誕生編

プロローグ

二度目の人生のアドバンテージとは何だろうか。

言わずもがなそれは“前世の経験を持ち越す”ことだろう。例えば前世が料理人や医者ならばその技を生かし、更に昇華させることもできるだろう。そんな技がなくても、そういえば何かの本で読んだという知識でも大いに役立つことがあるかもしれない。


――ではもしもがなかったら?前世の記憶などなく、ただ自分がという事実だけを知っていたとしたら?

果たしてそれに意味はあるのだろうか。


私の名前はウィリディス・ゲール。生まれた時からその奇妙な事実に直面した、ただのどこにでもいる農民だ。

いや、嘘。ただの、と言い切るには私の生まれ、というか母は特別だ。母の名前はルージュ・ゲール。一度見たら忘れられない絶世の美貌を持つエルフ。父は人間。プルウィア王国の端、バナーレ村の更に端で農業を営む普通で、しかし尊敬すべき父親だ。


この二人の間に生まれた私は所謂ハーフエルフというものになるのだけれど、耳が若干とがっている以外は普通の人間と変わらない。残念ながら顔面も変わらない。

なーんの力もない私だが、なぜか生まれた時からこれが二度目の生だと自覚していた。しかしどれだけ頭を捻っても逆立ちしても死にかけても前世の記憶とやらが戻ることはなく、時折自分でも知らない言葉が口を突いて出る以外はいたって普通のハーフエルフ。


まぁ、そんな何でもない私は、どういうわけか現在進行形でその何でもない人生を踏み外してしまった。

享年十歳。

二度目の人生を始めて十年。私は早くもお亡くなりになった。そして見知らぬ畳一畳分の空間に座り込んでいるのだけれど……。


「ていうか畳って何?」

「ツッコミどころは他にもあると思うんだよなぁ」


どこからともなく聞こえる声に辺りを見回すが、やはり周りには何もない。ここが死後の世界なのだとしたら、正直言ってとても退屈だ。どこにも行けないし、面白味もない。

死ぬんじゃなかった。

今更そんなことを思っても遅いけれど。そして死ぬつもりで跡をつけたわけじゃないけど。

あぁ、そうだ。跡なんてつけなければよかったんだ。知らないふりをするか、さっさと大人を呼べばこの結末は回避できたかもしれないのに。


「不覚」


ん~~っっ!と頭を抱えてのたうち回っても事実は変わらない。

私は死んだ。

それも腹に風穴を開けられて。せめてもの救いは痛みを感じる前に意識がなくなったことだろうか。

あの場にはアムもいたけどどうなっただろう。逃げろ、と言いたかったけど口から出たのは泡立った血だけだった。

逃げているといい。巻き込んだのは私で、アムは悪くないから。いや、嘘。一割ぐらいは悪い。


「はぁ……父さん、母さん」


将来は父さんみたいな立派な農家になりたかった。七歳になってようやく仕事の手伝いができるようになったのに、たった三年で強制終了とは。

夢を叶えられなかったことも残念だけれど、それより両親より先に死んでしまったことに対して申し訳なさが湧く。母さんは純粋なエルフだから無理だとしても、父さんよりは長生きできるはずだったのに。


「残念無念また来世」


があるのか、果たして。

はぁ、と再び溜息をついてたいした高さもない天井を見上げる。


私の名前はウィリディス・ゲール。

何でもない人生を送るはずだった、ただのハーフエルフだ。

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