恐怖 ④
「え!?ええぇ!?」
目が点になる。
目の前に突如現れたのは、まるでファッションモデルかと思う様な引き締まった素晴らしいプロポーションを持つ女性だった。
そして、まるでメロンの様に大きくて美しい『物』が二つ付いていた。
唐突な全裸変身シーンを目の当たりにして、俺は反射的に目を伏せてしまう。
人間では無いくせに、こんな状況では人間と同じ理性が働いてしまったのだ。
だが……
ダメだ!とても我慢出来ない!何としても見たい!こんなチャンス、滅多にある事では無い!
濁流の様な激しい感情に理性が弾け飛んだ。
地球で養った人間の常識など、跡形もなく吹き飛んでいた。
理性なんかでは、俺自身が生来持っている異常な"変態性"を抑える事が出来なかったのだ。
照れくささと鼻血が出そうになるのを必死で耐えながら、俺は勇気を振り絞って視線を上げた。
「ぶっ!」
なんと言う美しさ。
なんと言う破壊力。
まるで魔法にでもかかってしまったかの様。
それは、思春期の俺に耐えられるようなものでは無かった。
再び視線を外す。
ツツッ……と、鼻血が流れていた。
今の俺程度では、長い時間凝視出来るような代物では無い。
見られないように、慌てて"スケベ液"を拭う。
「目を逸らさずに、もっと良く私の姿を良く見てみろ!どうだ?」
「え、いや!よく見てみろと言われましても!大きな竜が突然変身したり美女が現れたり、脳が混乱していましてっ!それに、大変有難いのですが、僕には刺激が強すぎまして……」
「何を言っている?私の姿をちゃんと良く見てみろ!」
恐る恐る視線を上げる。
洞窟内の薄暗さで鮮明に見えなかったのが幸いしたが、何度見てもとんでもない破壊力だった。
もしここが視界の良い明るい場所であったなら、間違い無く出血多量で死んでいただろう……
恐ろしい竜の姿とその重く神々しい声から、てっきり雄だと思い込んでしまっていたが、マテラは女性過ぎる程に女性部分が突出した雌だったようだ。
「はい。とても、とてつもなく綺麗です……」
心からの感想だった。
そして、完全に記憶出来た。
今の美しい映像を強烈に脳内に焼き付けた。
これで、どんな時でも目を閉じれば再び『今の感動』を味わう事が出来る。
この時こそ、この『記憶能力』に感謝した事は無かった。
マテラは一人で興奮している俺を特に気にする事もなく、どこからか布のような物を取り出して大雑把に身体に纏った。
「ああ……」
思わず声が漏れてしまう。
空前のサービスタイムが終わりを告げる。
だが、流石にあのままの姿では俺も理性が保て無かったと思うので、寂しくもあるがホッとした自分もいた。
それに、もういつでも今の状況は脳内再生出来るからだ。
余りにも突然過ぎた"ラッキースケベ"の所為で、ついつい裸にばかり目が行ってしまっていたが、冷静になって顔を見てみると、彼女の顔はその美しいプロポーションに負けないどころか、それ以上に輝いて見えた。
彼女の頭の上には、二本の小さなツノが生えており、髪の毛はまるで翡翠が練り込まれているかのように煌めいている。
腰まであるその絹のように細くて美しい髪は、揺れる度にキラキラと輝いて光を反射する。
魂を奪われるかと思うほど、とてもとても綺麗だった。
スラリとした細くて長い脚は、まるで陶器のように白くて滑らかで1点の汚れもない。
完全な曲線美が布によって半端に隠された事によって、余計に際立って艶やしく見えた。
「おぉぉ……なんて、綺麗なんだ……」
「ふふふ。有難う。そうマジマジと見てくれるな。照れてしまう」
見ろと言ったり見るなと言ったり……
美しい芸術品と究極のエロス。
言葉とは裏腹に、恥ずかしがる素振りなど1mmも感じさせる様子もなく、その堂々とした立ち振る舞いに、神々しさすら感じられる。
布を纏ってくれたおかげで、ずっと直視出来るようになっていた。
もう記憶は出来ている。
それでも、何時間でも鑑賞していられると思った。
「いや、でも本当に綺麗だ。こんな綺麗な人を見たのは生まれて初めてです。貴方は人間に変身出来るんですか?」
薄暗がりとはいえ、初めて見た女性の裸と、その余りの綺麗さと美しさに驚いていた。
