第53話 異世界パラダイムシフト

「くふふ……うふっ。あはははは、ついに…………ついに! 知恵の時代がきちゃいましたぁ!」


 講壇で、テンション高く語るのはファンサ。黒板を楽しげにバンバンと叩きながら熱弁する。ハイテンションモードの彼女だが、生徒たちはもう慣れているのか、同じぐらいの熱量で打ち震えながら授業を受ける。


「あと数年で、魔法産業禁止法が解禁されまぁす。絶対にしまぁす。我らがテスラ様なら、必ずや成し遂げてくれまぁす。そうなると、我々の出番なのですよぉ? 力や技術ではない。知恵と魔法の時代の到来なのですッ!」


「おおおおっ!」と、授業中なのに生徒たちは歓声をあげる。


 これからは、魔法と知恵が産業を発展させる。そうして、民を豊かにする責任を持つことになる。


「本を書きましょう。己の知識とアイデアを、すべて書物にしましょう。これからは、情報が共有される時代がくる。集団の時代から個人の時代へと変わりまぁす。その時、我々は己をさらけ出し、好きなことで生きていく時代がきますよぉ!」


 そこまで言うと、生徒のひとりがファンサに尋ねる。


「あの、ちなみに、教授はなにをしたいんですか?」


「私? 私は…………みんなの『本』をつくりたいでぇす!」


「みんなの本、ですか?」


「そう! すべての人間の生きた証を本にしたいのです! どうやって生まれ、どうやって生きたのか。どうやって学んだのか。どんな人生を送ったのか――人生の日記をつくらせたいのです!」


 それはまさに魂の墓場だ。図書を読めば人物がわかる。自分の先祖も追いかけられる。それこそ『知』の塊。身分は関係ない。そこに伝えたい歴史がある。


「だから、私は教鞭を執ります。歴史を伝えるために――」


 1人1冊ぐらい自分の本があってもいい。もし、人々が己のヒストリーブックを描くことを義務づけられたら、果たして一体どういう生き方をするだろうか。もし、それが図書館で永遠に残るとしたら、漫然と生きるだろうか。果たして、犯罪などに手を染めるだろうか。


 ある人は自伝を嘘で塗り固めるかもしれない。そして、それも一興。また別の人間のヒストリーブックで暴かれることになるかもしれない。それも面白い。


 人間はもっと何かを残していい。十字架に名前を刻むだけではもったいない。それぐらい、人間の人生には価値があるのだ。だから、歴史は面白い。もっともっと、読み解く素材があってもいい。


「人々には、もっと人生を大事にしてもらいたいです。それは、長生きしろという意味ではないです。最後、自分の本……人生が読まれた時、誰かに感動を与えるような人間になって欲しいのです。生きた証を残し、その意思すらも他人に介在させることによって、魂を繋ぐ。それが、歴史なのでぇす」


 ――そして、それがファンサの役目だと思っている。


「イシュフォルト図書館に、人々の生きた証を収めます。――あなたたちはどうですか? もちろん、先生と違う夢を持っているのでしょう。それは、とてもいいことなのでぇす。絶対に否定されるものではありません。夢もなく生きちゃだめです。己の価値を否定しちゃだめです。己の可能性を自ら消しちゃだめですよ――」


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