第13話 変化

『ほぅ、ほぅ、ほぉたるこい』


 虫以外、すべてのものが寝静まってしまったような静かな夜。アユムは呟くような静かな詠唱を唱えていた。


 すると、アユムの手の平からは小さな光が零れるように次から次へと現れた。その光はゆっくりと移動しながら、ゆらゆらと明滅し、辺りを柔らかく照らし出す。

 美しい光景だ。だがかつてはあれほどはしゃいだ光景も、一人では思ったよりも楽しくない。

 アユムがぎゅっと手を握ると、辺りの光はふっと掻き消え、静寂な闇が訪れた。


 ちょっと前まで魔法なんて何も使えなかったのに。


 アユムは手をぐっぱと開いたり閉じたりしながら、まじまじと見つめる。胸をじわじわと占める高揚感と、少しの喪失感。いま僕は、違う世界にいる。アユムはそのことをじんわりと実感していた。


 僕は変わってきている。


 とくに田植えで唄ったあの日以来、アユムには小さな変化が現れていた。

 以前よりも魔法が使いやすいのだ。


 あのときルジアから託されたペンダント。そこから感じる染み入るような温かさが、まだ胸の中に残っているような気がするのだ。

 目が覚めたときにはもうあの石はなく、誰に訊ねても「儀式用の大事な石だ」としか教えてもらえず見せてすら貰えなかった。だから詳細はわからないが、あの石が特別なものだということはわかった。

 

 この力があれば。


 アユムは独り、にやりと笑った。

 悲しくなんてないんだ。と、寂しさ胸に押し込めて。


「……っ、捕まえた‼」


 次の日、アユムたちがいつものように鬼ごっこをしていたときのことだ。


 いつものように、次々と捕まえていくレイ。


 あとは残っているのは誰だ?


 レイが辺りを見渡すと、少し先にアユムがいるのが見えた。こちらを見て、にやにやと笑い明らかに挑発している。あの野郎。レイは気合を入れて走り出した。

 いつものように、すぐ捕まえられると思っていたのに。中々その差が埋まらない。そのことに戸惑いながら、前へ前へと必死に力を振り絞る。

 

 そしてようやく、その手がアユムの肩にかかった。


 鬼であるレイの手がアユムの肩を強く引っ張ると、二人はその場に倒れ込んだ。ぜぇぜぇと荒い息を吐く二人。それを見ていた周りは、信じられないものを見たようにざわざわとはしゃいでいた。


「やるじゃんか、アユム」


 少し悔しそうにレイがアユムを称賛すると、アユムは荒い息をしながら満面の笑みを浮かべた。


「でもまだまだレイには敵わないや」


 アユムは負けたにもかかわらず、満足げだ。


「いきなりどうしてこんなに速くなったんだ?」


 レイは首を傾げ訊ねた。だがアユムはどう答えたものかと逡巡した後、「秘密の訓練をしたのさ」としか答えなかった。

 自分でもいま何が起きていて、それがいつまで続くかわからなかったし、またあの石を使えるとも思えなかったからだ。




「それでね、僕あと少しでレイから逃げきれるところだったんだ」


 その晩、アユムは食事をしながら楽しそうに語った。ユウはそれをうんうんと穏やかに笑いながら聞いている。しかしちらりとサリナを見てみると、サリナは聞いていないように無表情で食事を続けていた。

 それが悔しかったアユムはより臨場感を持たせようと、いかにして魔法を使ったのかなどを語るのだが、サリナの無表情を崩すことは結局できなかった。

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