死ぬという事 ③

 渾身の《加重》操作。

 怪物の右足が、左足よりも若干地面にくい込んでいる。ような気がする。


『ギャ?……』


「つ、通じたか!?」


 怪物の歩みに、僅かな遅れ。

 うまくバランスを取る事が出来ずに、少し動きにくそうだった。

 ノラ犬程度なら地面に張り付かせる事が出来る程の俺の力。

 他の動物のように、重さで完全に動けなくする事は出来なかったようだが、それでもこの化け物相手にも少しの効果はあった。

 これで時間稼ぎになる。

 たった、これだけでも。


「うおお!」


 残った左手で自分の足をわし掴む。

 右肩の痛みを感じている猶予は無い。

 追撃がほんの少しでも鈍くなっている間に、恐怖で固まっている俺の足を、無理やり地面から引き剥がした。

 硬直した右足は1cm前に動いた。

 左足は2cm。そしてまた右足も4cm。

 動く。

 少しずつ身体が、自由を取り戻していく。

 心は、既に自由を取り戻している。


「ぐおうりゃあ!」


 ガクガクしながら走り出す。

 それでもまだ、身体が重い。

 まるで自分の身体とは思えないぐらい、自由が効かない。

 恐怖とは、これほどまでに身体の自由を奪うものだったのか。

 だが、そんな悠長な事も考えている猶予は無い。

 怪物は少し歩みが遅くなっただけで、今もまだ追いかけて来る。


 「ならば!今度はこっちだ!」


 自分の体重を浮かないギリギリまで《減重》させた。

 軽くし過ぎると、走る反動で身体が浮いてしまう。

 そうならないように、大地を足で蹴れるギリギリの。

 風圧で身体が飛ばされないギリギリの。

 その感覚はお手の物。

 子供の頃から、ずっとやっている。

 誰も見てない所で何度も何度も遊んでた。

 風のように速く走る事だって出来た。

 こんな巨大な怪物に戦闘を挑んだ所で、絶対に勝てる訳が無い。

 だけど、逃げるだけならば!!


「うわああ!」


 軽くなった身体とかろうじて動くようになった両足で、取り柄である逃げ足の速さを活かして全速力で走り出した。


 ドシーン! ドシーン!!


 再び地響きが鳴る。

 数百kgは《加重》してやってる筈だというのに、怪物は足を引き摺りながらもまだ追い掛けてくる。

 あんな少しぐらいのでは全く満足しちゃいない。

 もっともっと。と言い出しそうな顔で迫ってくる。

 あんなに走りにくそうなのに、絶対に"餌"を逃がすまいと、追いかけて来る。

 だが、先程に比べれば明らかに速度は低下している。

 

「ちくしょう!」


 逃げる。

 一直線に少しでも遠くへ。

 もう身体は自由に動く。

 対して怪物は自由には動けない。

 俺の《力》は怪物にでも確実に効いていた。


 ドシーン!!ドシーン!!


 しかし、何せあのサイズ感だ。

 緩慢に見えても、歩幅に圧倒的な不利があった。

 俺の一歩と怪物の一歩では進む距離が違い過ぎるのだ。

 少しづつ、少しづつ差が縮まっている。

 だが、心はもう動いている。

 もう諦めなかった。


「ならば!これでどうだ!堕ちろぉ!」


 ドシィ~ン! 地震のような地響きをたてながら、怪物が前のめりに転倒する。

 今度は頭部の重さを《加重》したのだ。

 

「馬鹿野郎!これで諦めろ!」


 相当派手にすっ転んだので牙が数本折れて、口からダラダラと血を流していた。

 流石の怪物も、この衝撃は相当効いたはず。

 急激に頭部の重さを増やした事で、その重さを首の筋力で支える事が出来ずにバランスを崩し、顔面から全力で地面にダイブしたのだ。

 軽くて人間だって顔面から転けたら大怪我になる。

 元から巨大で重い怪物の頭部がさらに重くされ、あんなに高い位置から顔面ダイブしたのだ。

 効かない筈が無い。

 

