第20話 お帰りなさいませご主人様

「なるほどな……あまりに素晴らしい図書館だったがゆえに、建物ごと持ってきてしまったと」


「そ、そういうことです」


 兵士たちが激しく狼狽していた。この規模の魔法を見たことがないからだろう。言っとくけど、おまえらのとこの領主も大概だからな。俺の魔力に腕力で渡り合う天才(アホ)だからな。


「いだッ!」


 んで、テスラからいきなりげんこつをもらう俺。


「な、なにするんで――」


「黙れ」


 獅子が睨んでいらっしゃる。俺は思わず「は、はい」と、暴力を受け入れた。


「このようなことが許されると思ったか?」


「い、言いつけは守りましたよね?」


 ファンサを含め、生徒たちを無事連行。図書館はそのまま移転。町は豊かになる。本も多くの人に読まれる。偉大なるイシュフォルト図書館を簡単に見ることができる。居住区としても使えるぞ。悪いことひとつもない。万々歳。


 嘘、悪いことはある。俺も自覚はしてる。


「この国は魔法産業を禁止している。おまえのやったことはそれに違反している可能性がある」


「グレーですよね。前例がないし」


 いや、実際には限りなくアウトに近い。魔法産業の禁止は、人々の仕事を守ること。本来なら、図書館建設のために大勢の大工が動員されるはずだった。その機会を、俺が奪ったのである。


 けど、俺にもいいぶんはある。そもそも国王陛下は、移転に関しての費用をすべてテスラに丸投げしている。これは国王の横暴だ。さらに、俺はラーズイッド家のガキだ。そういう大人の事情を知らないとしたら、すっとぼけることもできる。


「仕事を完遂したことは褒めてやる。だが、せめて相談するとか、一言なかったのか?」


「返す言葉もないです」


 俺は、悪びれることなく言い放った。頭のいいテスラは察したようだ。今回の件は、俺が『独断でやったこと』にするため、あえて相談しなかったのだ。そうすれば、テスラへの責任追及が薄れる。それに、相談していたら確実に止められていたし。


「あの、テスラお姉ちゃん……今回の仕事は、私も一緒だったし……責任は、私にもあります」


 俺のことをかばってくれるミトリ。さらに――。


「テスラ様、此度の扇動の責は、すべてこのファンサにあります。かように町を騒がせてしまいましたが、リークさんの行ったことは、世界の未来を明るく照らしました。――咎めは受けます。しかし、図書館に関しては、このまま町に置いてくださいませんでしょうか……」


 ファンサも、自ら責任を取ると言ってくれた。


「教授、そんな、扇動だなんて……」「我々は、同じ思いだからこそ、ファンサ教授についてきたんですよ」「自分たちにも責任はあります」と、生徒たちも名乗りを上げる。


 じろりと睨みつけるテスラ。だが、今回は生徒もファンサも、そして俺もミトリも目を逸らさなかった。


「俺も魔力を使いすぎた。実を言うと、もう図書館は動かせない。戻せって言われても無理。たぶん十年ぐらいは不可能。いや、百年かも。さすがの俺もしんどかった」


 もちろん嘘だ。いますぐ戻せと言われたら戻せる。ただの詭弁。ジョーク。けど、そんなジョークめいた発言をしたら、再びテスラにげんこつをもらった。


「いだいッ!」


 やれやれと盛大なため息をつき、テスラは言う。


「仕方がない奴だ……」


「じゃあ、お姉ちゃん――」


 ミトリの表情が明るくなる。


「無罪放免とはいかんが情状酌量はしてやる。建物に関しては、国王陛下に相談してみよう。だが、お叱りを受けたら、その時は諦めろ。リーク、おまえが元に戻すのだぞ」


 沸き立つ生徒たち。手と手を取り合って喜んでいた。ファンサ教授も、感無量と言わんばかりに涙を浮かべていた。


 それらを眺めながら、俺もほっと胸をなで下ろす。


「ありがとうございます、テスラ様」


「礼を言うのは早い。決めるのは陛下だ」


 そうは言うけれど、テスラもこういう結果を望んでいたのではないだろうか。法律に違反しているという意外は、誰もが幸せになる結末なのだから。


 弛緩した空気の中、俺は先刻からずっと思っていたことをつぶやく。


「――それにしても、テスラ様ってかわいいパジャマを着るんですね」


「ん?」


「いや、星柄とか……帽子とか」


 星がらの黄色いパジャマは、だぼっとしてちょっと萌え袖。小脇には星柄の枕を抱えている。んで、頭にはナイトキャップ。先端には星の飾り。うん、超女の子。


 ほんの一瞬、頬を赤らめるテスラ。だが、次の瞬間、彼女は豪腕を振るった。


「調子に乗るな!」


 それは顔面へと叩き込まれ、俺を遙か彼方――星の向こうへと吹っ飛ばすのであった。


          ☆


「えぐ……えぐ……なんで……なんで、リーク様は、私のことを置いて行っちゃったんでしょうか……」


 半日ほど前、リークたちは浮遊大陸と化したイシュフォルト図書館と共に、空を飛んで消えてしまった。まあ、長い付き合いなので察する。優しい御方なので、図書館ごと移転させてしまおうと考えたのだろう。


 ――けど! それなら! ククルたちも一緒に運んでくれたらいいじゃないですか!


 彼が、ククルのことをお忘れになるわけがない。きっと、のっぴきならない事情があったのだろう。もしくは、信頼しているからこそ、ククルを残していったのだ。リークにもなにか考えがあるのだ。ひたすら、そう思い込むことにする。


 まあ、あの場所に残っていても仕方がないので、ククルは兵に撤収作業をやらせ、トボトボときた道を引きかえす。


「あの、ククルさん。大丈夫ですか? ……帰ったら、きっとリーク様がちゃんと説明してくれますよ」


「もちろんですよぅ……」


「一刻を争う事態が起こったんです」「俺らに撤収作業をさせる時間も惜しかったとか」


 励ましてくれる優しい兵隊さんたち。


「せめて、置き手紙ぐらい、残せると思うのですが……」


 ぼやくククル。そもそもリークなら、ダミーを置いて伝言させることぐらいできたはずなのに。


「帰ったら、お仕置きです……うぅ……」


 その時だった。遙か遠くから、なにかが飛んでくる。兵隊さんたちが、激しく狼狽した。


「ククルさん! な、何かきますよ!」


「ふぇ?」


 その飛行物体は、ククルの目の前へと突っ込んできた。クレーターをつくるかのように不時着し、激しい粉塵を巻き上げる。やがて、その粉塵が収まると――飛来物の正体がゆっくりとあらわになった。


「え……リーク様?」


 飛行物体の正体はリーク・ラーズイッド。頭から大地に突っ込んで、足だけを生やしていた。顔が見えなくても、尻の形を見ればわかる。


「え、リーク様なの?」「なんでわかったの?」「そういやズボンが、大将のと同じだ!」


「いいから、救出してあげてください!」


 私兵団が、慌ててリークを地面から抜いて、ふらふらになった彼を強引に立たせてあげるのだった。


 ――嗚呼、リーク様は、やはりククルたちのことを忘れていなかった。這々の体になりながらも、彼はククルを迎えにきてくれたのだ。


「え……あ……く、くくる……?」


「リーク様ぁッ! ククルは信じておりましたッ! 迎えにきてくれたんですね! 忘れてなかったんですねッ!」


 どういう状況かわからないけど、ククルは満身創痍のリークをぎゅっと力の限り抱きしめるのだった。


「し、死ぬ……ぅッ」

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