(ショートエッセイ⑪)冬の図書室

 冬の午後、曇った窓ガラスに触れるとき、たまにふと思い出すのが、建て替えられる前の市立図書館のことです。

 図書館、とは呼べないかな。

 当時のそれは、市民会館の一画に間借りした、小さな図書室にすぎませんでした。


 いつ行っても人は少なくて、書架と書架の間の狭い隙間に身を置くと、外の世界のあれこれから遠く隔てられているような気がしました。

 聞こえるのは、自分の足音と、視覚障害者用信号のピヨピヨという声だけ。冬になるとそこに、石油ストーブのごうごうという燃焼音が加わります。


 冷たく曇った窓ガラスから漂う水の匂いを嗅ぎながら、その冬は何冊かの本に出会いました。

 たとえば村上春樹氏の「羊をめぐる冒険」の古びたハードカバーの最初の何ページかを、わたしはその狭い隙間で読み始めたのでした。


 だからわたしの中では、その小説は今も、あの冬の図書室の情景と分かちがたく結ばれているのです。まるでそれが、小説に描かれたホテルや別荘とつながっているかのように。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る