異世界転移したら主夫していた。何を言っているかわからないと思うが俺にもわからない

ちょり

第1話 異世界転移したら死にかけた

 田中達広がくたびれた背広を身に纏い、くたびれた背を抱えて玄関のドアを開けたら異世界だった。

 

 パタン、とドアを閉めて一度深呼吸する。

 心の中で、なんだ?俺は疲れてんのか?と反芻してみた。

 連日連夜の過酷な勤務でついにおかしくなっちまったのか?と。

 少しだけ開けて外を見てみる。どう見ても達広が住んでいたマンションの廊下ではなく鬱蒼とした果ての見えない樹海が広がっていた。


 少し離れた場所から鳥の鳴き声が聞こえる。だがその鳴き声は、ピヨピヨとした可愛いものではなく、ギャーギャーと喚き声に近い種だ。どうポジティブに捉えても愛玩動物にはなり得そうにない。

 こんな状況でも、やべぇ会社に遅刻する、と一瞬頭に浮かんだ達広はそれなりに己の状況が色々とヤバい事に気付いた。頭とか。

 スマホを取り出してみるが圏外。電波飛んでなさそうだもんな、と一人言ちた。

 この時点でも達広の頭は寝不足と疲労困憊でまだまともに稼働していない。

 

 達広は肩から掛けていたビジネスカバンを玄関に置いて室内に上がった。洗面所・浴室はともに見た感じ異変無し。電気を点けたら何故か点いた。換気扇も回る。水も出る。解せぬ。

 トイレも同様に電気も点くし、下水も流れた。

リビングも電気は生きている。テレビは点いたが砂嵐だった。解せぬ。

 ベランダを見ようと窓を開けるが、岩壁のような物が一面を覆ってしまっていた。他の窓も同様で、外の景色は全く見えない。


 電気水道の生活インフラが何故か開通している事にホッとしつつも、電波関係だけが死んでいる事に何かしらの作為的なものを感じた。

 電話なんて今時独身の男が引いているはずも無く、達広は持ち得る全ての情報手段を閉ざされた事をこの時に知った。

 この辺りで少しずつ稼働し始めた思考がぐるぐると回る。

 ちょっと思ったよりこの状況やべぇんじゃねぇの?と。


 いや、ちょっと待てよ。

 はたと達広の頭に考えが浮かぶ。

 達広が住んでいるこの部屋は本来7階建てマンションだ。3階の角部屋305号室が達広の部屋で、隣室がある。しかし先程外に出た時は地上だった。という事はどういう事だ?


 そこまで考えると段々と気になってくる。隣室が果たしてどうなっているのか。

さっきは外界の樹海っぷりに意識が持っていかれてそこまできちんと見れなかった。


 一応、武器類を手に持とうと探すが、碌な物がない。結局、付き合いで買ったものの一回もプレーしていないゴルフクラブを一本持っていく事にした。包丁も考えたが、リーチを考えると少し怖くなってやめてしまった。


 恐る恐るドアを開ける。先ほど聞こえた喚き声のような鳥の鳴き声は聞こえない。少しだけ扉から首を出して辺りを窺う事にした。

 上…屋久杉のような雄々しい樹木達の間から見える空が青い。上層階は無かった。

 下…木の葉が散らかっているが、どう見ても森の中。勿論下層階は無い。

 右…隣室無し。唯々木々が見えるだけ。

 左…同じく隣室無し。木々が見えるだけ。


 達広はゴルフクラブを右手に持ちつつ少しだけ外に出てみた。

 結論から言うと、めちゃくちゃデカイ岩にドアが埋め込むようにくっ付いていた。


 周囲を十分に警戒しながら、ドアを閉めて少しだけ離れた場所から岩全体を見たところ、全長10メートルはありそうな大岩だった。達広は危うく手に持っていたゴルフクラブを落としそうになった。

それでも、道理でベランダから何も見えないわけだ、と変なところで納得してしまう。

 なんだこのシュールな状況は。



 改めて周囲を見渡す。

 富士の樹海にいるような感覚だが、富士の樹海ではない事だけは確かだ。

 達広は富士山周辺をドライブした事があったが、こんなに高い木々は無かった。ざっと目に入る木の幹がどう見ても数百年レベルの太さのものしかなかったからだ。


 少し遠いところで鳥が飛び立った。

結構デカイな。ペリカンみたいな顎かな?飛び立つペリカン擬きを暢気に眺めながら考える達広。


 バサァッと音でもしそうな程に優雅に羽根を広げ、旋回をしながら飛び立つペリカン擬き。羽根は極彩色で彩られ、単一的な色が多い樹海の中で飛び立ったらより一層目立った。   

達広がぬぼーっとした表情で「あーー、綺麗だなー」とその様を見続けていると、ペリカン擬きは急に高速旋回しながら速度を付け、そのまま達広に向かって急突進してきた。


「ぬぅわーーー!!!」


 ヤバイ!ぼけっとし過ぎた!

