第32話 魔侯爵様からの熱烈アプローチ

 宴から二週間。バルティアの町は、日増しに活気づいていった。すべてはリークのおかげだとテスラは思った。魔法に関しては、桁外れの才能があると思ってはいたが、内政の手腕もすばらしい。さらには、リーダーシップ。頭がいいだけでは、ここまで人々を動かせまい。


 テスラは、リークの普請を全力で支援することにする。まず、シルバンティアの各都市の新聞社に、城郭都市化計画の宣伝を頼んだ。こうすることによって、商人がバルティアに流れてくるようになる。また、自然と寄付金も集まるようになるだろう。


 刑務所にも打診してみた。所内から出ることはできないが、刑務作業の一環として、道具の開発や整備、石材の加工などを手伝ってもらう。もちろん、ちゃんと働いた囚人なら、城壁に名前を刻む。出所した後、それを見て誇りに思ってくれるだろう。再犯率の低下に繋がると思った。


 もちろん、これらはリークの許可をとった。奴が責任者ゆえに、いまさらテスラ主導でやるつもりはない。


 現状、市民の多くが手伝ってくれている。兵士たちも、訓練代わりに肉体労働へ従事してくれる。市場や農家の人たちが、余った野菜を大量に寄付してくれるので、労働者の食費も派手に浮いた。


 さらには、ゴロツキやホームレスにまで、リークは根気よく説明してスカウト。町の人全員の名前を城壁に刻みたいと説いた。結果、仕事嫌いな連中も、労働の喜びを芽生えさせている。食事が提供されるので、そういった連中にとっても悪くはない環境だった。


 ――城郭都市化計画は滞りなく順調。


 だが、まあ、テスラにとって懸念がないわけではない。


 一ヶ月ほど前、国王陛下にイシュフォルト図書館の件を手紙にしたためたのだが、未だに返事がこない。


 あれは、魔法産業禁止法に抵触する可能性があるため、こちらから謝罪の意と今後の判断を請うための陳情書を送ったのだ。手違いがあるといけないので、三度みたび手紙を送ったのだが、放っておかれている。


 審議に懸けられているか、あるいは大臣辺りで止められているのか……。わからないが、あまり好ましい感触はしない。直接足を運んだ方がいいかもしれない。


「テスラ様」


 メイド長のククルが、執務室に入ってくる。


 ……なぜ、ラーズイッド家のメイドだったはずの彼女が、屋敷のメイドを統括しているのか甚だ謎だが、使用人たちの誰もが疑問に思っていない。もしかして、シルバリオル家は彼女に乗っ取られるのだろうか。我が町の七不思議のひとつである。


「どうした?」


「スピネイル様の使いを名乗る方が、いらっしゃっております。お会いになられますか?」


「スピネイルの使い……?」


 隣のクランバルジュ領の領主だ。スピネイル・クラージュ。通称魔侯爵。魔物を操るという特殊な魔法の使い手。魔王の残骸のうち『瞳』を預かるひとり。


 あまり関係は良くない。というのも、昔はクランバルジュの方が豊かだったのだが、テスラが領主になった辺りから逆転。クランバルジュの民が、先進都市のバルティアへと流れてくるようになったのである。


「そうだな。会おうか」


 ククルと入れ替わるようにして、スピネイルの使いを名乗る者が入ってくる。


「突然の訪問で申し訳ございません、シルバリオル侯爵」


 恭しく挨拶をする使いの者。無骨な顔だが若さが残る。歳は二十代ぐらいか。


「自分は、バニンガ・クラージュ。スピネイルの従兄弟にあたります。お初にお目にかかれて光栄です」


「遠路はるばるよくきてくれた。スピネイル卿には度々世話になっている」


 ソファへと促すテスラ。ふたりは向かい合うように腰掛ける。


「此度は、なにゆえバルティアへ?」


従兄弟スピネイルからの招待状を届けに参りました。あと、町の視察を」


 招待状を受け取るテスラ。


「招待状……? 何か催し物を?」


「我がクラージュ家が、クランバルジュの領主になって今年で300年を迎えました。その記念として、ささやかな宴を開きたいと申しております。つきましては、ぜひとも親交深いテスラ様をお誘いしたいと」


 隣接する領地同士、不仲とはいえ無視することもできないのだろう。テスラは招待状の中身を確認する。二週間後か。早急なのは、ちょっとした意地悪かと思ってしまう――のは、さすがに卑屈な解釈か。


