第3話 真理の話

「今度は3だ」

 止まったサイコロの出目を見て、未希が言った。

「私だね」

 真理がちょっと緊張気味に言った。

「うん」

 咲が頷く。

「ふぅ~、なんだか緊張するわ」

 普段快活な真理のあらたまったようすに、咲と未希は笑った。

「ほんと、なんでもいいだよ。気軽に」

 咲が笑いながら、励ますように言う。

「うん」 

 そう言って真理は笑ったが、やはりどこか緊張しているみたいだった。

「じゃあ、私はバイトの話をするわ」

「うん」

 大きく息を吐き真理は語りだした。

「私は高校生の時、お弁当の配達のバイトをしていたの」

 真理は少し、改めて人に話すということに戸惑いながら話し始める。

「高齢者の人向けのお弁当で、それをそれぞれのお年寄りのおうちに届けるっていう単純なバイトなんだけど、時給は安かったんだけど、まあ、お店を出ちゃえば一人で気軽に働けるから、けっこう気に入ってたんだ。あっ、そんな話はいいよね」

 真理は舌を出した。

「私あんまり緊張する方じゃないんだけど、改めて人に話をするっていうとなんか緊張しちゃう」

 真理は二人を見て笑った。それに対し二人もつられて笑う。

「そこには当然調理係の人がいて、朝早くから来てお弁当を作っているの。お弁当が無きゃ話にならないよね。その調理係の人たちが作ってくれたお弁当を私立ち配達係が、専用の原付バイクに積んでそれぞれの家に配達するんだけど、話はそっちじゃなくて・・、ええっと、そう、その調理係の人は三人いたの」

「うん」

 咲と未希は、話に苦労している真理の様子に少し笑った。

「三人共全員おばさんで、お弁当を受け取ってバイクに詰める時に、ちょっと話なんかするんだけど、みんなすごくいい人で高校生の私なんか結構かわいがってくれたんだ。面倒見もよくて、なにくれと私に気を使ってくれたり、お菓子くれたり、お弁当の残りを食べなさいってくれたり、ほんとよくしてもらった」

「でも・・」

「でも?」

「うん、でも、調理係の人は、一日に働くのは二人だけなの。三人のうち一人は必ず誰かが休むわけね。そのローテーションでシフトは回っているわけ」

「うん」

「するとね。最初驚いたんだけど、そうすると、必ず働いている二人が、休んでいる一人の悪口を言い始めるの。あいつは仕事の要領が悪いとか、自分のことしか考えてないとか、あいつはあ~だこうだ。あれが気に入らない、これが気に入らないって感じで」

「へぇ~」

 二人は同時に言う。

「でもね、ローテーションだから、別の日になると今度は働いている二人のうちどちらかが休むわけね。そして、休んでいた人が職場に出てくる」

「うん」

「そうすると、今度はその二人が、その休んでいる人の悪口を言い始めるの」

 真理は笑った。

「もう片方の人は昨日あれだけ隣りにいる人の悪口言いまくってたのに、今度はその相手と一緒になって、昨日仲良く悪口言ってた相手をボロカス言うのよ」

「はははっ、へぇ~」

 咲と未希は笑った。

「それでそのローテーションがずっと続くわけ。いつも、働いている二人が休んでいる一人の悪口を言うっていうローテーション。それが延々続くのよ。もう、そこまで言ったら、絶対自分が残りの二人に悪口言われてるって分かるじゃない」

「うん」

「それでも、二人になると、そんなことおくびにも出さずにもう一人の悪口を言いまくるわけ、ほんとボロカスによ。これでもかってくらいくそみそに言うわけ。聞いてるこっちが気分悪くなるような言葉で相手を本当に、その存在を完全否定するみたいにボロカスにこきおろすの」

 真理は少し眉根に皺を入れる。

「私もその時は、まだ世の中のこととか、大人の事情なんて知らない純な女子高生だったから、結構はじめはショックだったんだ。そういう日常の些細なところに人間の汚いとこって出るんだなって・・、高校生だった私は少し怖かった」

