GROTESQUE.1000

古川暁

成功者

『おはようございます。七時になりました。……』

聞きもしない、つけっぱなしのテレビから音が流れる。

『天気予報です。気象庁によりますと伊豆諸島……』

コーヒーを入れ男はトースターの前に立ちはだかる。少し色の付きすぎたトーストが音を立て飛び出してきた。冷蔵庫から取り出したマーガリンを雑に塗りたくりそのまま台所でトースターを咥える。マーガリンを冷蔵庫に戻し、食器棚から皿を取り口に加えていたトーストを置く。

『関東甲信地方では今日昼過ぎから、関東地方南部を中心に大雨となるでしょう。……』

食べ終えた皿を机の端に押しやり足を組んで新聞を広げる。男にとってテレビはBGMに過ぎない。

『昨日、愛知県名古屋市の飲食店で、包丁を持っ……』

新聞を読み終えた男はテレビを消し支度をして家を出て行った。下げられ無かった皿には既にハエが一匹止まっていた。


男は自称錬金術師であった。


週末はアパートから徒歩5分の吉野町公園の広場で大道芸を行う。その投げ銭が男の主な収入だった。四十間近の男ならそろそろ置かれた帽子の内側に鉄っぽい匂いもつき始めてもいい頃合いだったが彼の帽子は乾いた砂の匂いしかしなかった。足りない生活費は若くして亡くなった両親の遺産で補っていた。

男が荷物を広げ声を上げる。

「今から鳩を人間に変えてみるぞ。」

その声を聞きつけた子供達が数人男の周りに集まった。

人がある程度集まると男は満足気な笑みを浮かべ、ちょうど目の前をひょこひょこと歩いていた鳩に向かい念を込め始めた。

……。

何も起きない鳩。焦り始める男。退屈した子供達。苦笑いをする保護者。その沈黙を破る様に大雨が突然降り出した。蜘蛛の子を散らした様に人影が公園からたちまち姿を消して行く。男もまた、空っぽの帽子を拾い家へと帰っていった。


缶コーヒーを開け、コンビニで買ってきた回鍋肉をレンジから取り出す。手の癖としてテレビの電源を入れる。 

『ヒットで勝ち越しピッチャーは七人の継投で相手の攻……』

割り箸に付いていた爪楊枝を加えながら新聞の夕刊を広げる。

『今日午前、神奈川県横浜市吉野町の住宅街で身元不明の全裸の男性が死亡しているのが確認されました。捜査関係者によりますと死因は非常に高い所からの転落だそうですが、周辺には高い建物も死体を動かした様子も見られず、まるでヘラコプターか何かから転落死したようだと記者会見で発表しました。しかし、今日吉野町周辺を飛んだ機体は無く、警察は不可能犯罪として事件の……』

男は新聞をめくる。その時男はそっと視線をテレビに移した。


男は錬金術師であった。


次の日の朝、男はまた食べ終えた皿を押しやる。そして、コーヒーを啜りながら求人雑誌を広げた。



『了』

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