5.初めての銃撃戦。







 裏口から御堂邸に侵入すると、すぐにその物々しい空気に気付いた。

 違和感と呼べばいいのか、俺はそれをアカネに確認する。


「いつも、こんなに人がいるのか?」

「そんなわけがありませんわ。わたくしを誘拐する話が出た時も、ここまでの警備ではありませんでした。これではまるで、奥に何かがあると言っているようなものですわね……」


 自身の家の異変に眉をひそめた彼女を隣から見て、俺は顎に手を当てた。

 そして、少しばかり思考を巡らせる。


「ということは、ダースの情報は正しかった、ってことか」

「ダース……? どなたですの、それは」

「仲間だよ、俺のな」


 だが、すぐにやめた。

 いまはミレイを助けることに集中しよう。

 きょとんとしたアカネに短く答えて、俺は前を向いた。長く続く廊下にいる黒服を数える。目視で分かるのは、3~4人といったところか。

 いや、本当に注意すべきなのは人の視線よりも……。


「なにか、こう……赤外線の探知機とかって、あるのか?」

「ありますわよ。当然ではありませんか」

「いや、当然じゃねぇよ」


 危ないところだ。確認しておいてよかった。

 あるのが当たり前と思っている彼女が、それをわざわざ忠告することはない。一般家庭の常識が通じる場所ではないことを、改めて頭に叩き込んだ。

 ここはそうだな、海外映画の中の世界だと思っておこう。


「しかし、そうなると……」


 俺は考えながら、小さくそう漏らした。

 なにかしらの策がないと奥にも進めない、ということになる。

 そうなると、だ。やはりこの家の内部に詳しいアカネに頼るのが、最善手だろう。そう思って、周囲を警戒しながら彼女に問いかけた。


「探知機の類がないルート、ってあるのか?」

「ありますけど、警備が固まっているでしょうね」

「だろうな。でも、さっきから何も言わない、ってことは――アカネも探知機の止め方とか、知らないんだろ?」


 俺の言葉に、アカネは小さくなる。


「そう、ですわね。申し訳ないですが……」

「じゃあ、決まり。そうなると、見つかるのは時間の問題。つまり――」

「ミコト? 貴方、もしかして馬鹿なこと考えたりしてませんわよね?」

「馬鹿なことじゃねぇよ。考え得る中で最善の手だ」


 こちらの考えを読んだのか、唖然として訊いてくる彼女に俺は笑いかけた。

 怖いとか、そんなこと言っていられないのだから。

 だからハッキリと、こう宣言した。




「強行突破、これしかない。最短ルートでな」――と。



◆◇◆



「本気ですの……?」

「ここまできて、尻込みなんて出来ないだろ?」

「そんなことを訊いてはいません! 我が家の特殊部隊は、それぞれ武道のエキスパートが揃っています。そんな中に飛び込もうだなんて、正気の沙汰では――」

「大丈夫だって。こっちには、これがある」


 廊下を進みながらも、反対してくるアカネ。

 そんな彼女に、俺は懐からある物を取り出して示した。


「貴方、そんなものどこで……!?」

「託されたんだよ。仲間からな」


 それは、一丁の拳銃。

 弾は計6発。心許ないが、仕方ない。

 そしてこれを見て、アカネは一つの結論に至ったらしい。


「やはり貴方も、赤羽ミレイも――『イ・リーガル』の関係者、ですのね」

「……………………」


 これ以上は隠しようもないだろう。

 それに、これは彼女の問題でもあるのだから、隠す方が危険だった。俺はそれを首肯して、これからどうするかを訊ねる。

 するとアカネは一つ、ため息に近いものを漏らしてこう答えるのだ。


「ミコトに協力しますわ。どうやら『イ・リーガル』というのも、一枚岩ではない様子ですし。それよりも、そんな組織と御堂財閥がどんな関係なのか、そちらの方が余程わたくしにとっては重要ですわ」

「ははは、ずいぶんと威勢の良い令嬢さんもいたもんだな」

「狂っている貴方に言われたくありませんわ……」

「…………?」


 彼女の言葉に思わず笑うと、何やら白けた表情を向けられた。

 なんで……? 俺、なにか変なことしてるか?


「……っと。さすがに人が多くなってきたな」

「奥――おそらく、赤羽ミレイが拘束されているのは金庫ですから。この警備の数を見ると、予想通りですわね」

「それじゃ、ちょっとばかり確認……」

「なにをしてますの?」


 アカネの不思議そうな顔を尻目に、俺は鏡で自分の寿命を見た。

 そして、廊下の先にいる――5人の黒服のそれも見る。

 なるほど、これなら……。


「それじゃ、ちょっと行ってくる」

「ミコト……!?」




 俺はまるでコンビニに行くような気楽な声で言って、黒服の前に姿を晒した。

 一直線に駆け出して、彼らのもとへと迫る。




「なっ……!!」


 すると、想定外だったのか一番手前の男が短く声を上げた。

 しかしエキスパートと言われるだけあって、とっさに身構えようと試みる。――が、こちらの方が一手先を行っている!


「――――――――っ!」


 懐に飛び込むと、俺は思い切り一人目の顎を掌底で打ち抜いた。

 素人とはいえ、手加減なんてなしの一撃だ。軽い脳震盪を起こした男は、膝から崩れ落ちる。でも、これで終わりではなかった。

 最小限の動きで倒したものの、残りの4人には気付かれてしまう。

 彼らは俺を見ると、各々に行動を起こした。


 4人のうち3人は、ナイフを持って迫ってくる。

 そして、最後の1人は奥で銃を構えた。


「迷うな……っ!」


 俺はすかさず銃を取り出し、反動に備えつつ構える。

 頭ではない。狙うのなら、彼らの胴だ。それならまったくの素人である俺でも、外す可能性は多少低くなるはずだった。


「これでも、ゲーセンの成績は良いんだよ……!」


 トリガーを引く。

 すると、4発放ったうちの3発が命中した。

 1人目は手首に、2人目は太ももに、そして3人目はつま先に。彼らはまさか当たると思ってなかったのだろう。突然の痛みに、うずくまった。


 しかし、相手が動けなくなったことを確認している暇はない。

 俺は次に奥の1人へ向かって駆けだした。すると、相手は狙いを定め――。



「――死ね、ガキが!」



 躊躇なく、撃った。

 だけど俺は、それに驚くことはない。

 そして足も止めたりはしない。真っすぐに、男へ向かって――!





「なっ!?」

「悪いな、俺の寿命はまだ先なんだよ!!」





 銃弾は、俺の頬を掠めていった。

 確実に殺したと思っていたらしい黒服は、瞬間の隙を見せる。

 その刹那に――。




「がはっ……!」




 俺は男の右肩を撃ち抜いた。

 銃を奪い取って、その頭に突き付ける。

 これで、生涯初めての銃撃戦は終わりだった。


「よし……! もういいぞ、アカネ!」


 男たちが動かないのを目視で確認してから、後方に控えた令嬢を呼ぶ。

 すると、彼女はこちらを見て一言こう口にした。




「何者ですの、貴方……」――と。



 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る