玻璃と青い本(GL) 1304字/30分

 一人の神が男を作った。

 もう一人の神が女を作った。

 二人の神は自分が作ったものこそ最高傑作であると譲らず、互いに相容れようとはしなかった為、男は女を(女は男を)忌み嫌うようになった。

 ――こうして今でも男は男と、女は女とつがう事が自然なのである。

「……というのはどうかな」

「無理があります、先輩」

 先輩は後輩を壁際に追い詰めて、要約すると「きみがすきだよ」と言った。

 後輩は先輩の両腕に囲われて壁に背を突き、呆れた顔で頭を振った。

「どうしてだい、私は君のことが好きだし、君だって私のことが好きだろう?」

「そりゃ先輩の事は好きですけど、そういう好きじゃないって何回も言ってるじゃないですか」

「『好き』の種類なんてどうやって分けるんだい、君が勝手に分類した気になっているだけじゃあないか? 私と同じ、同種の『好き』である可能性は、ゼロではないだろう?」

 先輩の口上は変わらず(それこそ初めて出会った、後輩の入学式、桜の散るあの門の前から)、立て板に水を流すかのように続く。

「好きだよ。君が、好きだ」

 初めて会った時も、部活が同じだと知った時も、本を読む横顔に見惚れる時も、言葉を交わす時も、つまりは、どんな時もどんな時も君が好きだと。先輩は熱っぽく唇を震わせる。

 細くしなやかな手は押し退けようにもそれに似合わぬ力強さでもって後輩を囲い続けている。

 先輩が放っておけば一時間でも二時間でも愛を語り続ける事は実体験済みで、後輩はちらりと教室の時計を確認した。ドラマの再放送まで一時間を切っている。

 小さく、先輩にはわからないように、後輩は深呼吸をした。

「……ああもう! 先輩、いい加減にして下さい」

 突然声を荒らげた後輩に、先輩はいちど瞬きをした。

 いい加減にして下さい、と落ち着いた声で言い直した後輩は、その凛と光る、先輩がいとしく思ってやまない目で先輩を見上げた。

「もう、先輩の事が嫌いになっちゃいそうです」

 先輩は大きく目を見開いて、それから痛みに耐えるように目を伏せて後ずさった。

 力の緩んだ腕をのけて脱出した後輩は、ぎゅうっと本を抱き締めた。青い布張りの本。

「……ごめんなさい」

 ぽつりと落ちた声に、先輩がびくりと肩を跳ねさせる。ごめんなさい。こういう場面での常套句だ。

「嘘です。先輩の事、嫌いになんかならないです。おかしな話ですよね、正直先輩うざいししつこいし気持ち悪いのに、どうしてだか」

 迷うような言葉が、想定していたものとは違うその言葉が、ゆっくりと先輩の体に染み込む。枯れた土地が雨を吸うように。

「それ、は」

「違います」

 きっぱりと否定の言葉を投げる後輩を見る先輩の目は、いつもと同じ、おそろしく美しい硝子のような色になっていた。

「違わないよ、君、私が教えてあげるから今日こそ私の家に」

「行きません」

 鞄を机の横から持ち上げ、昇降口へと向かう後輩を追いかける先輩はにこにこと笑っている。

「今日は両親がいないんだ」

「ますます行きません」

「おや、何を想像したんだい?」

 ばごん。

 薄い革製の物が顔面にぶつけられる音がした。

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