だから新田先輩にはお茶を飲んでもらわないといけないのだ。


「まだ仕事は残っているぞ。要望書も次の定例部長会議や委員長会議の資料、それに……」


「と、とにかく、休憩したほうがこの後の仕事の効率が上がりますよ」


 指折り仕事の数を数え始めた新田先輩を遮り、テンション高めに言った。


「こうやって学校でお茶ができるのって、やっぱり生徒会特権ですよね」


 棚からティーセットを出し、水の入ったやかんを火にかける。茶葉を量り取り、ティーポットの中に入れる。


「なんだ、そのために生徒会に入ったのか ? 」


「そんな理由じゃないですよ。もっとしっかりとした理由があります。だいたい私は、この学校に入学したときから生徒会に入るって決めていたんです」


「それはすごいな。そんなにこの学校は酷かったか ? 」


 少し残念そうに新田先輩が聞く。


「残念なんかじゃないですよ。すごかったんです。すごかったから、生徒会に入ろうと思ったんです」


 そう言って私は生徒会に入りたいと思ったときのことを思い出していた。

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