怪物取引


 アルバートのその一声で、ティナとアーサーは背筋を正して、主人よりもひと足先に馬車からおりた。


 付き人の使用人たちが整列して、アルバートの降車を貴族としてふさわしいものに彩る。


「これからモンスターの召喚に入る。各々、馬車を見張るように」

 

 指示をだすと、ここまで隊列を組んでいた空の貨物馬車に使用人たちが散っていく。

 

 屋敷で召喚してもよかった。

 しかし、アダン家の馬は安い馬なので、あまり馬車が重たいと、途中でバテてしまう可能性があった。

 ゆえに貨物の量をなるべく少なくするために現地で召喚をおこなうことにした。


「ブラッドファングに馬車を引かせればよかったかな? いや、それだとまわりの気を引きすぎるか」


 まだ知られてはならない。


 【観察記録】の真の能力は【怪物使役式】の先の段階に存在している。

 その法外な価値に強欲なやつらが気がつけば、弱体化しきったアダン家から暴力的手段にうったえても奪いとろうとするだろう。


 アルバートは自身の胸にまで達する、巨大な刻印に手をそえる。


 コレを公表するのは、ほかの魔術家が生半可な覚悟でアダンを敵にまわしてはならない──そう思われるくらいに力をつけたあとだ。


 アルバートはバクバクと高鳴る心臓をおさえて、最後のファング召喚を終えた。


「ファングの召喚はかなり慣れてきたな。消費魔力も怪書にのってる推定消費魔力である『5』まで見事に落ちてくれたじゃないか」


 すぐかたわらで流動する血が、ファングへと変化する。


「グルゥウ」


 アルバートは召喚したばかりのファングの頭をなでながら「俺のために売られてくれ」と申し訳なそうにつぶやいた。


「よし…、それじゃいくか」


 そう言い、彼はたくさんのファングたちへ思念で指示をだしながら馬車をでる。

 

 ファングの合計はすべてで33体。

 

 アルバートは使用人たちにひとり数匹ずつリードを持たせて首輪をはめさせた。


 この業界では売り物のモンスターに首輪をはめておくのはマナーの一種だ。

 使役術をおさめた魔術家なら完全に調教されたモンスターを納品できるが、世の大半の商品モンスターは調教されていない。

 

 その多くは、使役術をおさめていない冒険者によって捕まえられたものだ。


 業界の流通量としては、使役術師のモンスターが1割、冒険者の捕獲モンスターが9割といったところか。


「入るぞ」

「ん? っ、こ、こりゃアダンのところの坊っちゃん! どうもお久しぶりです」


 コロ・セオ闘技場の裏手から入ると、すぐに顔見知りの男にあった。


 彼の名はカールネッツ。

 ジャヴォーダン最大の闘技場の興行主だ。


 アダン家は以前までワルポーロが使役したモンスターをここによく売っていたので、次期当主である俺も面識がある。

 

「本日はお日柄もよく、よい決闘が見れそうな日ですな、坊っちゃん」

「余計なことは言わなくていい」


 アルバートは一蹴する。


「そ、そうですかい。……ところで、今日はどういったご用向きで?」


 目の前の男はあきらかに気まずそうな顔をしていた。

 アダン家の継承の儀の話を知っているんだろう。


「まず確認なんだが、アダン家とコロ・セオ闘技場の契約は生きているよな?」


 威圧的な声でたずねる。

 すると、男は「まいったなぁ…」と言った顔で頭をぽりぽりとかいた。


「勘弁してくださいよ、坊っちゃん。そりゃアダン家にはお世話になりましたけど、こっちも商売なんですよ……モンスターを売れない貴族家といつまでも契約してちゃ、ほかのところからモンスターを買えないんです」


 遠回しな言い方だ。

 