美しい女性の容姿を褒める。
簡単な事のようでいて、俺には難しかった事。
日本で同級生の容姿を褒めた事など、恥ずかしくて一度も出来なかった思春期真っ盛りの俺であったが、彼女の美しさの前には、恥ずかしいと思う気持ちすら、吹き飛んでいたのだ。
「ふふふ。これが私の本当の姿だ。竜の姿は獣を威圧する為だけのものだ。だけど余りに長い間、竜の姿のままでいたので"その事"すら忘れてしまっていたんだよ」
「なる程……」
良く分からない理屈だったが、きっとそういう物なのだろう。と納得しておいた。
そんな事よりも、突然彼女が『綺麗なお姉さんの姿』になった途端に、俺は自身のみすぼらしい動物の皮を纏っただけの、今の自分の姿が恥ずかしくなった。
みすぼらしいだけではなく、返り血や臓物で不潔で悪臭も漂っている。
いくら何でも、こんな姿でレディの前に立つべきでは無い。
俺は恥ずかしさの余り耳まで真っ赤になっていた。
マテラが竜の姿の時は、そんな事気にもならなかったと言うのに。
「私は、色んな物に変身する事ができるんだ。その力を使って、大きな竜の姿に変身してたという訳だ」
「変身!?そんな能力があるんですか!?凄い!何にでも変身出来るんですか?」
「もちろん制約はあるが、過去に対峙した生物や、それに近いものなら何にでも可能だ」
彼女は実際にその場で小鳥の様な小さな生物や、俺が見たことも無いドロドロの液体生物に変身して見せてくれた。
「うぉお!すげぇっ!」
それは、俺が初めて見た本物の"超能力"だった。
"変身"など漫画などではありきたりな能力だが、生で見た衝撃は凄まじいものだ。
俺がずっと隠していた"体重操作"の力などマテラの前では、"超能力"と呼ぶ事すら恥ずかしくなる。
「だ、だけどやっぱりさっきの綺麗なお姉さんの元の姿でお願いします! しかし、なんて凄い能力なんだ!」
驚き喜びつつも、慌てて元の綺麗なお姉さんに戻ってくれるように嘆願した。
だれが好き好んで綺麗なお姉さんとドロドロの気持ち悪い生物の後者を選ぶものか!
恥ずかしい気持ちはあっても、出来る事ならずっと美しいお姉さんを見ていたかったのだ。
「そうか、わかった。ところで……私は"人間"ではないぞ? 姿形は似ているかも知れないが、"人間"とは全く違う"竜人"という"竜"を祖とする種族だ。佑弥は私が人間では無いと知って不気味か?その気になれば人間など瞬く間に殺せる力も持っているぞ?私が怖くなってしまったか?」
彼女は笑顔で、そう俺に問うた。
「あ……」
突然のラッキースケベや変身に興奮していた俺は、自分の正体がバレてしまって事をすっかり忘れてしまっていたのだ。
あれ程正体がバレる事を恐れていたと言うのに、自分でも拍子抜けしまう程に頭の中から"その事"は消えてしまっていた。
思い出した今でも、恐怖感は感じない。
疎外感など全く感じない。
その気になれば殺せる。
と言われた所で目の前の女性が意味もなく俺を殺すとは、今は思わない。
怖いのはそれを持つ中身の方だ。
銃を持っているのが犯罪者なら怖くても、警察官ならば怖くない。
「ふふふ……」
マテラが笑っていた。
笑顔がたまらなく魅力的だった。
答えなど必要も無かった。
この笑顔が全ての答えだ。
俺も過剰だった被害妄想に笑いが込み上げてきた。
俺は一体何に苦しんでいたのだろう?
そもそも、さっきまで目の前に居たのは人間とはかけ離れた存在の巨大な『竜』である。
一体、その竜に『人間では無い』事がバレた所で何があったと言うのか?
何を恐れる必要があったと言うのか?
自分の馬鹿さ加減に呆れてしまう。
よりにもよって、竜に向かって『俺は不気味ですか?』などと質問してしまったのだ。
マテラは『俺が人間では無くても全く気にしない』と100万回説明して言葉で伝える事よりも、たった一度変身するだけで、遥かに多くの大切な事を俺に伝えてくれた。
カチャリ……
なんだか、ずっと永い間俺の心にかかっていた"鍵"の様な物が外れた。
そんな気がした。
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