情報量


 怪書の発見から1日が経過した。

 結局、昨日は残りの魔力をつかってファングを召喚しただけでさらなる検証はできなかった。


 本日、朝早く起きたアルバートは顔を洗いながらあることを思っていた。


 自分の内側にある不思議なつながり。

 それは、屋敷の裏手にあるモンスターハウスと4つほど繋がっている。


 数字は昨日のうちに生み出したモンスターの数と一致している。


「使役したモンスターとの繋がりか」


 自分のモンスターの位置、健康状態、活動状況、おおよそ感覚的に把握できるようだ。


 アルバートは自分がモンスターたちの主人としてふさわしいように服装に気を使い、朝の身支度をおえて屋敷の裏手へむかった。


 裏手では執事長アーサーのもと、数人の執事とメイドがソワソワしながら、慎重にモンスターたちを小屋からだしていた。


 ファングが3匹。

 ブラッドファングが1匹だ。


「ありがとう、みんな。あとは大丈夫だ」


 一声かけて、みなを下がらせる。


 使用人たちは不安そうな顔で、巨大なブラッドファングの前にたつアルバートを見つめていた。


「座れ」


 厳かな指令ひとつで、ブラッドファングはこうべを垂れた。

 続いてファング3匹も同様に、アルバートのまえに整列してかしづいている。


「なんと……っ、アルバート様は本当にあの強大なモンスターを使役なさっているのか」

「これはすごいですね! アダン家への評価が変わりますよ!」


 自分たちが働く職場が消える危機にあった自覚がつよかった使用人たちは、主人の魔術に黄色い声をあげて喜んでいた。


 アーサーも使用人たちがアルバートへ向けていたわずかな失望感が挽回されて、晴れやかな笑顔をうかべている。


「というわけで、今日から本格的な検証に入ろうと思う。晴れているうちにさっさと始めようか」


 アルバートは数人の使用人たちへそうつげて、最後に「アーサー」と丸投げする。

 主人の一声ですべてを察した鋼鉄の執事長は、うやうやしく一礼して、みなに机やテーブル、茶菓子などの配膳係をふりわけた。


 ──数分後


 モンスターハウスの前には、実験のための拠点が築かれていた。


 アルバートは優雅に紅茶をひと口飲むと、カップをおいて「実験をはじめよう」と、組んでいた足を解いて立ち上がった。


 最初に着手したのは、使役したモンスターがどこまで言うことを聞くのかの検証だ。


 まずは、エドガーの怪書をもたない条件ではじめる。


「置き石を壊せ」


 モンスターハウスまえに設置された石を、ブラッドファングは前脚で軽々と破壊した。


 あまりの迫力に地面が揺れて、使用人たちから「お見事です!」「流石はアルバート様!」と心地よい拍手があがる。


「指示自体はエドガーの怪書がなくても聞くな。……いや、待てよ」


 ブラッドファングとの繋がりにわずかなノイズが走った。

 

 ノイズの正体をさぐるために、試しに距離を置いてみる。


 するとノイズは強くなった。

 約100m離れるとほとんどノイズだらけとなり、その頃には頭痛となってアルバートの体調に影響を与えはじめてしまった。


 アルバートは直感にしたがい、すぐさまエドガーの怪書を召喚して手に持つ。


 すると、ノイズはおさまった。


「はあ、はあ……手に持ってたほうがいいな」


 アルバートは怪書を魔力粒子に還元して、本の持つもうひとつの役割を確信する。


 言うなれば『繋がりの安定化』だ。


 エドガーの怪書がなくても指示をだしてモンスターを操る事は可能だ。

 しかし、使役モンスターからの距離と、魔術のかなめである本を手放している間は、この繋がりは不安定になる──と思われる。


「ただ、そうなると睡眠時の説明がつかない。本を抱いて寝てるわけじゃないしな」


 ともすれば、モンスターへの指示が原因か?

 言うなればモンスターへ指示を出すと仮称:通信量のようなものを消費してしまい、怪書を手に持つことは、その通信量をマックスまで回復させる行為だとしたら?


