第8章

第27話 消えた?

 クロが消えた……

今まで、確かにそこに存在したはずのクロの姿が今は私の目には映らなくなっていた。


「あ……」


 声にもならない声が漏れる。

クロとの思い出が蘇ってくる。

経験したことがないので分からないが、走馬燈というのはこういうものかもしれない。


「違う……嘘だよ、こんなの」


私は、目の前で起きている状況を信じたくはなかった。


「今から、何だよ……」


 何も聞こえないはずの室内から、クロが私を呼ぶ声が反復される。

私の目からは、涙がこぼれ落ちていた。


「やだよ、こんなの……せっかく仲直りしたばかりなのに……」


 私はその場で、膝から崩れ落ちた。


「なんでよ……」


 残されているのは、クロが持っていたテレビのリモコンと転がっている電池。


「アイス、買いに行くんじゃなかったの……」


 ポタポタと涙が床に滴り落ちる。


「おお! 行くよっ!」


 私の頭上から聞きなれた声が放たれる。


「なんたって、クロはアイスが大好きだからね!!」


 クロだ。

そこには、消えたはずのクロが立っていた。


「クロ……」


 そのクロの姿を見て、私は少し安心した。


「かおる、泣いているの!?」


 クロは私の表情を見て、慌てた様子で聞いてきた。


「あれ? クロ、今まで何していたんだろ……」


 クロは少し不思議そうな表情を浮べていた。

私は、安心した涙と不安になった涙が混ざり合っていた。


「かおる、ちょっと待ってて!!」


 クロは、何かを思いついたような表情を浮べて、まだ荷ほどきしていない段ボールの方へ走っていった。


「えっと、ここに、うーん……」


 クロは、ガサガサと段ボールの中を漁っていた。

何かを探している様子である。


「こっち見たらだめだよ!!」


 どうやら、まだ見てはいけないらしい。


「かおるのヒーロー、ママクロだよ!!」


 クロは両手を力持ちと言って掲げた。

クロが探していたのは、エプロンだったらしい。

ドヤ顔を浮かべている。


「かおるは、いい子いい子」


 クロは優しく私を抱きしめると、ゆっくりと頭を撫でてくれる。


「クロ……」


 私は、声にもならないような声で言った。


「ずっと、いて……私のそばに」

「ん? クロはずーっといるよー!」


 クロは優しく微笑んだ。

その笑顔は、何と表現するのが正しいのか、私には言葉が見つからなかった。


 暑い夏の日、外から聞こえるセミの鳴き声とクロの体温を私は感じていた。


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