第19話 ノアの長い夜と旅行熱

 はぁはぁ。

 し、心臓がどくどくと私を刺激している!


 お嬢様が至近距離で綺麗な翡翠の瞳を閉じて眠っていらっしゃらのだ!

 規則正しい寝息にうっとりする。


 昔は…ハーグストランド伯爵邸のお嬢様のお部屋の天井に潜んで不審な輩を排除した後…こっそりと上の覗き穴から覗いていただけの私がまさか!こんな数ミリ単位でお側にいられる日が来ようとは!


 なんか…昼間の戦闘とか占い師のおばあちゃんとか全てどうでもいい!

 私は今この瞬間に昇天しそうだ!!

 しかもお嬢様の良い匂いがします!観光地だけあって、お風呂場には石鹸もあって…普段と違う匂いでドキドキします。

 腰まで長い艶々の黒髪に触れてソッとキスをした。


 この間お嬢様からデザートをいただいたことが脳内再生を始めますますヤバくなる!!

 このままではお嬢様の


「何もしないでしょう?」

 の言いつけを破る悪い犬になり捨てられてしまう!!それは無理です!!


 この部屋はソファーがない!!何故無いんだという恨みはあるが…。私はお嬢様と反対方向を向いて眠ることにする。本当はいつまでも眺めていたいけど理性が外れて獣になったらそれこそお終いだ!お嬢様の信用を失ったらもう生きていけまい!!


 私は深呼吸を何度かして落ち着き何とか目を瞑る!!


 羊が一匹…と私は数え始めた。


 羊が4802匹まで数えた深夜…お嬢様が


「ううん…もう食べれない…くるしっ」

 と寝言を呟いて4803匹目の羊が小石につまづき渋滞を始めた!!


 そしてお嬢様はなんと私の上に右手を置き抱きつく形でお眠りに!!


 お嬢様…………

 背中でお嬢様をたくさん感じてしまい…も、もう私限界ですよ!何しているんですか!!

 とにかくお嬢様を元の位置に戻さないといけないとそっと右手をどかす作業から入るがどしっと今度は右足が私の足に絡まってるううああああ!!!


 私はもう身体が暫く硬直しつつも己の精神力を極限まで高め、無の境地を開く!何も考えるな!煩悩を捨て去るんだ!


 私はお嬢様の右手を元に戻してスベスベな足をどかせ元の位置に戻してめくれた衣服を正し、毛布をかけ直した!

 ミッションクリア!と脳内で羊が踊り私は再びソッと横になる。お嬢様がベッドで眠れと命令された以上は朝までここから出られないのだ!何故なら命令だから!!


 私はよろけた4803匹目から再開した。

 このまま私も意識を失って眠ってくれと願うが…それも虚しく再びお嬢様はさっきよりガッシリと私を抱きしめるように引っ付いた!!

 わざとですかああああ!?

 と思うがめっちゃ寝ているのは判る!

 しかしもうお嬢様の胸とか背中に当たるしかなりヤバイ!!


 4816匹目の羊なんて馬車に引かれてしまった!!


 お嬢様の寝相が悪いことは昔より知っているがこれは…きつい!!


 私をどれだけ誘惑したら気が済むのですか!?この小悪魔令嬢!!


 再びはぁはぁしてきた私は…何とか深呼吸と言うかもはや過呼吸になりつつも何とか落ち着こうと4816匹目の羊を4817匹目の羊が自らの羊毛を千切り


「待ってろ4816号!!必ず!助けるから!!」

 と叫び、4818号も


「俺の毛もやるよ!!」

 とブチリと千切り始めた!


 私は再びお嬢様を元に戻すという作業を行い、何とそれが朝まで繰り返し続いた!!

 時々羊達は自らが怪我した羊の養分になろうとラム肉になり仲間に食わせた!共食いだがラム肉はいい肉だから仕方ない。


 ピチクリと鳥が鳴き私は隈を作る。

 眠れるわけなかったし、身体が熱を持ちだるい…。


 私は起き上がり身なりを整えた。暫くするとお嬢様も起きてうーんと朝の光の中伸びをする色っぽい仕草が目に入り鼻血が出そうになったではないですか!!


「おはよう御座いますお嬢様!よく眠れましたか?」

 と何でも無いように装いました。


「何だか大丈夫?ノアさん…なんか顔色赤くない?」


「いえいえ…それよりお嬢様もお仕度を!」

 と私は洗面所に消えた。そして…バタンと気絶した。


 *


「ノアさん!?今の音!?…ひゃっ!?」

 と急いで着替えを済ませ洗面所に入るとノアさんは真っ赤な顔で倒れていた!!

 こ、これって…


 ソッと手を額に当てると凄い熱だ!!

 無理もない!昨日の戦闘に加えて擬似的変態行為にゲロの始末などをしたのだ!

