第十二話 別れ


 すっかり外が暗くなり、一息ついているところに錦達が大広間に入ってきた。秋穂と夏月も合流している。


「どうやら、妖怪の瘴気が強くなってきて結界がもたないらしい。今も継接ぎだらけで、結界の隙間から妖怪が侵入しようとしている状態だ。上層部の人間が緊急会議を始めたが、この本部を別の場所へ移すだろうな」


 錦が現状の説明をする横から、秋穂が小春達に晩御飯のおむすびを手渡してくれた。お腹が空いていたので今にも食いつきたかったが、錦の話に耳を傾ける。


「そりゃ、こんな妖怪の封印が解けた隣の敷地じゃ瘴気に耐えられなくて当然だぜ」


 夏月は呆れたようにため息をついて、おむすびにかじりついた。

 封印が解けてしまった御神石は、本殿を包む林の奥に位置していた。参集殿は御神石と正反対の場所に位置しているので夏月は隣の敷地と言ったが、同じ神社の敷地内にあることには変わりない。


「移動するなら役場かしら? 位置的にもここからそんなに遠くはないし、皆で寝泊まりできる場所となると限られてくるわよね」

 錦は秋穂の言葉に頷いた。


「本来であれば、封印が解けた時点でこの神社の人間がすぐに封印し直せるように、御神石を神社の敷地内に作ったんだ。……でも、今回それができなかった。

瘴気が想像以上に強すぎたからな。このままではここ結界がもたないのもわかる。

だが、拠点を他へ移すということは、妖怪に郷への侵入を許したことになるんだ。そのまま侵食されれば、最悪その土地には住めなくなるだろう」


「そんな……」

 小春は言葉を失った。自分が思っていた以上に状況は悪く、困難なようだ。


「とりあえず、俺達はまとまって行動しよう。絶対に一人での行動は禁止だ。特に、小春と琴音は俺か夏月のそばを離れるな」


「冬哉さんは?」


「冬哉は言霊はまだまだにしても、別の霊術を身に着けている。多少の相手なら平気だろ?」


「霊術だなんて、そんな大層なもの僕は使えないよ。ただ、身を守るくらいの力があるだけさ。だから僕も常に誰かと行動させてもらうよ」


「賢明な判断だ。本来ならば、先輩方が一緒にいてくれると心強いんだが、そうも言ってはいられない状況みたいだ」


 深刻な話に喉もつっかえたが、空腹を満たすためにゆっくりとおむすびを食べた。


 その後も上層部の人間や先輩方がずっと話し合いをしているのか、遠くの方で時折争うような声が聞こえた。

 訓練初日で疲れていた小春たちは、皆で寄り添いながら眠りについた。




 まだ暗い時間、廊下を軋ませながら歩き回る足音と話声で目が覚めた。

 空気の匂いから明け方であるとわかる。


 寝起きでぼんやりとする視界に、鶴彦が近づいてきて何かを差し出される。何かと受け取れば林檎くらいの大きさの丸いおむすびだった。


「おはよう諸君、まずは腹ごしらえだ。今日は忙しくなるぞ、なんてったって本部の引っ越しだからね! 荷造りができた者から役場へ移動だ。そして郷の人間は皆、都へ避難してもらう。残りの世帯も少ないと思うから、今日中に行けると思うけどね。