 アルバートはメモを取って、時間と距離、仮称:通信量のおおよその消費率を算出する。


「間違いなさそうだ」


 アルバートは自分の仮説が正しいと確信を得た。


「まあ、手に本を持っておけば問題にはならないな。──次に行こう」


 アルバートの細かな検証は丸半日かけてさまざまに行われた。


 ──10時間後

 

 アダン家への不安感を取り除くために、使用人たちとの距離の近い交流をへて、いよいよ最大の難関に挑むことにした。


 モンスターの怪書への登録だ。


 アルバートは机にひろげた数々の書物と、エドガー・アダンの残した資料に目を通して、この謎の魔術理論をおおかた理解し始めていた。


 ゆえにモンスター登録が、理論的に可能であることにも理屈で理解できていた。


 【観察記録】を手に入れてから何度か試した行為だが、あの時は怪書に目を通すことすら出来なかったので「たぶん、記録されてる」という感覚しか記憶にはない。


 ゆえに、今回が本当の観察記録となる。


「さてと、おじいちゃんのやりたかった事を試してみるかな」


 まだ、資料は書庫にたくさん眠ってる。

 ただまあ、もう概要はわかったし、たぶんいけるんだろ。


 アルバートは肩をまわしながら、モンスターハウスに近寄る。


「わ、ワルポーロ様にご同席をお頼み申し上げたほうがよろしかったのでは…?」


 アルバートと比較的歳の近い12歳のメイド、ティナは主人の背に身をよせながら不安そうにたずねる。


「父さんは今は静養に努めるべきだ。それに俺の心配してる暇があったら、お前がさがっていろ。ていうかなんで付いて来た」

「い、いざという時は、アルバート様の盾になろうと思って……!」


 盾ならよほどアーサーのほうが頼りになるのだが。

 執事長のほうへ顔を向けると、ニコリと穏やかな笑顔をむけて紅茶を飲んでいた。

 

 どうやらあの位置からでもモンスターハウスで飼われてるモンスター程度なら、どうとでもする自信があるらしい。


 アルバートは心強さを感じながら、歩みの遅いティナの手をひいてモンスターに近寄る。


 怪書を開いて、図鑑に登録されていないモンスターをモンスターハウスのなかから探す。


 しかしながら、ここにいるのはワルポーロでも使役できる下級のモンスターばかりなためか、すでにその多くが怪書に載っていた。


 おじいちゃんが登録したのかな?


 アルバートは何気ない疑問をいだきながら、ひとつの檻に近寄った。


「いた。こいつはまだ載ってない」

「未登録モンスター発見ですね。わあ、可愛いです! これはなんていうモンスターなんですか?」


 ティナがたずねると、アルバートはちいさな柵からうさぎ型モンスターのラビッテを取り出して手のひらのうえに乗せた。


 その瞬間、怪書の空白のページのひとつが、ペラペラペラッと勝手に開かれた,


 すこし脂のにじんだ羊皮紙のページに焼きつくようにちいさく煙をだしながら、黒い文字が刻まれていく。


 ラビッテを手にのせて撫でたりして愛でていると、数分後には白紙のページにラビッテの項目が追加されていた。


 その一部始終を見ていたアルバートは、ひとつ仮説をたてて「次に行くぞ」と、ティナの手をひいて歩きだした。


 アダン家にいる未登録モンスターの2種目はコケコッコと呼ばれる鳥型モンスターであった。


「このモンスターはめっちゃ美味しい卵を産む事で有名なんだ。希少モンスターでな、昨日までのアダン家のモンスターたちのなかで一番価値がある財産だ」

「へ、へえ……」


 あんまり興味なさそうなティナと隣立って、コケコッコをすこし離れたところから見つめる。


「アルバート様、今度は触らないんですか?」

「情報量の差をつくらないといけないからな」

「へ?」


 ティナは主人がなにをしたいのか、その思考を読むことが出来なかった。


 その間にも怪書の白紙のページには、コケコッコの項目が、ラビッテの時よりもはるかに遅いスピードで刻まれていた。


 ──約4時間後


 怪書にコケコッコの項目が追加された。


 アルバートは確信する。

 

「【観察記録】でとれる対象の情報量には、かなり差があるようだ」

「待ちくたびれましたよ……はぁ」


 つまるところ、危険なモンスターを登録したい場合、遠目から眺めているだけでは、ほとんど情報を獲得できず時間がかかると。


 アルバートは「そう上手くはいかないか……」と、たくらんでいた計画を断念する事にした。


「アルバート様、残念そうですね……」

「いやな、霊峰に住むドラゴンを遠目から観察して図鑑登録しようと思ったんだ」

「ああ…それは、素晴らしいアイデアだと思います! ドラゴンをたくさん使役できれば、それはもうすごい事だと、私でも分かりますもん!」

「まあ、もう計画は破綻したけどな」


 アルバートは怪書の背表紙でティナの頭をこづき「今日の実験は終了だ」と言い、モンスターハウスをあとにした。


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