第14話 ハッカーと逃亡。

 アメリナの全武装に特殊なウイルスを流し込んだ。

 だがそれだけでは不十分だ。

 大久保大輔の知り合いの、ヒューズ捜査官を頼りに、独立端末のある兵器についても調べてみた。が、調べきれないらしい。

 なら、連絡網をハッキングするしかない。しかし……。

「国会では審議になっているそうだな」

「ああ。人権の放棄など初めてだからな。笹原総理も焦っているのだろう」

 大久保が不満げに呟くと、タバコを灰皿に押しつける。

「正直、言うとお前みたいなひよっこが国の命運を背負っているなんて馬鹿らしいと思っている。……それと同時に、頼りすぎているとも感じるな」

「頼りすぎている……といわれても、俺以外にはできないだろ?」

「その若さで傲慢になっていると、足下をすくわれるぞ」

「手厳しいな。それも笹原総理の意向か?」

「いや、さっきからの発言はすべて俺の意思だ。他意はない」

 厳しさを秘めた瞳に負けて、うつむく。

 大久保のいうことは正しいのかもしれない。だが、俺にも矜持というものがある。ハッカーでいられなくなるのは寂しい。

 国会はどう集結させるつもりなのか……。

 国連からの圧力は日に日にましているという。特にアメリナの大統領マットイェンス=スピナが高圧的な態度をとり続けている。

『ジオパンクは犯罪者をかくまっている』と。

 そういったこともあり、連日報道陣がざわめいているが、本名などは公表されていない。

 きっと報道陣のトップが握っているスキャンダルが効いているのだろう。

「しかし、貴様みたいな子どもがハウンドだとはな……」

 ここ二日間、鳴瀬颯真と接して分かるようになった。

 食べ物はカップ麺。トイレの後の蛇口は開けっぱなし。掃除はしない。

 絵に描いたようなダメっぷりだが、プログラミングやハッキングに関しては、優れた才を発揮する。

 一秒の間もなくキーボードを叩く颯真の横顔は、どこからどうみても働く男のそれだった。

(かっこいいじゃねーか。くそ)

 内心、悪態をつく大久保だった。

 大久保大輔は裕福な家庭で育った。母は保安局、父は外交官だ。年は23歳。妹に大久保美柑みかんがいる。としは17歳。年の離れた兄妹だ。妹には秘密だが、酒の勢いで生まれた妹である。

 そんな妹とは違い、愛情をたっぷりと受けて育った大輔は親の七光りによって今の境遇にたどり着いた。親の下働きだが、それでも年収は1000万を超える。その割に自由がきく。

 それに対し、妹の美柑は金を欲するようになっていた。れた環境の中で育ったのだ。金こそが全てになっていった。金を集めるため、男の懐に入り、寄生虫のように金をむさぼる。今もこの男――鳴瀬颯真の懐を狙っている。妹は歪んでしまった。それもこれも家族である大輔たちの責任だ。