「めでたいことだ。喜んで参加させてもらおう」


「スピネイルも喜びましょう」


「宿は決まっているか? よかったら、屋敷に部屋を用意させてもらう。明日、街に詳しいものに案内させるので、ゆっくりとバルティアを見て回るといい」


「お気遣い感謝いたします。しかし、結構。宿は手配済みです。町の方も、見させていただきましたよ。――いやあ、すばらしい。イシュフォルト図書館を移転したと聞きましたが……まさかあれほどまでに壮大だとは思いませんでした。『建築』するのには、随分と骨が折れたでしょう。しかも、この短期間で」


 意地悪な問いだとテスラは思った。あれが魔法による移転だということは、すでに周知の事実である。新聞にも掲載されているし、魔法産業禁止法への抵触も危ぶまれていることも知られている。


「バニンガ殿も手厳しいな。あれが、どのようなものかはすでに御存じだろう?」


 バニンガは肩をすくめる。


「ふふ、失礼。魔法による移転だそうですね。それにしても、あの規模だと、手練れの魔法使いを何百人も動員しないとできますまい。骨が折れたでしょう」


「いや、はは……」


 実際は、リークひとりでやったのだが、彼の名前を出すとこじれるだろう。適当に笑ってごまかすテスラ。


「しかし、あれは魔法産業禁止法に違反するのでは?」


「その件に関しては、国王陛下に相談している最中だ。承諾してもらえないのなら元に戻す」


「なるほど。確認する前に行動してしまった方が、なにかと好都合ですからね」


 再び手厳しい意見。嫌味にも感じられたが、事実も事実だ。リークが許可をもらう前に行動したのは、その方が好都合だと考えたからである。テスラ自身もナイス判断だと思ってしまっている。その点に関しては、反論できない。「返す言葉もないな」と、再び苦笑いをしてやりすごすしかなかった。


「ふむ。それにしても、シルバンティアは豊かになってきましたね。バルティアはもとより、他の村町にも人が溢れている。我らがクランバルジュでも評判になっておりますよ。おかげで、そちらに移動する民が多くて適いません」


「はは、なにを言うか。クランバルジュも素晴らしい土地だ。スピネイル卿の手腕には見習うべきところがいくつもある。ドラゴン騎士団は一騎当千。魔物の研究も進んでおられると聞く。武も知も、他の追随を許さぬほど栄えておられる」


「いやいや、それを脅かすほどの繁栄ですよ、シルバンティアは。知に関しては図書館の移転でこれから大いに栄えるでしょう。武においては城郭都市化計画によって、盤石なものとなります。経済においては、その双方の恩恵を受けて、ますます盛んなものとなります」


 それがテスラの狙いだし、事実でもあるのだが「買いかぶりすぎだよ、バニンガ殿」と謙遜しておく。ライバル領の成功など、連中にとっては気分のいいものでもあるまい。


「そうですか? しかし、事実、近隣諸国はテスラ様の手腕が素晴らしいあまり、いろいろと危惧されているところもあるようですが?」


「危惧だと? それはどういうことかな?」


「成長があまりに著しいゆえに、このままでは王都の繁栄を越えかねないのではと……。テスラ様は野心がお強いゆえ、いずれ、この地域一帯を平定し、国王陛下にとってかわろうとしているのではないか……」


 さすがに、テスラの表情が変わる。随分な言い草だ。その発言は、テスラが国家反逆を企んでいるという言いがかりに繋がる。万が一にでも国王陛下の誤解に繋がるようであれば、その時はテスラだけでなく民の生活にまで影響が及んでしまう。


「……それは聞き捨てならんな」


「気分を害されたのであればもうしわけない。しかし、これは我らが国家ラシュフォールを思ってのことです。――城郭都市化計画……城壁を見させていただきましたが、あれが完成すれば、それはもはや王都にも並ぶ堅牢な大都市になります。戦争でも始める気かと思われても仕方ありますまい」


「戦争のためではない。民に安心を与えるためだ。城壁に関しては、以前より国王陛下の許可をもらっている」


「国王陛下はそうおっしゃっても、諸国の反感は免れますまい」


「それは、スピネイル殿の意見か?」


「いいえ。あくまで近隣諸国に流れる噂ですよ。事実、テスラ様の評判はあまりよくございません。統治能力は疑うべくもありませんが、反面、諸国をないがしろにし、富を奪っているのは事実」


 テスラの領地が豊かになっていくのが気に入らないということか。だが、せっかく民が豊かになるチャンスをあきらめ、途上国に足並みを揃える気などない。


「ご忠告には感謝しよう。だが、このテスラ・シルバリオルは国王陛下のため、民のため、恥じることなど一切しておらん。バニンガ殿にもご理解していただけると嬉しいのだがな――」


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