第1話 キスの感想がうざ過ぎるくらい来る

 私は美形に数秒とは言え触れるだけの軽いキスをされた。

 ノアさんは顔を赤くしたまま離れてサラリと銀の髪が揺れた。


 そしてのろのろとノアさんはマジックポケットからゴソゴソと短剣を取り出して…


「もう……死んでもいいです!!」

 と目の前で死のうとしているではないか!

 美形のキスの余韻に浸るという乙女チックな展開はどこへやら…私はまたもや彼に体当たりして短剣を床に落として、それをフン!と蹴ると短剣は棚の下へ潜って行った!


「何で死のうとしたんですか!?」


「………幸せ過ぎて…」


 うん、変態だ。

 しかし本当に困ったのはその後である。


「すみません、今後貴方の為に私の全てを捧げると言う大事な誓いのキスだと言うのにわ、私は憧れと妄想をブチ破り現実は何とも夢心地なのかとまざまざ思い知らされました。そしてそのような大切なキスだと言うのに悲しいかな、私も男であると言うだけで興奮を抑えられずに淫らなこの先のことを期待してしまうという何とも如何わしい想像を!

 ああ!ダメです!やっとお嬢様をお連れできて同じ空気を吸っているだけで酔いそうになるのにあのしなやかな細い体を抱き寄せてふくりとした唇に私の下賤な犬目の唇を合わすなどなんということでしょうか!」


 なっげーーーーーー!!!!

 いや、何!?ちょっとなんですけど!?

 いや、私もそりゃドキドキしたけどたった数秒で1分にもみたない唇にチョンくらいの感覚だったよ!?


 するとノアさんはまたゴソゴソマジックポケットを探り今度はなんか怪しい鞭と蝋燭を取り出し顔を赤らめ


「どうぞ、お嬢様!この淫らな卑しい犬めを躾けて頂けませんか!?お嬢様に神聖なる誓いのキスをしただけで私はもうダメです!ああ、こうしてる間も先程の情熱的な瞬間が再び脳裏に蘇ります。ええ、とても柔らかくて気持ちよく私の想像ではなし得なかった体験です。この気持ちと高鳴る胸を抑えられない!お嬢様どうか、私を鎮めてください!!」


 と変態なことをベラベラ止めどなく喋り私は次第に白目になった。


 ダメだ!美形だけどこいつはいけない!!触れてはいけない何かだ!!

 ていうか私に何させようとしてんの!?鞭と蝋燭って!!私はどこぞの女王様!?

 これで貴方をぶっ叩いて私に何の得があるんでしょうか!?


 普通にしてれば美形でカッコいいのになんて残念な人なんだろう!!


「あの…とりあえず落ち着いた方がいいですよ?お水でも飲んだら?」

 と私が言うとノアさんはクワァっと目を見開き


「そっ、そんな!!今後もう二度とあり得ないキスの余韻をじっくりたっぷり脳内で味わい尽くしたい私にその指示はあんまりです!お嬢様!!子供の頃と違って成長した貴方と実際に交わした先程のキスは子供の頃と比べ比較にならないほど私を甘美な世界に誘い私を悩ませると言うのに!!酷すぎる!!み、水を飲んで全てを洗い流せなどと!!ああ、鬼畜!!だが、そんな貴方も激しく好きで…」


「いや…も、もういいです。そこまで言うなら水飲まなくていいです」


「はい!私の身体の水分が干からびるまで水は飲みません!!」


「いや!それ死ぬから!!脱水症状で死ぬやつですからね!!」

 と私は全力で止める。

 ヤバイよこいつぅ!!

 何かもう私の唇をギラギラ見つめているし!!

 もうやだ!おうちに帰りたいよおおおお!!


 しばらくして彼は、部屋にいますから御用があったら呼んでくださいと2階の一部屋に消えた。

 この山小屋みたいな家…一応2階があり、私の寝室と彼の寝室が隣同士に配置されているらしく。彼はそのうちの一つに籠もった。


 おい!こえええよ!!!

 な、中で一人で何してんの!?ヤバイって!!

 どうしよう変態なことしてたら!!あ、あいつも男だしな!!手を出さないとは言っていたが判らんぞ!!


「今のうちに何とか逃げよう!」

 もう雪がどうのとか言ってる場合じゃない!!あの変態に犯される!!

 美形でも流石についていけんし!!あれ!!


