第二十八話 問い

 翌日、牡丹が前もって伝えてくれた会議結果の内容を全体集会で郷長から直々に話をされた。


 都に行く者は都で、郷に残る者はで、己の信念をもって戦ってほしい。自分の意思を尊重して決めろと言い、その場を締めくくった。



 都派は準備が整い次第、予定では三日後に郷を旅立つらしい。

 郷を守る勢力が半分になることは手痛い状況だが、見方によっては行動しやすくなる部分も大きい。そのため郷長たちは今後の行動予定を立てるために、また会議室に籠り、頭を悩ましているようだ。


 そんななか、気が大きくなったのか、都派の一部が不穏な動きを見せていた。


 訓練後の休憩に厠へ行った錦、夏月、冬哉がいくら待っても戻ってこない。この後は、先輩たちはいないが自主練習の予定だ。

 さぼるにしても、隠れてさぼることはしない性格の三人が待てども戻ってこないのは嫌な予感がした。


「心配だし、探しに行ってみようよ」


 小春の言葉に、不安そうにしていた秋穂が顔を上げた。昨日の秋穂と夏月の会話も妙だったが、やはり何か事情がありそうだ。

 琴音も合わせ三人で探しに出ると、厠の方から荒い言葉遣いが聞こえてきた。身を潜めて近づいてみる。


「俺は夏月が何かしでかすと思ってたんだが、まさか神社の息子が事を起こしてたなんてな」


「そりゃ、首謀者は郷に残ってやることやりたいだろうな。郷長にまでそう、けしかけたんだろ? それで俺たちがどんだけ迷惑してたかわかってんのかよ」


 どうやら錦たちは先輩方に問いただされているようだった。小春たちは顔を見合わせる。今出ていくのは危険そうだ。


「なんだよ、錦。言いたいことがあるなら、言ってみろよ。夏月が疑われるのなんて仕方のないことだろうが。いわくつきだからな」


「……先輩だからって、人に言っていいことと悪いことがありますよ」


「皆口に出さないだけで、思ってるぞ。今回の件では特に、夏月はいわくつきの厄介者だ。妖怪を復活させるのは、妖怪に縁があるやつしかいないだろ。郷長が無実だと言うんなら、怪しいのはお前らだろ」


「で? なんでこんな事をしたのか言ってみろよ。俺ら先輩方が聞いてやるって言ってんだ」


「錦と夏月はやっていないと言ってます。どうして信じてあげないんですか」


 その声は冬哉のものだったが、今までに聞いたことのない静かに怒るような声だった。


「私、虎丸先輩呼んでくる。小春ちゃんと琴音はここにいて」


 秋穂は危険を悟ったのか、足音を立てずに走り去った。ここで三人が走り出したら、ばれて事が大きくなると判断したのだろう。

 そのおかげか、こちらに気づく様子もなく先輩たちの矛先は冬哉に向いた。


「お前は新顔だし、目立つ動きもないから大目に見てやってたんだけどな。

ついでだから言わせてもらうが、お前の身の上は怪しすぎると評判だぜ。別につるし上げるつもりはないが、いい機会だし教えてくれよ。

お前はどこに住んでて、なぜこの時期にここに来た? この退治屋にはこの郷出身じゃない者もいるが、だいたいがこの郷の生まれのモンだ。行動範囲が違うにしても、都のようにでかい郷じゃねぇ。誰かしらお前のことを知っててもいいはずなのに、みんな口を揃えてこう言うんだよ。見覚えがないってな」


 冬哉は口をつぐんだまま何も答えなかった。

 あの日、妖怪に追われていた冬哉を退治屋の本部である神社に連れて行ったのは小春だ。


 もともと神社に来る予定だったのかは聞いていないが、郷長と知り合いのようだったから、一緒に退治屋になったのも特に疑問を抱かなかった。先輩のため息が聞こえる。


「いいぜ。他の町からこの郷に退治屋になりたくて来たが、運悪くこの時期だったという事は理解してやるよ。ならなぜ、この都行きの意見にお前は反対した? 実力もないくせに死ぬのは目に見えている。仲間思いで命知らずないい子ちゃんか? それとも美人のくせに運のない残念な女のように、お前もここに死にに来たのか? あいつ」

「先輩」


 錦が鋭い声が先輩の言葉を止めた。顔は見えていないが、怒っていることは容易にわかる。気持ちを落ち着かせるためか、錦は間を置いた。


「いい加減、言葉の無駄使いだとは思わないんですか」


「はっ、後輩をかわいがるのに無駄な言葉なんてないだろ? それともあれか、お前は拳でかわいがって欲しいってのか? 上等だよ」


「やめてください!」


 小春は思わず飛び出していた。自分が出ていけば、余計に話がこじれてしまうからと我慢していたが、我慢の限界だった。

 先輩は錦の胸ぐらをつかみ上げ、今にも殴り掛かる勢いだったが、小春を見やると拳を下ろし錦を地面に投げつけた。


「郷長のお孫様のお出ましね。本当にお前らは叩けば叩くほど、怪しい情報が出てくるもんな。おっと、今は叩いてないぜ」


 聞こえてきていた先輩の声は二、三人だったが、そこには六人いた。これでは逃げるにも、反抗するにも分が悪い。小春はどう切り出そうかと奥歯をかみしめていると、背後に大きな気配を感じた。


「おい、お前ら。新米いじめはその辺にしておかねえと、俺が今この場でお前らの喉を潰すぜ」


 ぬっと虎丸が現れた。


「俺たちはただ話を聞いてただけですよ」


「言霊を扱う者が言う言葉ではないな。お前たちはとにかく早く都に行きたいようだから、明日の早朝に発てるように郷長に頼んでおいてやる。部屋に戻って荷物をまとめろ」


 先輩方は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべると、冷めた様子を見せて役場の中へ行こうとする。


「あと、一つ教えておいてやる。今日とある隊員が邪魅に取り憑かれてな。お祓いはしたが、完全には祓えきれてない。だから明日朝一で都へ搬送する。……お前らにこの意味がわかるか」


 先輩たちはむくれた顔のまま、虎丸を見上げる。


「俺達がそいつを護衛するってことっすか」


「それだけじゃない。邪魅という妖怪は、他人から恨みを買った人にだけ取り憑く悪鬼だ。口は謹んでおけ」


 先輩たちは何も言わず足早にその場を去って行った。


「虎丸先輩、お手を煩わせてしまい、すみませんでした。あと、ありがとうございました」


 錦が頭を下げるのに合わせて、夏月、冬哉、そして小春もそれに倣う。


「なに、気にすんな。新米のうちは守られてろ。それより錦、怪我はないか」

「問題ありません」


「そりゃ、よかった。あいつらもまだまだ下っ端だからな、上役に色々言われたり遣われたりして鬱憤が溜まってるんだろ。言われたことはあまり気にするなよ」


 なんとなく全員が返事をするものの、心在らずという感じだ。


「どうして、あんな事を言う人たちが言霊師を名乗ってるんですか」

 小春は感情を抑えて呟いた。



「言霊師って存在がかっこいいからよ。世間では内情は多く語られなくて秘密めいてるしね。でも、安心して、禁忌を犯せば喉を潰されるのはあいつらだから」


 秋穂も怒りを押し殺しているようだ。でもどこか、泣きそうな顔にも見える。


「もう、湿気た面しやがって。人にゃさ秘密一つや二つ、三つ五つもあるもんさ」

「先輩、四が抜けてますが……」

 琴音の指摘に虎丸は豪快に笑った。

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