7.小さな、一つの賭け。








 俺は即座に金庫内部の状況を確認した。

 金品などはなく、5メートル四方の薄暗い空間が広がっている。爆破した入口から差し込む明かりで、ほんの少しばかり奥が見える、という程度だった。


 そこにミレイとアレンの姿がある。

 彼らは身を寄せ合って、しかしアレンの方はもう意識が朦朧としている様子だった。それでも先ほどの衝撃から彼女を守ろうとしたらしい。

 その身をミレイの前に投げ出していた。


「ミコト、か……?」

「アレン喋るな! ミレイは大丈夫だから、安心しろ!」


 掠れた声でこちらに話しかける彼を、俺は制止する。

 ミレイは大丈夫――嘘っぱちだ。何故なら現時点でアレンよりも、ミレイの寿命の方が圧倒的に短いのだから。しかし、彼の寿命も決して長いとは言えなかった。

 現状で一番、生存の目が大きいのは俺だ。


 ならば、俺にできることはなにか。

 考えるんだ。冷静になれ。この状況でまず、することは――!



「アカネ、アレンの治療を――」

「アカネ……? 御堂アカネ、か!?」



 傷の手当てが最優先。

 そう思ったのだが、どうやら地雷を踏んだようだった。



「きゃ……っ!?」



 さすがは素早い。

 傷だらけであるにも関わらず、アレンは即座に立ち上がるとアカネを拘束した。羽交い絞めにして、少し力を込めれば首の骨を折れる状態まで持っていく。

 アカネは短く悲鳴を上げて、身動きを取れなくなった。


 考えてみれば、こうなるのは必然にも思える。

 アレンも馬鹿ではない。敵の情報はある一程度、頭に入れているはずだった。その可能性を考慮しなかった俺の失策。


「ちっ……!?」


 腕時計で時間を確認した。

 すると、分かる。アカネの寿命は、もうすぐだった。

 つまりこのまま放置すれば、アレンはアカネを殺すということ。それだけは避けなければならない。彼女もまた、俺にとっては大切な仲間だった。


「落ち着くんだ、アレン。アカネは――」

「落ち着いているさ。この女が御堂財閥の娘であることは知っている――それならば、ここで始末するのが正しいだろう」

「くそ……っ!」


 説得しようと試みるが、どうやらアレンは正気ではなかった。

 それも当然だろう。このような大怪我を負って、精神を摩耗して、正常な判断をしろという方が無理な話だった。

 敵の娘は敵だ、と。

 そこだけで思考が完結していた。


 ――どうする?

 どうしたら、そんなアレンの説得ができるのか。

 考えろ、考えろ考えろ考えろ。まだ諦めるようなところではない!


「……そうだっ!」


 その時だ。俺は、一つの策を思い付く。

 彼がアカネを敵だと認識しているなら、それを逆手に取ればいい。もちろんリスクのある手段ではあったが、なにもせずに見殺しにするよりは可能性があった。


 だから、一つ深呼吸をして俺は――笑みを浮かべる。


「アレン。それじゃ、損だ」

「な、に……?」


 そして口にした。

 一か八かの、提案を。




「そいつは敵の娘だ。だったら、人質とした方が価値が出る」――と。




 そうそれは、俺も彼女を殺すつもりだという素振りを見せること。

 これならばアレンの混乱した思考でも、アカネを生かすことへの納得が得られるかもしれなかった。失敗する可能性もあったが、成功の可能性も十分にある。


 果たして、この作戦は――。




「……なるほど、な。たしかにそうだ」




 上手くいった。

 彼女の寿命は延長され、その拘束も緩められる。

 アカネ自身は生きた心地がしない表情を浮かべていたが、俺は胸を撫で下ろした。こうなれば、あとは一つ。何よりも優先しなければいけないことだけだった。


「ミレイは、あと――」



 最愛の女の子の寿命は、残り30分。



 俺はゆっくりと息をついた。

 ここからの展開は、まるで読めない。

 誰が、どうやってミレイのことを殺すのか。



「おやおや。部下がやられたと思えば、相手は子供一人でしたか」





 だが、その答えは向こうからやってきた。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る