そこで、郷長から小春ちゃんへお仕事です。

今から役場に行って、この手紙を届けてきてね。それから、もう整理はできているとは思うけど、役場の人間も避難してもらうからそっちのお手伝いをしてあげて。

そのついでに、しばらく会えなくなる友達に挨拶してきていいよってさ」


「こんな時間に行って役場は開いているんですか?」


「開いてなければ、開けてもらうのも君の役目だよ。一応先陣が動いてるけど、詳しい話までは伝えられてないからね」


「すでに先陣がいるのかよ。夜明け前からご苦労なこったぜ」

 夏月がめんどくさそうに頭をかく。


「そこで護衛に二人ほど小春ちゃんに付いて行ってほしいんだけど、お願いできる人はいるかな?」


「護衛ならば、先輩方のほうが良いのでは?」

 秋穂の問いに鶴彦は申し訳なさそうに苦笑いした。


「本当ならね、僕も行きたいのは山々なんだけど。でもご覧の通り、人手不足でね」

 この会話の最中にも、あちこちで「こっち来てくれ」だの「あっち増員頼む」という声が飛び交っている。


「僕、付いていきます」

 冬哉がすっと手を上げた。それに続いて錦も手を上げる。


「俺もついて行こう」


「その言葉を待っていたよ。ありがとう。はい、これが手紙ね。もし、何か危ないと思ったらすぐ戻ってくるなり、逃げるんだよ。いいね」


「はい、わかりました。錦さん、冬哉、ありがとう」

「ちなみに友達と会って、手伝いが終わった後は? 役場で待機でいいのか?」


「そうだね。その頃には積荷も運ばれてくると思うから、役場で待機してて。

さあ、残りの子たちは僕達のお手伝いしてもらうからね。寝ぼけている暇はないよ。喉につっかえない程度に、ちゃっちゃとご飯を食べて行動だ!」


 鶴彦達と分かれると、小春達は素早く身支度を済まし、大鳥居をくぐった。

 そこで思わず足を止める。


「これは……なんだか不気味だね」

 錦と冬哉と三人で石段を見下ろす。


 昨日まで長い石段の脇には、夕日に溶け込む程に真っ赤な彼岸花が咲いていたというのに、今では闇にその身を染めたような黒い彼岸花が咲き連ねている。


「昨日、結界を大鳥居から内側に狭めたんだ。だから、ここから結界の外になる。夜中のうちに瘴気を受けたんだろうな。先を急ごう」



 彼は誰時かはたれどき、ひんやりと染みる空気と不気味に浮かび上がる黒い彼岸花。怖いなどと言っている暇はなかった。


 錦を先頭に石段を駆け下り、田んぼ道を走り抜ける。

 本来であれば稲刈りに取り掛かる時期であるが、どの田もその実は頭を垂れ、風に小さく揺れている。

 この稲たちはきっと刈り取られることなく枯れるのだろう。そう考えると、きゅっと胸の奥が傷んだ。


 役場に着くと、まだ陽が明けていないにも関わらず、たくさんの人が忙しなく動いていた。

 受付の近くにいた女性に内容を伝え、管理職の方を呼んでもらうと手紙を渡した。


「それと、手伝いするように言われてきたのですが……」

 聞かずとも、役場内が半分が混乱状態であるのは小春たちにも伺えた。


「そうだな、こっちもまだ分担できてなくてね。もし、他の用事があるなら先に済ませてきてくれていいよ。その間に仕事分担しておくから」


「わかりました、お願いします。それなら先に小春の友達に会いに行こうか。もう出発を始めてたら会えなくなるからね」


「そうだね、ありがとう」


 三人は役場から出て大通りを抜ける。

 すぐにちらほらと都への出発準備をする声が聞こえてきた。

 ついに一般の人々は郷からいなくなってしまう。小春は戸惑いを飲み込み、なずなの家に向かった。


 なずなの家の前には薄ぼんやりとした中、数人の影が見えた。そこから、なずなの声が聞こえた気がした。


「なずな!」


 小春が呼びかけると、人影はこちらを振り向いた。その中から一人だけ、こちらに近づいてくる姿がある。


「もしかして、小春ちゃん?」

「そう、あたし、良かった間に合って」

 肩で息を弾ませながらなずなに向かい合った。


「わざわざ会いに来てくれたの!? 嬉しい! あ、ちょっと待って。会えたら渡したいものがあったの」


 なずなは小春の顔を確認すると嬉しそうに微笑んでから、慌てた様子で家に戻っていったが、小春の息が整うより早く戻ってきた。


「楓と私と色違いなんだけど、かわいいの見つけたから買っておいての。気に入ったら使って。髪だけじゃなくて、服や小物にも付けれるから」


「組紐ね! かわいい、ありがとう。どこにつけようかな」


「小春が赤で私が紫、楓は黄緑。喜んでもらえてよかった。もし、この先寂しくなったら私達のこと思い出してね。心配だけど、それ以上に応援してるから。出発前に会えてよかった。元気でね」


「なずなも都まで気をつけて」

 軽く抱き合うと、なずなとは手を振って別れた。


「無事に会えてよかったね」

 少し離れたところで待っていてくれた二人の元へ戻ると、冬哉が優しく言った。


「うん、二人共ありがとう」

「陽も昇ってきたな、役場に戻るか」


 眩しい朝日がゆっくりと差し込み、めりはりのなかった風景に影を作り始めた。

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