「はっきり言え。契約は生きてるのか」


 再度たずねる。


「あー……その……すみません、ほかの使役術を専攻する魔術家と再契約しました。もうアダン家との契約は残ってないです」


 カールネッツは心底申し訳なさそうにいう。


 アルバートは思う。


 予想通りだ。

 ただ、この男に背信の罪があるかと聞かれたら……それは俺もわからない。

 かの伝説エドガーの時代からアダンと取引してた闘技場がこうも簡単に裏切ったのは正直びっくりしたが……。


「坊っちゃん、違約金なら倍額払います。ですが、どうか手荒なマネだけはしないでください」


 男はあらかじめ用意していたように、革製のトランクをもちだした。


「いや、結構だ」


 一言で強く、こちらが怒っている意思をわからせる。


 カールネッツは「坊っちゃん……」とつらそうな顔をする。白々しい男め。


「契約書ならこっちのをもってきた。だから、違約金の″代わり″のペナルティを所望する」

「代わりのペナルティ……? それって……」


 彼は契約書の内容をよく覚えていないようだ。

 仕方ないので持参した羊皮紙を広げる。


 羊皮紙には蒼く輝く文字で、数十年前にアダン家と闘技場のあいだで交わされた契約が、まだ効力を持っていることが記されていた。


 これは約定魔術によって保護され、魔術世界で広くつかわれる『破れぬ誓約』だ。


 この誓約を破れば、その者の魂は悪魔に捕まり、いたずらに焼かれつづけ、二度と現世に解放されることはないと言われている。


 アルバートは『破れぬ誓約』の、違約のさいのペナルティを指差す。

 ペナルティはいくつかあり、これは違約された側──今回はアダン家──が選択できるものとなっている。


「ペナルティの種類はいくつかあるな。この項目のなかでお前は『違約金の支払い』を選んだわけだ。はっ、当時の金銭レートだからか、絶対に破ってはいけない誓約を反故にしたわりにはやけに安い金額じゃないか」

「だから、その倍額を用意したんですよ。坊っちゃん、これは私にできる最大の誠意です」

「いいや、違う。誠意を見せるならこっちのペナルティを飲め」


 アルバートは破れぬ誓約の項目のなかで、一番したのモノを指差した。


 カールネッツは目を細めて蒼く輝く文字を読み上げる。


「再契約後、3倍額までの言い値でモンスターの取引をする……? さらに取引のあらゆる状況において、アダンの要望を優先すること?」


 カールネッツは困惑した顔をした。


「どういう事ですか? アダン家にはもうモンスター取引する力はないのでは? てっきり、違約金を受け取りにきたのだと……」


 状況がわかってないようだ。


「俺を誰だと思ってる。アダンだぞ。モンスターを売れないわけがないだろう」


 そう言うと、アーサーを筆頭とした使用人たちがファングを連れて倉庫にはいって来た。


 カールネッツは顎がとれそうなほど口をあけて、ぞくぞくと入ってくるファングの隊列に目を見開いた。


「ここ、これは……?!」

「アダン印のファングだ。メス15体、オス18体、皆若く生物としてもっとも高いポテンシャルを秘めた年頃だ。毛ツヤよし、病気なし、完全調教済み」


 はやくちに言い終えると、男は力の抜けた顔で見てきた。

 状況を理解したのか、瞳はうるみ「すみません……裏切ったこと、見逃してくれませんか……」と力無くつぶやいた。


「俺は親父みたいに甘くない。さっさと相場と照らし合わせて査定しろ」」

「…………ぅぅ」

「返事をしろ、カールネッツ。本契約はペナルティをふくめての『破れぬ誓い』だ。エドガー・アダンの優しさに感謝するんだな」


 もしペナルティが無ければ、こいつの命はとっくに悪魔にさらわれていたわけだ。


 ──ただ、そもそもペナルティが無ければ約束を破ろうとはしなかっただろう。


 エドガー・アダン…彼は本当にやさしさでペナルティという、逃げ道を用意したのか?


 いや、考えても仕方ないか。


「坊っちゃん、無理です、3倍なんて……! ここで契約をすれば、この先ずっと搾取するおつもりでしょう?!」

「信頼を築くのは長い時間がかかる。壊れるのはいっしゅんだ」

「ぁぅ…」

「お前はもう仲間じゃない。これはお前が選んだ道だ」


 アルバートは冷たく突き放す。


 カールネッツは涙をながしながら、アルバートのもつ『破れぬ誓約』を受け取った。


 そして、唇をかみしめながら、強力な約定魔術による再契約を受けいれることとなった。

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