 私はとりあえず玄関の入り口のノブを握ったがやはり魔法でびくともしない!あいつ変態なのに何であんな魔力高いんだよおおお!!窓もやはりダメだった。窓から外の景色を見たが、物凄い吹雪なのか真っ白で何一つ見えない!!


 私の住んでいた領地は温かな気候でこんな凍死しそうな所ではなかった!ここは誰も来ないような北の大陸なのだろうか?ならば容易に見つからないだろう。


 ならば、あの男が転移魔法を使う時に何とか一緒に魔法陣に入れないだろうか!?ここからとにかく出られればいいのだ。


 しかしそんな隙を奴が見せるはずがないし、例え入れても一瞬でここに戻されるだろう。くっ!!ダメだ!!どうすればいいの!!


 するとパタンと上からノアさんは降りてきて妙にスッキリしたような顔。

 ほら!

 ほらほらほらほら!!中でヤバいことしてたんだよー!!!!いやああああああ!!


 しかし彼はスッと私に手紙を渡した。


「えっ!?な、何ですか!?」


「先程の猛想いをとても口にできず、手紙で伝えようとペンを取っておりました」


 …………。

 いや、待てや。さっきめちゃめちゃ猛想いを嘴とったじゃん!!あれ以上にまだ何か言うことがあるのかと手紙を受け取らないわけにも行かずに手が震えてくる。


 嫌だ!読みたくない!!読んではダメよ!!

 しかし目の前にはもじもじしながらこちらを伺っている美形がいる。


 不味い、これ読まないとずっとそこに居るわ!!

 くっ!!

 私はガサガサと手紙を取り出した。

 そして恐る恐る文面を見る。


【私の愛しのお嬢様へ


 先程の誓いのキスのことですが、本当に素晴らしいものでした。私の18年の人生で好きな方に…(もちろんヴィオラお嬢様のこと)誓いを捧げられたことを誇りに思ってもよろしいでしょうか?あの瞬間私は夢見てたことが現実になり思わず昇天しそうでしたが何とか魂を身体に戻しました。そのまま逝ってしまったらもう貴方様と今世でお会いできなくなります!それは不味いと思い必死でした。急死に一生の所でした。私をキスで昇天させそうになるなんて中々です!お嬢様!!

 本当に素敵な思い出をありがとうございました!!この素敵な体験を胸に刻み込み死が二人を別つまで大切にしていこうと思います。


 そして同時にその唇を合わせ申し訳なく思っております。私の方は勝手に召される所でしたが、お嬢様にとっては私のような穢らわしい犬にいきなりキスをされ、さぞ嫌な思い…いえ、まさに地獄に叩きつけられたような思いでしょう!!私は罪悪感が拭えません!だってお嬢様は私の事など何とも思っておられないのですから。ですからお仕置きをして貰おうと思った次第です。お嬢様はこの卑しい犬にいくらでも鞭打って痛めつけてスカッとなされば良いのです。私はそれすらも愛する貴方様の為に喜んでお受け致します!


 それでは…大変名残惜しいのですが、まだこんな手紙ではしたためられない想いではありますがこれにて最初の貴方へのラブレターを終えることをお許しください


 貴方の忠実な下僕のノアより】


 いや、手紙も…なっげーーーーーー!!!!


 しかもさっきの数秒のキスで死にかけていたんだ!?ヤベエよ!!しかも罪悪感感じたならやらなきゃいいじゃん!?なんなのこいつは!!

 いや、もう解っている。

 最上級にヤバイ男だ!!

 美形だからと騙されてはいけない!!


 しかも手紙を折りたたむところまでキラキラした目で見ている。尻尾を振った犬みたいに待っている。

 この後なんて言ったらいいんだろう?


「あの…読みましたよ…」

 それしか言えねえよっ!!!

 気持ち悪い!!!



「そ、そうですか…」

 とノアさんは赤くなった。

 私は………ドン引いた。


 それから彼は仕事を終えて来ますと言い残して転移魔法で去った。


 奴が去った後も何とか家中出れないか探したが私のショボイ魔力では無理であった!!


 この家には超強力な魔力結界の鍵が言ってみれば五重くらいはかかっていて中からはもちろん、外からも入れる奴はいないだろう。入れるのは同じ魔力のあの変態くらいだ。並の魔力では結界は破壊できない。


「何なのよ…何で私がこんな目に!?一生ここから出れないの!?」

 嫌だー!外の空気だってたまには吸いたい!!

 お父様やお母様に弟に猫のミラは元気かしら?