 その責任をまっとうしたいが、それだけではなく鳴瀬という人間にも変わる要因を求めてしまっている。

「なあ、お前は美柑のどこがいい?」

「はぁ? なんだ急に」

 自作の攻撃プログラムを作りながら、そんな質問が投げかけられる。

「まあ、可愛いよな。あとしっかりしているな。のんびりした口調なのに……」

「ああ。そうか」

 こいつなら信頼できる、と思わせてくれる発言だった。大輔にとって、それは大きな一歩だった。それで美柑もなついているのだろう。

『颯真、大変なことになっているわよ』

 メッセが飛んできて、颯真は慌てて国会議事堂の議事録にアクセスする。

《鳴瀬颯真の人権破棄を無効とする》

 それが政府高官と裁判官の決定だった。

「そんな……」

 驚きの声を上げたのは他でもない俺だった。

「お前の天下もそれまでだったようだな」

 大輔がつまらないものをみたかのように呟く。

「お兄ちゃん、そんな言いかたないの!」

 振り向くとそこには美柑が立っていた。どうやらホテルでの生活を見に来てくれたらしい。なんて優しい子だ。

「ああ。お前も来ていたのか。美柑」

「当たり前なの。わたしもお兄ちゃんと一緒なら安心だね!」

「…………」

 颯真は風前の灯火なのに、こんなに元気だという。

「あれ? 空気間違えちゃったの?」

「ああ。こいつ、ハウンドは明日にも逮捕される。そこで正しい判決がくだされるだろう」

「そう、なの……」

 美柑の歯切れの悪い言葉に同情の色が見える。

「変わったな。美柑」

 大輔がそう呟くと、美柑の顔色が明るく変わる。

「え。そ、そうなの……?」

「あー。そうかもしれないな」

 俺が呟き返すと、困惑した顔を浮かべる美柑。

 以前よりもこびた笑みを浮かべなくなっていた。

「そうなのかな?」

 未だに疑問符を浮かべている美柑。


 シャワーを浴び、夕食を済ませると、俺は床に就いた。

 次の日の朝。

 大久保大輔と大久保美柑はいなかった。

 いつも通りパソコンを立ち上げると、そこにはたくさんのメールが届いていた。春海からだ。

『逃げて!』

 と一言だけ添えてあった。

 次の瞬間、スマホが鳴り響く。

 手にして開いてみると、春海からの電話だった。

『颯真。そこから逃げて!』

「どういうことだ?」

『昨日の夜に可決されたわ。今、警官隊がそちらに向かっている』

「マジか」

『マジよ』

 俺は慌ててノートパソコンを持って走り出す。

 このために美柑や大輔は部屋を開けていたのだ。二人は政府側の人間。そういうことだ。

 つまり、政府側が俺を裏切ったのだ。

 スマホにはさらなる報告が入る。

 アメリナの大統領に身柄を引き渡す、と。

 次に入る情報は『右から降りて』だった。

 俺は訳も分からずに、右の階段を通って降りる。

 降りた先で左に曲がり、階段を駆け下りていく。

 春海の報告を受けて示された道順どおりに走る。

 よく見ると表玄関には警察車両が並んでいるではないか。

 しかし、こんなことをしてなんになる。どうせ、警察からは逃れられない。

『諦めないで!』

 スマホの画面を見ていると、そんな反応が返ってくる。

 俺は言われた通りに裏の関係者通用路を使い、外に出る。そこには車が一台止まっている。最新式のAIを搭載した全自動オートパイロット機能搭載車だ。

 その中に入ると、決められたルートを通り、その場を離れていく。

 やっと落ち着いたところでスマホを操作し、一連の事件の発端を探る。

 再起動まで二十八秒。

 車の中は快適で、パソコンラックや充電設備もセットしてある。

 ノートパソコンを広げると、車内Wi-Fiを利用し、データの収集にはいる。

 記録を見ると、昨日の夜にアメリナの大統領マットイェンス=スピナにより何度かの打診があったようだ。

 それに加え、野党が隠蔽をしようとする与党に対して反発的な発言が飛び交ったようだ。それにデモ隊までもが飛び出せば、俺の身柄を引き渡す気になるだろう。

 俺はアメリナに引き渡されるのかもしれない。

 陸自や海上保安庁なども動いているのだ。

 逃げ道などあるわけがない。

 そう思っていたが、春海の誘導により、道が開けてきている。

 恐らく警察の無線を傍受しているのだろう。今頃になってホテルに向かうパトカーが見受けられるほどだ。

 確実にネットを支配している。

 やはり春海ねえはすごいや。

 俺にはできないことをやってのけていく。

 俺も負けじと、キーボードを叩く。昨晩作った攻撃性の高いプログラムをネットに流した。それもジオパンクの防衛庁に。

 しかし、この車はどこに向かっているのやら。

 運転手もいない、オートパイロットで動く車なのだ。

 その道順は港の方へ向かっているらしい。港街にはたくさんの倉庫が存在する。そこでいったん、車を乗り換え、次の車に乗り込む。

 場所的にはジオパンクの東南。端の倉庫街だ。そこからさらに山へ向かうルートだ。

 これも相手からの捜査を誤魔化すための作戦だろう。

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