 ただでさえ忙しい日常を送っていたし、魔力も大量に使っていた。疲れが溜まり爆発してしまったんだわ。


 私は宿の人に頼みノアさんをベッドに運んでもらい、お医者さんを呼んでもらう。


 お医者さんは


「ちょっと疲れで高熱が出ていますな。薬を渡して置きますのでこの後飲ませておけば時期に回復するでしょう…では!」

 と診断し医者は帰っていく。

お金はノアさんの財布から勝手に渡した。


 ノアさんは高熱で倒れたまま、薬なんてこれ飲めるの!?


 でも辛そうなのは確かだ。

 とりあえず飲ませなきゃ!!


 グラスに水を注ぎ


「ノアさん…大丈夫?しっかりして?お薬飲める?」

 と聞くが返事がない。


 どうしよう?このまま死んだら…私どうなるの?


 いや、死なせないわ!

 私は何とかノアさんの身体を渾身の力で起こしてクッションと枕を背に当てて


「さあ、薬よ?」

 と口元に薬を当てるけど反応せず相変わらずだった。

 これはもしかして…口移ししかないの!?

 するとノアさんは高熱にうなされつつも


「ヴィオラ…さ…ま…愛して…」

 とか言ってる!!言ってる場合じゃないからっ!ていうか恥ずかしいわ!!


 もうダメ…飲ませるしか…!


「ノアさん…今から薬をあげるから飲んでね!?」

 と言うと私の声に反応したのか薄ら目を開け


「く…すり?」

 と反応があったがやはり動けない程の熱らしい!

 ヤバイと思った私は口に含み口移しして薬を飲ませる…。

 するとノアさんは高熱でトロンとしながらもこくりと飲み干し…


「あ…つい…」

 と言うから私はお水を何度か口移しした。

 するとノアさんは安心して目を閉じた。

 私の心臓はドキドキと高鳴る。

 人命救助なのに!


 でも薬を飲ませることはできたわ!!

 後は何とか看病が出来ればと桶に水を汲み運ぶがお約束か!?と思うほどずっこけて自分が水を被ること3回で着替え直したりして手間取る。


 それでも何とかベッドサイドに桶を運んだわ!!桶運ぶだけで3回失敗する女いたり。

 とりあえず雑巾を絞って額に置くのかしら?


 いや!違う!雑巾じゃない!!なんか普通の布よ!普通の!しかし布ない。

 宿の人に聞くとあっさり渡してくれた。


「あんたご飯食べたの?あんたが倒れちまうから食ってきな!」

 と言われてそう言えば何も食べてなくてお腹がぐうと鳴る。

 1人で朝食を食べていると宿に泊まっていた男達が私の方を見てこちらにやってきた。


「おや?お嬢ちゃん1人?可哀想だな」


「俺たちも一緒に食べて良い?」


「この後暇?一緒に観光する?」

 とニヤニヤしている。


「結構ですわ!」

 とツーンと断ると余計に


「かんわいいい!!」

 と茶髪の男が悶えた。

 すると宿の女将が


「しっしっ!あんた達!この子は恋人が熱出しちまったから看病してやってるんだ!あっちいきな!!」

 と追い払ってくれた。


「ちっ!男がいんのか!」


「まぁ、いるよな、こんな美女!」


「いいなぁ…」

 と言いつつ出かけて行った男達。

 はぁ…。良かった。


 と私は女将さんに礼を言い、布を持って部屋に戻る。大丈夫絞って額に当てるだけ!


 慎重に慎重に…布を手の中にグシャって丸めてゴリラが林檎を握り潰すみたいに搾る。何か皺皺になってくけど…うーん、搾り方おかしいかな??…まぁいいや。

 と私は皺皺を広げてノアさんの顔にピタリとかけた。


 ……………?

 あれ?違う…!

 これじゃお亡くなりになったみたいになったああ!!口元はスハスハいってる!!

 そうか畳んで額にだった!!


 私は慌てて布を取り畳んで額に当てた。


「よ、よし!できたわ…」

 とふーっと振り返ると私がこぼしまくった水で床はビショビショだ。

 一気に暗くなった。


 *


 まるでマグマみたいに身体が熱くて動かない。

 意識も朦朧とする中薄ら目を開くとボヤリとお嬢様が見えて何か言ってるけどよく聞き取れない。

 え?くすり?

 そして何か飲まされたような?