 ああ、何てこと?家族にも会えない…。


 急に泣きたくなって来て私はエグエグと泣いた。すると…


 私の周りに素晴らしい花がたくさん咲き誇り、素晴らしい外の景色が現れた。これが魔法だと言うことはわかったが…空も晴れて小鳥も舞い、何と私の好きなミラも向こうから駆け寄り走って来たが私をすり抜けていく。


「ふっ!!うっうっ!何なのよ!!こんな!偽物の景色なんか!何にも嬉しくないから!!」


 むしろ残酷かもしれない!

 私は先程の感想の手紙に腹が立ってゴミ箱に投げ入れた!!


「何がキスの感想よ!ばっかじゃないの!?大体人を監禁するような奴が好きだの何だの言ってそれ受け入れられるかっての!!」


 私はまともなんだからね!絶対に逃げ出してやる!!


 *

 それからまた転移魔法で戻ってきたノアさんは紙袋や箱を沢山マジックポケットから取り出して私に渡した。


「当面の着替え等です。仕事の帰りに買って参りました。お嬢様…。何か足りないものはお申し付けください。あ…私は夕飯を作って参ります」

 と微笑みキッチンに向かう途中に彼は気付いた。ゴミ箱に先程の手紙が捨ててあることに!


 うっ!ヤバイ!流石にあからさま過ぎたかな?


「……………」

 しかし彼は気にする様子もなくキッチンに入っていく。


「何なのよ」

 キッチンからは料理する音が聞こえてくる…。

 そう言えばもう夕方なのね…。

 私は何となく気まずい空気になりつつソファーに腰を降ろした。


 すると夕飯が程なくできていて、私の好みのものばかりが温かい美味しそうな匂いをして出てきた。貴族の料理はいつも冷めたものが多い。毒味などに時間がかかるからだ。

 しかしここには私と彼しかいない為、また、こいつの変態ぶりからして毒など入っているわけはないのだった。


 銀の食器に温かいスープに鶏肉のソテーに新鮮なサラダにデザートには紅茶とプリンが付いていた。


 ゴクリと喉が鳴るけど…


「貴方は食べないの?」


「は?」

 何を言っているのだ?と言う顔をされた。


「だってここは貴方の家なのにおかしくない?」


「なっ!お、お嬢様!!私がお嬢様を差し置いてお先にいただくとか同じテーブルで食べるなど!!あってはならぬこと!!それは貴族社会でも常識でしょう!?私はお嬢様がお食事を済ませた後、寝る前にいただきます!」

 と言ったので


「貴方…人を誘拐しといてなんだけど!仕事を終えて帰ってきたのよね?それなのに食事を後回しで…そのうち病気になるわよ!?」


 と言うとまた涙を流して感動に震えていた!!しまった!!


「ああ!お嬢様が!私の身体の心配まで!!なんと言うお優しい!!貴方は女神なんですか!?私などお嬢様の食べこぼしで充分です!!できることならその銀のフォークやスプーンが憎い!!嫉妬します!」


 とスプーンとかフォークに嫉妬してどうするんだと思ったけどもう疲れたから深く追求するのをやめて、代わりに


「ねえ、ノアさん、どうせ私は外に出られないんでしょう?その代わりに家の中では何でも私の言うことを聞いてくれるのよね?」

 と言うと


「もちろんですよ!お嬢様!!何でも!貴方がここにいてくださるなら私は何でも聞きますよ!!」

 と喜んだ。


 ふっ!乗ってきたな変態よ!


「なら…まずは同じテーブルでお食事を一緒に取ること!何でも聞いてくれるのよね?別にこんな所私と貴方しかいないんだから身分も何もないわ!はい、決定」


 と言うともはや驚愕の反応を示す。


「えっ…あ、あの…で、でもそんなっ!それは!!………ふ…」


 え?何て?聞こえねえよ!?


「ふふ…ふ夫婦ではないですか!!!!」


「いや、恋人ですらないんですけどおおおおおおお!!!!」

 キスしといてあれだけど!絶対に違うよね!!


 *

 食事が済んで部屋に入って寛いでいるとドアの下からスッと手紙が差し込まれた。

 私はまた震える手で開くとそこには…さっき捨てた手紙の文面が悪かったと取った謝罪文と新たな表現のキスの感想から今日の同じテーブルで食事を取ることについての文面がぎっしり詰まっていた……。もう手紙も迂闊に捨てれんじゃないの!!!

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