 達広が我に返った時にはすでに近くまで接近を許してしまっていた。

 よくよく見れば達広が知っているペリカンと大きさの桁が違う。どう見ても達広など一飲みで食ってしまえそうなほどに大きい。

 達広は慌ててドアまで駆け寄ろうとした。だが何故か足が動かない。

まるで竦んでしまったかのように両足は震え、一歩が踏み出せない。

ゴルフクラブを両手に持ち替え、苦し紛れに剣でも構えるように前に突き出す。


「GYAAAAA!!!」

気付けば眼前まで迫ったペリカン擬きは大きく口を開け、喚きながら捕食態勢に入った。


 あ、これ無理だ。

 思わずその大きさに身心から竦んでしまう達広。

死んだな、と達広が思った瞬間、大きくペリカン擬きの喉を貫いて何かが伸びてきた。

 そしてそのままペリカン擬きを貫いた何かは達広の右肩を貫きながらドアに当たり、ガイーン!とひと際大きい音を立てて地面に落ちた。

 思わず仰け反ってゴルフクラブを落としてしまう。貫通した何かによって軌道が逸れたペリカン擬きがぐちゃぁっと気持ちの悪い音を立てながら岩にぶつかった。



「う……あっ…い……ってぇ…っ…」


 あまりの痛さに息が出来ない。痛すぎて碌に声も出ない。ペリカン擬きは自らの飛行速度で半分潰れたような状態だった。だがそれでもまだ死んではいないようで、ピクピクしてるのが見えた。


 達広はその場に立っていられずへたり込んでしまった。


ドラマとかだと刺されながらもズルズルと移動するシーンとかあるけど、そんなの無理だって。

 焼けるように痛い。めちゃくちゃ痛い。痛すぎて息も出来ないし口も開けない。

 誰だよ槍なんか投げた物騒なバカは。背広はペリカン擬きの返り血をもろに浴びてぐっちゃぐちゃだし。色々終わってるわ。


 あまりの痛さに声すら出せない状況の達広は心の中で腐しながら倒れ込み目を閉じてしまった。


「あっれぇ?あんたこんな所で何してんの?」

 不意に女の声がした。じくじくと痛む右肩の怪我を耐えつつ、声のした方向へ視線を向ける。そこには金髪の若い女が一人立っていた。


「うぅ…助けて…」

 もう痛すぎて何でも良いからとりあえず助けて欲しい。この痛みをどうにかして欲しい。

「いや助けてって、自分で何とかしなさいよ。…ってかその怪我ってアタシがさっき投げたマーシュが当たったの!?」

 金髪の若い女は、どういう事!?とでも言いたげな驚いた顔で達広に言った。コイツが犯人かよ、と心の中で絶許ノートに書きこむ達広。

「自分でどうにかって、無理だろ…。お願いですから、助けて…」

「わけわかんない奴ね」

 女はそう言いながら何やら小瓶をぽい、と達広に向かって投げてきた。小瓶はそのまま地面を転がって足元で止まる。コイツマジで頭おかしいんか、怪我人に何たる仕打ちしてんだと罵詈雑言を吐きつつ、いよいよ痛みを増してきた右肩のせいで小瓶すら拾えない達広。


「ちょ、ちょっと…。ハァ…そんな、グッ、ハァハァ…薬とか、い、らないから、病院へ連れて、って…」

 息も絶え絶えで言う達広。

軟膏薬で有耶無耶にしようとでもこの女は言っているのか?もはやクレイジーを通り超えてサイコパスなのか?俺は生きて帰られるのか?

達広は段々と悲しくなってきて思わず涙がポロポロと溢れてきた。なんでこんな訳も分からない所でペリカン擬きに殺されそうになって、実は本当に殺しに来たのは若い女でしたとかどんな悪夢なんだよ。家に帰りてぇよ、と。


「なんで泣いてんのよ。気持ち悪いわね…ってあんた死にかけてるじゃん!バカなの!?」

 先ほどのようにまたも、どうしてよ!?と驚愕の表情をしている女を見て、どう客観的に見てもお前が原因だろうがと、達広は朦朧としてきた頭で思った。


「こんな場所に一人でいるからそんなにクッソ弱いなんて思わないわよ!バカ!」

 女は達広を罵倒しながら足元に転がった小瓶を拾い、小瓶の蓋を開けると半分ほどを怪我した右肩に掛け、残りを達広の口に無理やり突っ込んで飲ませようとしてきた。

 軟膏薬だと思っていた達広は思わずぎょっとし、口内に入り込んできた若干どろっとした液体を吐き出そうとする。

「いいから飲め!安物のヒール薬だけどあんたのステータスならこれでも十分でしょ!」

 達広は無理やり液体を吐き出そうとしたが、その行為すらも右肩の痛みを増す動作である事に気付き、諦めの境地で飲み干した。


 あれ?と飲み干した頃には違和感を達広は感じていた。その違和感の原因である右肩を見ると、しゅうしゅうと音を立てながら右肩から大量の白煙が出ている。

「な、なんだこれ!?」

「ヒール薬が効いてきてる証拠でしょ」

 何言ってんだコイツと言いたげな表情で達広を見る女。

「えっ、ちょっと待って効いてきてるって即効性あり過ぎでしょ!副作用とか大丈夫なのかよ!」

 達広はあまりの効きの良さに狼狽えた。今も大量の白煙が出ているが、明らかに痛みが引いていくのが、傷が癒えていくのが目に見えるからだ。まるでテレビで見た超早送り動画を見ているような感覚。それを自分の右肩の怪我で直接見ているのだから、恐ろしさしかない。


「副作用なんて無いわよ。中毒にだけ注意すればいいんだから」

「中毒性あるのかよ!」

「そりゃあるでしょ。そんなの常識じゃない。バカなの?」

 両手を胸の前で組んで、胡散臭そうな目で達広を見る女。達広は思わず、うるせぇ貧乳、と口に出してしまいそうになって寸でのところで抑えた。


 そんな金髪貧乳な若い女をじろりと睨んでいる内に、いつの間にか白煙が消え、何事も無かったかのような無傷の右肩に改めて恐怖する達広だった。

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