「ばーか!お前なんかに掴まんねぇよ!」


 怪物が止まっている隙に全力で逃走した。

 足はもう完全に動いている。

 驚く程の速度で走り続けた。

 何が何でも止まる訳には行かない。

 並の人間ならとっくにスタミナが切れていたろうが、俺の体力は人間なんかとは比べものにならない。

 更には体重も限界まで減少させている。

 いつまででも全力で走り続ける事が出来る。

 対して怪物は、顔面を地面に強打し、頭に重い重りを背負わされて、まともに走る事など出来なくなっている。

 縮まっていた距離が一気に開いていく。

 それでも俺は、全力で走り続けた。


 

 ✩.*˚



「ふぅ……流石にもう大丈夫だろう」


 数分も走り続けていたので、怪物の姿はもう見えなくなっていた。

 俺を追う不快な地鳴りも聞こえない。

 もう《力》の範囲からは外れている筈だが、流石に怪物も諦めたのだろう。

 何とか絶体絶命の危機から抜け出せたようだ。


「しかし、何だったんだあれは!?あんな巨大な怪物、テレビでも見た事無いぞ!何なんだこの世界は!?」


 絶体絶命のピンチを切り抜けて、今起こった出来事を思い返し、再び蘇ってきた痛みと恐怖に襲われる。

 あんなのがウヨウヨいると言うなら、いくら俺でも逃げ続けられない。

 これが夢であって欲しいと、心から願った。

 だが、生々しく無くなった肩部はしっかりといる。

 血は止まっていたので出血死する事は無さそうだが、痛みは少しも収まっていない。

 千切れかかった右腕をどれだけ動かそうとしても、動く気配が無い。

 打撲や骨折はほっといていてもすぐに治る。

 だが、『欠損』なんか一度もした事がない。

 無くなった肩部からは、いつもの様に『モヤ』が出ているが、こんなので治るとは思えなかった。

 

 緊張が薄まって、痛みは更に強くなってくる。

 残念ながら、これは夢では無く現実なのだ。


「ここに居たらまた何かに襲われるかもしれない。安全な場所を探そう。まずはこの訳のわからない状況を判断しないと……」


 ここで立ち尽くしていても、何か状況が変わるとは思えなかった。

 見ていても、もう肩は生えてこない。

 何かしらの治療法も考えなければならない。

 安全な場所と人を探す。

 もしかすれば、運良く人が見つけられる可能性に賭けて、この場から移動する事にした。


「とは言ったものの、どこに行けば……」


 遠くでは火山が噴火しており、吹き付ける砂嵐は傷付いた身体を更に痛めつける。

 空は不気味な赤褐色に曇っており、大地は平らな部分など少しも無く、荒れ果てた岩だらけ。

 人が住んでいそうな気配など1mmも感じない。

 それでも、探すしかない。

 取り敢えず歩き出した。

 俺は、この見渡す限りのとてつもなく広い地獄のような荒野に向かって歩み出したのだ。



 炉林佑弥いろりばやしゆうや .... ??

 HP ... 人間以上

 MP ... 無し

 力 ... 虚弱

 魔力 ... 無し

 耐久力 ... 見た目よりかなり頑丈

 敏捷 ... 力を使えば素早い

 属性 ... 青白いが健康

 特技 ... 【体重操作】【?】


 人間に比べれば痛みに強く、簡単な傷なら《モヤ》による自己修復機能がある。

 五感全てが人間よりも優れている。

 記憶力に優れている。


 特技【体重操作】

 目で見て認識出来る自分を含めた全ての"対象物"の重さを増減する事が出来る。

 距離と範囲によって増減幅が変わる。

 近くにある小さな物には効果が高い。

 遠くにある巨大な物には効果が薄い。

 最も効果を発揮するのは自身の身体で、増減幅は減らす分には"無"まで、増やす分には数倍ぐらいまで。

 自分以外の重さを操作する場合は増減幅が減る。




 

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