「三人は仲悪いんだ」

 咲が言った。

「それがね」

 真理は首を伸ばし、二人に顔を近づける。

「うん」

「それがね。違うんだ。不思議なんだけど三人みんな集まると、仲がいいの。飲み会なんかあるとみんな和気あいあいとして、すごく仲がいいの。しかも、三人共、その体制で勤続二十年とかよ」

「そうなんだ」

「毎日のように悪口聞いてた身からすると、すごく不思議な感じがした。高校生だった私は今でもだけど全然分からなかった。それで一回店長に訊いたことあるんだ。なんで、あの三人は仲がいいのって。そしたら、そんなもんだって」

「答えになってない」

 咲が笑った。

「あんだけボロカス言ってたのに、いざ会うとそんなことおくびにも出さずに仲いいんだもん。ほんと微塵も感じないのよ。知らない人が見たらものすごく仲がいい三人なんだって思うと思う。しかも休日なんか、三人一緒に山菜採りに行ったりとか、料理を一緒に作ったりとかしてるんだよ」

「へぇ~」

「なんだか、そのバイトをしてから私は世界観が変わったよ。学校に行ってもなんだか周りの同級生が急に子供みたいに見えた」

 真理は床に肘をつき、その手の平の上にその形の良い顎を乗せ、大きく息を吐いた。

「う~ん、なんか 不思議だよね。人間の心理って」

 咲が言った。

「うん、不思議、いまだによく分かんないもん」

 真理が少し口を尖らせて言った。

「・・・」

 そこで、三人はしばし黙った。三人はその三人のおばさんのことを考えた。

「でも、なんか分かるな。それ」

 その沈黙を破るように未希がぼそりと言うと、三人は同時に笑った。

「そうそう、分かるんだよね。なんか」

 真理が言った。

「その三人を責められないよね」

 咲が言う。

「そうそう、自分も似たようなことしてるっていうね」

 真理。

「そうそう」

 咲が同意して、三人はまた同時に大笑いした。

「なんかおもしろいんだよね。その関係。酷いんだけどなんか笑っちゃう」

 咲が言った。

「そうそう」

 真理が笑う。

「こんなんでよかった?」

 ひとしきり笑うと、真理が二人に顔を向ける。

「うん、よかったよ」

 咲が言った。

「うん、おもしろかった」

 未希が続く。

「よかった」

 真理はホッとした表情でにこりと笑った。

「今度は未希だね」

 真理が未希を見る。

「ううん、サイコロだよ」

 咲が首を横に振りながら言った。

「えっ、そうなの」

「うん」

「じゃあ、最後まで当たらない人もいるわけ」

「うん、滅多にないけどね。たまにいる」

「そうなんだ。っというか、次また私って可能性もあるわけね」

「そう」

 咲は笑って言った。

「わっ、それはやだな」

 真理が大仰に言うと、みんな笑った。

「じゃあ、行くよ」

「うん」

 咲がサイコロを投げた。

「五だ」

「やっぱり、結局未希だ」

 真理が未希を見る。

「うん・・」

 未希は困惑気味に目を伏せる。

「私・・、そんなみんなみたいに面白い話できないよ」

 未希は不安げに言った。

「なんでもいいんだよ」

 咲が励ます。

「そうそう」

 真理。

「でも・・、私、話とかするの苦手なんだよね・・」

「大丈夫だよ」

 真理が励ます。

「ほんと、なんでもいいんだよ。自分では当たり前だと思ってることでも、違う人が聞いたら、へぇ~ってこともあるんだから」

 咲も励ます

「う~ん」

 未希は首を少し傾げ、しばらく考えた。

「それなら・・」

「何?」

 二人は、同時に好奇心に目を輝かせ未希を見た。

「私の住んでいた町に、ヘレンさんっていう人がいたの」

 未希は静かに言った。

「ヘレンさん?」

 二人は、突然出てきた奇妙な固有名詞に驚き、同時に聞き返した。

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