 それを飲み込み。

 でもまだ熱くて堪らない。水が欲しい…。

 そう思うと今度は冷たいものが喉を何度か通った。時々心配そうな翡翠色が見えたような気をした。


 私は火の中にいて…燃えていく両親を見た。


「逃げなさい!!ノア!!」


「ノア!!」

 母と父は燃える木の下敷きになり動けず、幼い私に石のペンダントを渡して逃げろと言った。


「うっ!!父さま母さま!!」

 使用人の1人は何とか私を抱えて逃げ出した。


「やだ!まだ父さまと母さまがあそこに!!」


「無理です!坊っちゃま!!」

 使用人は私を抱えていく。小さくなる両親の上を炎の木が落ちる。


 そうして私は炎に包まれて燃えるリンドブルム邸を眺めていた。泣き叫び両親の名を声が枯れるまで呼んだ!!出てくるわけがないと知りながらも!そして気を失い目覚めたら私は膨大な魔力の覚醒をしていた。


 何で…今?もっと早く覚醒してたら助けられたかもしれないのに…。

 しかし理由は明確だ。父と母が亡くなったショックで覚醒した。それだけだった。


 墓の前では…領地経営が難しく爵位を王に返上した幼い自分…。そんな私を養うことを拒む親戚を転々として腫れ物みたいに扱われつつも両親の残したペンダントを眺める。火事の記憶が蘇り何度もうなされる。当時の私にとって辛いモノになったそれを私はどうにか手放せないかと考えて…親戚の用事に付き合った際通りかかったお屋敷を見ていると中に綺麗な池がある。


 親戚は商人と談話中でまだ中々戻らないからこっそりと人の家に忍び込みペンダントを池に捨てた。こんな所もう二度と来ないかもしれないし。すると後ろから声をかけられた。


「何してんの?」


「わっ!!」

 驚いて振り返ると恐ろしく綺麗な黒髪と翡翠の瞳の美少女が土を入れた瓶みたいなのを持って立っていた。一瞬で目を奪われてしまう。


 それがお嬢様との出会いだった。


 *


 私はようやく目覚めるともう夕方から夜に差し掛かる黄昏時だった。

 何か重さを感じたと思ったらお嬢様が私の胸に倒れ込んで眠っていた。

 額にグシャグシャの布が当ててあった。

 お嬢様が…看病を!!


 私はソッとベッドを抜け出し汗まみれなので軽く風呂で身体を流して着替えて宿屋の人に換えのシーツなどを貰いベッドを整えていると


「ハッ!ノアさん!!起きたの!?熱は??」

 とヴィオラお嬢様が起きた。


「もう…大丈夫…です」


「貴方!あんな高熱だったのよ!まだ寝てないと!!」

 と再び私はベッドに寝かせられそうになるが、


「いえ、もうすぐ夕食の時間です。旅先で倒れて申し訳ありません!お嬢様!1日無駄にしましたね…」


「いいの…ノアさんとっても疲れていたのよ…ごめんなさい…忙しいと解っていたのに…」


「お嬢様…私なんかの心配は…しないでくださいと…何度も申してるのに…」

 するとお嬢様は首を振り、服のボタンを外し始めギョッとした。


「お!お嬢様何を!!」

 慌てて顔を背けるとお嬢様は胸元から私の形見の石のペンダントを取り出した。


「ご両親も私も心配に決まってるわ!!」

 ドキリとした。


「申し訳ありません…」


「謝らなくていいの!…心配する人間がいるんだから!」

 とお嬢様は座り込む私の頭を撫でた。

 何だか涙が溢れてきた。暖かい気持ちになる。


「やだもう!泣かないで!美形が台無しだわ!お夕飯も食べに行きましょう!ノアさんはお粥ね。私1人で食堂に行くと男の人とかに声かけられるし」

 とお嬢様が言うので涙は引っ込んだ。


「な、何ということでしょう!何もされてませんか!?」


「あ、うん…。女将さんが追い払ってくれたし。大丈夫よ」

 と言うが、私のお嬢様に声をかけた不埒者!許すまじ!!


「うふふ…とにかく早く食べてゆっくりお休みしましょう?」


 とお嬢様は笑うが、今夜は熱が出ないといいなあと私は思いました。


 夕食を食べているときに熱の間の記憶がないことを話すと何故かお嬢様は照れて笑い


「そ、そうなんだ!?ふーん、まぁそうよね!!元気になってきて良かったわー!」

 と言った。まさか熱で朦朧としてる時に私は何か粗相をしたのか?と不安になった。


 昨日と同じようにベッドに入る私の葛藤は本日もその後続くことになるし、何でお嬢様はスウスウ眠れるのか疑問だ。

 そして私は朝方ようやく少し眠り、次の日街を移動できて、観光を続けた。


 お嬢様が変な男に声を掛けられそうになるのを睨み牽制し触ろうものならバチンとカウンター魔法が発動する。


 次の街では部屋は二つ取れようやく私は羽を伸ばすように眠れることにホッとしたが、お嬢様は自分の部屋に入る瞬間に少しだけプクっと膨れた。


 …いや、気のせいだろう。まさか私とまた一緒に眠りたいとか…そんなおこがましいこと…。


 ………お嬢様は私のことを好いてくれはしてると思って良いのでしょうか?

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